見出し画像

第三宇宙ターミナル

 月と木星間を往復するシャトル便137号に乗っている。渦巻状に配置された座席の内側の方、N54が僕の座席だ。
 中央部に立った円柱型ロボットが機械音を発した。
「リーーー…通信中。この便は行き先を変更し、第三宇宙ターミナルへ向かいます。」
 真空睡眠状態にあった乗客が目覚め始める。N55、僕の隣で眠っていた君も。
「睡眠が切れないわ。どうしたの?」
「アクシデントみたいだ。今日は月へは戻れそうもないよ。」
「困った。木星で手紙を出してきたかっただけなのに。」
 彼女には妙なこだわりが沢山あって、その一つが手紙や贈り物はわざわざ木星の宇宙総合郵便局で出すというものだった。そんな手間をかけるのは君くらいなものだよ。
 ロボットには丸い硝子の目がひとつついていて、室内光を受けてキラキラと乱反射している。
 僕等は普段、月で暮らしている。月には幾つかのコミューンがあって、各々が静かな生活をつつましく送っている。ただ、月は小さすぎて、また影の部分が多すぎるので、ずっと月だけで生活することは難しい。
 このロケットが向かい始めた第三宇宙ターミナルというのは、この銀河系で一番大きな宇宙港だ。
 僕も昔は第一ターミナルで働いていたけれど。あそこはあんまり素敵じゃあなかったな。
 真空スウツをのジップを下ろして、君はため息をつく。
「人が多いところは嫌い。」
「知ってるよ。最新のロケーションシステムを観察して帰ろう。」
 電光板に"3rd SPACE terminal"と赤色で表示された。到着だ。
 乗客達はぶつぶつ言いながらストロー排出口を滑り降りていく。子供は此処が好きなんだな。
 僕等も久しぶりに第三宇宙ターミナルに出た。
 最初に気になったのは、職員やガイドの人間比率だった。ここまで大きいターミナルなのに、なんでこんなに人間が配置されているんだ?
 次に、ターミナル内のオートメーションシステムはほぼ崩壊していることがわかった。衛星ひとつぶんくらいあるこの広い施設が人と古い物で運営を保っていた。
「あ、ペンかしら。」
 彼女がカウンターに手を伸ばした。ふわふわした長い物がついた古い筆記具のようだった。
「それは、鳥の羽根ペン。鳴き声も記録されているよ。」
 顔を布で覆った老人らしき職員が落ち着いた声色で言った。
 ホロホロ、ボー。
 初めて聴いた本物の鳥の声はなんだか物語のようだった。
 鳥という生物がどんな姿をしていたか僕等は知っている。彼等は空を飛んだらしい。僕等は今でも空を飛べない。
 僕と彼女は顔を見合わせた。お互いよくわからないノスタルジーに飲まれていることを感じたからだ。
「本当の旅をしてみるかい。」
 蜜蝋のように深い声で老人が言った。そして黒い手袋をした手で紙を差し出した。
「切符さ。ターミナルが壊れたのもこういうことの為さ。」
「ーーー僕達はそれで何処へ?」
「お楽しみ。」
 君がついその紙切れを受け取って、その黄ばんだ二枚の奇妙な"切符"を手にした僕等はまた顔を見合わせた。
 第三宇宙ターミナルは、この銀河系で一番大きな最新鋭のシステマステーションだ。
 もしくはその筈だった。
 僕等は月へ帰るシャトルには乗りそうもない。この切符を手に、何処かへ旅をするのだ。行き先が何処であろうと、今此処で息をするより本当に呼吸をして何かを見つけるだろう。それがどんなにちっぽけでも。
 君の手紙も持っていこう。
 ターミナルの左手奥を複雑に曲がった先にある昔の搭乗港へと向かう。
 ああ、鳥に会いたいな。
 空気が薄くなってーーー…ジジ、ツー…。

おたすけくださひな。