蕎麦

頑張って長いこと綴ったというのに、Wi-Fiが切断されていること
を気づかずに更新をクリックしてしまい、またもややらかしてしまい
ました。
なんとかして、そうは思ったものの復元する術を知らない為、
記憶を頼りに再度、綴ることを試みます。


蕎麦を食べないでこんなに大きくなりました。


幼少期から年越しそばでさえ「うどん」を食べてきました。
「細く長く。」
そんな理由を聞いても、
「なら、自分は太く長く。」
そんな言い逃れとも取れる理由を全面に出して、国の古くから根付いた
風習を拒んできました。

蕎麦を食べたいと思うことがないのです。
立ち食い蕎麦で「うどん」を注文し続けて大人になりました。

立ち食い蕎麦
とはいってもそれは昔ながらの呼称を残している
だけで、実際は立ち食いうどん屋でよいではないかとすら思っていました。
それはJRを国鉄、NTTを電電などと民営化されたにも関わらず
未だ(当時)旧呼称を使う大人が使うようなそれだと決めつけていました。
面倒だから替えずそのまま根付いた呼称で、そうも思ってきました。

でも、もしかしたら自分が蕎麦の味を知らないだけではないかとも
思うようになって、調べるようになりました。
勿論、蕎麦屋だけではありません。
十代中頃から後半にかけの出来事です。

ネットなどなかったです。
なので、歯医者や病院の待合室、喫茶店などに置いてある週刊誌を
開いて目ぼしい店があれば控えることが常でした。
コンビニなどでお目にかかればそれだけを目当てに購入したり
することも度度ありました。

そうして自分で足を運ぶようになっていきます。
極稀な機会になりますが、例えば試合が終わると練習が休みの
間に放課後や日曜日に出かけたりするのです。
なけなしのファイトマネーは、毎回そうやって消えていきました。
そうして、然も自分が大人にでもなったかのような気持ちの
最初の背伸びが僕には蕎麦でした。

山葵を箸先で摘んで蕎麦汁に溶いて、分かったふうに、でも
素直に感動していました。
そういうことを繰り返したにも関わらず、でも、店では温かい
蕎麦を食べたことがありません。
笊や盛り蕎麦を頼んでも温かいそれは頼んだことがありません。
うどんに後ろめたさを感じている訳でも義理立てしている訳でも
ありません。

笊や盛り蕎麦が旨かったから偏ってしまった感は否めませんが。

なので、温かいものに関して考えはそのままでした。
ある年齢に辿り着いた頃、よく蕎麦屋の話になるようになります。
どういうものを好むのかや、何が食べたいかなど、これまた背伸びした
会話になるのです。

例えば月見蕎麦、例えば天ぷら蕎麦、例えばコロッケ蕎麦、等等。
月見は頼んだことがありません。
生の白身が嫌いだからということと、溶いた以上は全て飲みきらねば
残したことになると自分自身の食のルールを侵してしまうことへの
懸念を抱いていたからです。

天ぷら蕎麦に至っては、今ではかき揚げですが、当時は海老の天ぷら
を天ぷら蕎麦と呼称していました。
それは蕎麦屋でだけで、立ち食いはかき揚げを「天ぷら」そう呼称
していた記憶もあります。
でも、海老が入っていた記憶があります。
全ての店でではなかったかもしれませんが、幼少期から海老を
食べなかったので、そこの話には乗りませんでした。

コロッケ蕎麦、コロッケは大好きです。
でも、せっかく揚げたのにひたひたにしてしまう前に食べてあげなくては
可哀想だと想い、注文する際はまず、率先してコロッケを先に
食べました。
徐徐に、汁に溶けた崩れたコロッケにも理解が深まっていくのですが、
十代の頃はそんな偏った見解でした。
どれもうどんで、での話ですが。

でも、周りは皆、蕎麦でのそれだと口にします。

そういう会話を幾度も繰り返していくうちに、「蕎麦が食いたい」だとか、
「蕎麦を食う」だとかの話になるのです。
「おいちょっと待て、そこはうどんだろう」
どうも嘘臭く感じていました。
小学生の頃、クラスや部活でもよくそんな光景がありました。
「ああ、ビフテキ食いたい」
だとか、ガキの癖して分ったような口を叩いているだけだと思った
のです。
ビフテキと口にしたいだけで、ステーキを然も自分はよく食べている
からそう呼称するのだと云わんばかりの通ぶった語彙を使うことによっての
背伸びです。
「旨ぇ。」
当時、煙草の味も知りもしない癖に中学生が吸わないで蒸して口に
するのと同様です。


そんな子供の癖に大人の真似して、自分も分かるような素振りをした
子供、よくいました。
ビールが旨いとか、日本酒が旨いとか、味なんて分かってもいない
癖に背伸びして自分を恰好よく見せたがる素振りの1つだと思って
いました。

なので、蕎麦を食べるということにも自分は信じようとすらしません
でした。
海老ですらそうだと思っていましたが、それは自分が間違えている
ということを、でも、知ったのは大人になってからです。

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707字
特にお得なことはないかもですが、でも、僕が 思うこと、感じたことなどを日日綴ります。

100戦してこれまでの減量や試合にまつわる客席からは 感じることのできないことなどを 綴れたらなと思います。 なんの参考にはならないけれ…

これがなんのことやらか、ようやく 理解しました。 どうもです。 頑張ってホームラン打とうと 思います。