杉田陽平くんの話

友人の話。

いつぞやの、ミニ四駆ジャパンカップ大阪大会の朝。
前乗りで大阪入りしたため時間に余裕があり、会場近くで朝食をとっていたら、杉田くんから電話がかかってきた。

てっきり「もうすぐ会場につくから合流しましょう」って内容かと思ったら、「いま東京駅の新幹線ホームなんですが、山手線の車内でミニ四駆一式を置き忘れてしまったんで、予備のマシンがあったら貸してください」という。
いきなりのオチ。

もし借りられるなら大阪に行くし、ダメなら帰る、と。
この二択の時点でよくわからないが、完全に本気のトーン。

精根込めた自身の車体ではなく、他人の車体でレースに出場するため、はるばる大阪へ向かわせる手間を生むというのもどうなのか。

コースに合わせたセッティングを脳内で煮詰め、答え合わせとしてレース本番に向かうことが、ミニ四駆の醍醐味だというのに。

「会場で会おう」という約束をしていたから、それを律儀に守ろうとしているんじゃないか。
ここは止めるべきなのではと思いつつも、連絡をしてくれたということは、背中を押してくれという信頼のあらわれだと思い快諾。
手ぶらで大阪まで向かわせることになってしまった。

このとき自分の手持ちとして、手に慣れたVSシャーシとMSシャーシという、二本柱が手持ちにあった。
速度のVSと安定のMS。
「杉田くんはVSシャーシで入賞の実績もあるし、こちらを渡そう。そして、運用は全部任せよう」
こちらも肚を決めた。

会場にて合流。

一台のマシンを託すにあたって、いくつかのお願いを伝えた。
基本のセッティングを出してはいるけど、心の赴くままに組み換えてくれ。
所有者こそ違えど、これは今日一日、あなたのマシンだ。
チューニング用の工具もパーツもしっかり用意している。
このマシンを壊してしまっても構わない。悔いなく臨んでくれ。

ある程度は走るように調整が済んでいるマシン。
スイッチを入れて手を離すだけでも、そこそこ戦えるはず。

しかし杉田くんは、受け取ったマシンをバラバラに。
あふれるインスピレーションに任せて、会場での突貫作業を始めたのだ。

「なにも持ってきてないし、仕方なくこれで」ではなく、「今日のレースを勝つためのビジョンが見えたぞ」とでも言いたげな、生き生きとした表情。止まることなく動く手。

「いいセッティングがひらめきました! レースに行ってきます」
意気揚々とコースに向かう。

しばらく時は経ち。
レースを終えてピットスペースに帰ってきた彼の表情は、すこぶる曇っていた。

「ごめんなさい。スピードがメチャクチャ遅かった上に負けました。タイヤもボロボロになりました」

彼が思いついた、レースの秘策はこうだ。
大ジャンプからコースアウトしてしまう危険があるスロープの手前には、左コーナーがある。
ここで減速しきってしまえば、完走間違いなし。

左コーナー時にフェンスと接する、右前のガイドローラーを右前のタイヤに干渉させて減速。
その先を悠々とクリアするシステムを、会場についてから、ひらめいたというのだ。
当日の思いつきで。ノリノリで。他人のマシンで。ギリギリからの大逆転の策として。

この作戦には、大きな落し穴があった。
左コーナーは、スロープ手前だけではないのだ。無数ある、すべての左コーナーで大減速を喫してしまう。左コーナーについての必要条件と、十分条件がこんがらがっている。

よっぽど緻密に調整しなきゃ、走っている間はずっとタイヤとローラーが接触しっぱなしだよ。
走りのバランスも崩れるよ。どうでもいいところでコースアウトするよ。そりゃそうだよ。

たしかに、「壊してもいい、悔いなく」と伝えていた。
でも普通なら、持ち主に遠慮して、中途半端な方法を取るだろう。
しかし、「なにも今回に限ってそんな攻めた方法取らないでもいいっしょ」というセッティングを貫いた。
結果、作り込んだ右の前輪、ボッコボコのガッタガタよ。

レース後、すごくしょげてた。
こちらとしては、メチャクチャ面白かったが。

こういう、「勝利を目指してたはずがサッパリで落ち込む流れ」って、なんかいいよな。

大きな大会なのにとか、他人の借り物なのにとか、そういうのはどうでもいいんだよ。

楽しくって、他の要素が全部どっかに行っちゃったんだろう。

アクシデントで始まった一日だったけど、現地で遊べるところまでたどり着けたから、楽しかったんだろな。

杉田陽平。
彼は現代美術家だったり、美術の先生だったり、リアリティショーの出演者だったり。

でも自分にとっては、もっとシンプルで。
ひょうひょうと、でもすごく楽しそうにミニ四駆で遊ぶ友人。

とても優しく才気にあふれながらも、どこかとぼけた、すごくいいヤツです。

オマケ。
前輪在りし日のVSシャーシにございます。

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