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剣道部のアイツ

可愛くいられるためのものならなんでも手に入れなきゃと思っていた。ピンクのバッグ。ピンクのシューズ。ピンクのチーク。ピンクのグロス。冬休みだから、髪の毛はママにかわいく巻いてもらってリボンもつけてもらった。去年買ってもらったばかりのトイプードルのモカが具合が悪そうだったので、早朝パパに車を出してもらった。年始だったから、開いてる救急病院は少し遠くてだるかった。家から出てすぐに、重そうな荷物を抱えた人が道の横を歩いていくのが見えた。一昨日降った雪が踏み固められてカチカチになっているところに足を取られながら、私たちが乗っている車がバキバキと氷を割って近づいてくることに気がついてか、もっと端っこに避けようとヨロヨロしていた。「重い荷物持ってるんだし歩行者なんだからもっと堂々としてたらいいのに」と思いながら、追い越す瞬間その人をチラリとみた。
よく知っている同級生だった。
いつも生真面目そうで無口で、目立たない。硬派、って感じの人。剣道部だったんだ。っていうか部活ってこんな年始からやってるんだ。
モカが、きゅーんと鼻を鳴らした。「モカモカ。今から病院に行くからね、もう少し我慢してね」ふわふわのモカを、ふわふわのピンクのフリースにうずめて抱きしめた。

可愛くいなくちゃ損だと思っていた。テレビを見ても雑誌を見ても、可愛い女の子たちがパーフェクトな笑顔でこちらに問いかけてくる。「今しか今のあなたはいないのに、この時を無駄にしちゃっていいの?」小学生の頃は小学生向けの、中学校に入ってからはティーンズ向けの流行誌を読んでいた。どれもこれも最先端のファッションに身を包んで、その時の年齢を全力で楽しんでいるように見えた。こないだまでランドセルを背負っていたモデルが、チークの塗り方をレクチャーするページに大きく写って笑っている。きっとこのチークの塗り方だって、高校生になったら似合わなくなってしまうんだろう。14歳にしかない「カワイイ」を、全部体験しておかなくちゃ、後悔する。もっと小さいころ、映画で見たみたいに、暖炉が欲しいとか、猫足のバスタブにして欲しいとか、ポニーが欲しいといってみたけどパパは困った顔をして笑ってた。懐かしい。
今はそういうんじゃなくて、家やもののことじゃなくて、「私が可愛くいられる」方法が全部欲しい。

私が可愛くいられる彼氏が欲しいな。
ずっと夢見てるけど、好きな人ってどんなのかわからない。背が高くて、サッカー部で、優しくて、みんなの人気者で。うちのクラスにはいないなぁ。生徒会長なら憧れだけど、同じ陸上部の彼女がいるし。略奪なんてだるいことしたくない。あんまり競争率が高くなくて、私を引き立ててくれる人。
隣のクラスの彼。さっきの剣道部員の男子。彼ってどんな人なんだろう?小学生の頃からエスカレーターだから、顔も名前も知ってるけど、地味すぎてどんな人かわからない。でも、顔は悪く無いし、背も高いし、もしかして、私にぴったりかも?

そんなことを思いついてから、学校に行くたびに彼のことが気になった。いつも彼を探して目が忙しかった。目立たないからなかなか見つけられない。休み時間もたいていはじの方で分厚い本を読んでいたり、授業が終わればすぐに剣道場へ真っ直ぐにスタスタ歩いて行ってしまう。心なしか、私のこと避けてるような気もする。こんな可愛い私に限って気のせいだと思うけど。
強気になってみたり、でも話しかける勇気もなくて、妄想が胸の中にひろがるだけ広がって私の中学生時代は終わってしまった。

そんな私にびっくりの転機が訪れたのは、高校生になってチアリーダー部に入ってからだった。あの地味だった彼が高校になってから超カッコよくなった。あまり人と話さないことでミステリアスに拍車がかかって、女子からの人気があがっていた。私だって、心の中では何度も会話してるのに。ずっと目で追って、彼のことどこでもすぐに見つけられるのに。なんとなく機会を逃して一度も話さないまま、その日は突然訪れたのだった。(続く)


この記事のスピンオフでした。
読んでいただきありがとうございました。


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