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『his』感想

 今泉力哉監督の映画『his』(1月24日公開)を見てきた。

 迅(しゅん)(宮沢氷魚)は同性愛者だ。ゲイであることを隠して都会で生きることに疲れ、田舎に移住してほぼ自給自足の孤独な暮らしをしている。そんなある日、8年前に自分のもとを去った元恋人の渚(なぎさ)(藤原季節)が6歳の娘・空(そら)(外村紗玖良)を伴って押しかけてくる。現在、妻と離婚調停中だという渚と空と、三人での共同生活が始まる……。

 小林勇貴監督のU-NEXT配信ドラマ『すじぼり』で壊れていく半グレの青年を演じた藤原季節が、子持ちの役? そんなところに興味を惹かれて鑑賞を決定した。


 ざっくりと中盤までは様々な出来事や状況の変化のなかで迅の葛藤と解決を、終盤は渚の決意と結末とが中心に描かれる。迅を演じた宮沢の柔和でありながらどこか陰を感じさせる空気感がいい。やわらかな陽射しと清涼な空気が満ちる河原で、カフカの審判なんて重苦しい本を携えているシーンが完璧にマッチしている。対する藤原が演じた渚は前半、どこまでも軽薄で能天気に映る。主に迅の視点で進むこのパートにおいて彼は、迅が孤独と引き換えに得た心の安寧を乱す異物、あるいはゲイの元恋人どうし同じ孤独を抱えてどこかで生きていると思っていたら、女性と結婚して子供をもうけていた、言ってみれば裏切り者でさえある。ずっと忘れられなかったし今でも受け入れたい反面、「俺の気も知らないで」と何度思ったことだろうか。

 葛藤を深めながらもずるずると渚と空との生活が続くなかでやがて空との間にも絆が生まれ、三人は家族になれる、そんな希望が湧いてくる。しかしそのためには渚の離婚調停、迅のコミュニティとの折り合いというそれぞれのつけるべき決着が待たれる。「好きだけではどうしようもない」というのが今作のキーワードであり、葛藤は現実との摩擦に切り替わる。このあたりから視点の比重は渚のほうに移り、また「敵」として描かれるかに思われた妻の玲奈(松本若菜)の視点もじゅうぶんに描かれることで、納得感と共に法廷シーンに突入していく。そこで渚が出す結論とは……。このパートでの藤原の目が好きだ。弁護人との面談、法廷で相対する妻を見つめる時、『すじぼり』で見たのとはまた違った、愚直なまなざしといったところか。

 離婚調停という社会的でかつ私的な法廷と、そして田舎のコミュニティという半ば私的できわめて社会的な「法廷」とが二人の主人公がそれぞれ結論にいたる場として登場する。しかしそこにいる人々は、たとえ原告と被告という立場があっても被害者と加害者ではなく、同性愛者はたとえ居心地の悪さを感じようとも罪人ではない。ときには誰かを傷つけてしまうかもしれないが、相手を慮ることが出来れば折り合いをつけ、相手を受け入れることが出来るはずだ。そんな希望に満ちた映画だったと思う。

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