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杉の木の思い出


おおきな杉の木は、自分が小さかったころ、こどもたちと背くらべしたことを思い出していた。
ほとんど年中雨が降っているこの森の空気はしっとりといつでも水分を含んでいる。杉の木の幹や根元には色濃く苔がついて、まるでびろうどのようだ。

杉の木はそのうちにこどもたちの背を追い越した。
雨が降ったあと、葉の先から水滴がこぼれて落ちて、いくつもいくつも輝きながら落ちる。
雲が晴れて陽があたると、背がぎゅうっと大きくなる気がする。
ぐんぐん伸びていくのが気持ちよかった。

夏の終わりごろ、杉の木には小さなきのこが生えて、夜になると白く光る。
まるでイルミネーションを巻きつけているようだ。その光に誘われて集まった虫たちが胞子を運ぶ。
ひとの目には見えない循環。



あの子たちはどうしているだろう。



杉の木はこどもたちと一緒に遊んだことを覚えている。
だーるまさんがこーろんだ。
杉の木の下で、みんな走って、転んで、ケンカして、笑った。

切り出した杉の木を運ぶトロッコの線路の跡。
積み上げた石の階段も苔むして、かつて上り下りしたいくつもの足跡が知っている面影はない。
床屋があり、銭湯があり、学校があり、ゆうげの飯が炊ける匂いがして、こどもたちがくすぐり合いながら笑い疲れて眠った場所。

いまはない集落の跡に立つおおきな杉の木が、深く呼吸をするさなか、思い出して静かに笑ったのを風が運んだ。







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