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灰色、退屈、日曜日

 四階の部屋の窓を開ければ、外は広場だ。
 昔採石場があった山の近くに位置するこの街には、石造りの建物が多い。僕のアパートメントは木造だけれど、円形広場に面する殆どのビルヂングが石で出来た灰色の四角形だ。
 卵。
 朝ご飯にスクランブルエッグを作ろうと思っていた。不穏に白いその卵を左手のてのひらで握りしめる。
 今日は日曜日で、広場にはいつもより人が多い。なんだか、厭だな。
 静かにしろよ。
 スクランブルエッグを作る。ただ、方法は少し違う。
 左利きの腕で思い切り窓の外に卵を投げた。広場でスクランブルエッグ、有精卵を殺す、日曜日の小さな暴動。なんてね。
 見届けもせず僕はベッドに寝転んだ。どうでも良かった。
 すべて。
 夜になれば、円形広場には道化師がやってくる。彼はホオムレスで、街外れの管理林の一画に不法に暮らしている。持っているものは、衣装と白粉、それだけだ。
 道化師と僕は気が合った。この世の何ひとつとして欲しくはないところが似ていた。
 カアテンはどんよりとした濃い緑色で、白い木張りの床とコントラストを成している。壁にはピンホール・カメラで撮った写真が九枚飾ってある。
 ゴミ、花、お酒の瓶、手紙、何に効くのかわからない薬。
 それが僕の暮らしだ。この部屋はとても快適で、それが一番僕の気に食わなかった。
 もっと、さ。
 何か酷いこと。
 窓の外に目をやる。空は端の方が紫がかってきて、広場にはもう街灯が点いただろう。親子連れは家に帰り、そのうち酔っ払い達が屯する。
 灰色の街。
 卵の死。
 日曜日。
 退屈なんだ、誰か僕にとびきり酷いことをしてくれないか、もっと、もっと、心臓が痛くなるような、蝕まれてしまうような、何か、何か---
 瓶にずっと挿したままだった腐った花に、甘んじた虫が飛び回っている。
 腐敗。
 嘔吐。
 壊死。
 レイプ。
 蹂躙。
 僕は目を閉じた。目蓋の裏に浮かぶ電子的な線を追う。子供の頃からの癖。
 灰色の街は終わってゆく。今日が、明日が、命が。僕は余りに生き急いでいるのかも知れない。けれど生活なんてものにはうんざりなんだ。
 どうか月が美しくありませんやうに。
 祈る。
 道化師に会いに行こうか。夜は幾分生き易い。
 花に群がる虫達を薙いで、シャツのボタンを留めながら、僕はアパートメントの階段を降りる。
 外は何もかも灰色だった。良くないことだと思った。
 白い息をひとつ吐いた。

おたすけくださひな。