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【絵本レビュー】 『オレのカミがた、どこかへん?』

作者/絵:きたむらさとし
出版社:BL出版
発行日:2009年12月

『オレのカミがた、どこかへん?』のあらすじ:

パーティーにしょうたいされたライオネルくん。
ばっちり決めて出かけたいところですが、カミがくしゃくしゃなので床屋さんに 行くことに……。
さて、どんなカミがたが似合うでしょうか。

『オレのカミがた、どこかへん?』を読んだ感想:

髪型失敗談。誰にでも一度は体験のある話かもしれませんね。切った日はバッチリ!と思うのに、翌日起きて鏡を見るとなんか変。「失敗した〜」とほぼ毎回思うのは私だけでしょうか。

スペイン、マドリードに住み始めてしばらくした頃、髪も随分伸びたので切りたくなりました。まずは友達で素敵な髪型をしている何人かに通っている美容院を聞いて、良さそうなところを探します。日本だと大抵どこへ行っても技術的にあまり変わりはないけれど、海外だと場所によって結構違うんです。ヨーロッパ人の柔らかい髪質、特にちょっとウェーブがかかっていたりすると、まっすぐ切るだけで様になるのですが、日本人みたいにしっかりとしてまっすぐな髪質はレイヤーを入れるとか、もっと技術が求められるような気がします。私は何度か「ちびまる子ちゃん」の野口さんみたいに切られてしまったことがあるので、美容室選びは慎重です。

ある友達が勧めてくれたのはヘアーアーティスト。「ちょっと高い」けど海外でも活躍していて腕は確か、とのことでした。その友達も何度か行っていて大満足ということだったので、いざ予約を取っていくことに。

そこはミニマリストな空間で、美容室というよりアートスタジオといった感じの趣です。他の場所のように他のお客さんが待っている場所もなく、ついたと同時に鏡の前の席に案内されました。そこには椅子の幅分の壁があって、受付から美容師さんは見えるけれどお客は見えないようになっていました。ちょっと緊張しながら席に着くと、いかにもカリスマというような「ヘアーアーティスト」さんが聞きます。「君日本人?」「はい」と応えると彼が日本に行った時の話が始まりました。そこはさすが美容師で、街の様子よりも道を行く日本人の髪型が気になったようです。5分ほど熱心に日本について語っていましたが、私はすでにスペイン人のおしゃべり好きになれていたので、軽い笑みを浮かべて聞いていました。話もひと段落すると今度は「今日はどうしようか」とやっと本題に入りました。そこで私は「えっと、襟足ぐらいの長さで、毛先をか。。。」

彼の手がサッと上がりました。「大丈夫。僕は全部わかるから。日本で仕事をしたこともあるし、君の髪もよくわかった。僕はヘアーアーティストだから、もう何も言わないで」

「へっ?」をぽかんとしている私をよそに、彼はアシスタントに合図をするとケープを持って来させました。「いや、でも、私。。。」開いた手がまた上がり、私の言葉を遮ります。あ〜、失敗した〜と思っても後の祭りです。それから45分はまさに地獄の45分でした。心拍数とかいた汗(脂汗)は、45分地獄のホームエクササイズに匹敵するほどだったと確信しています。自称ヘアーアーティストはスプレーの水で私の髪を濡らし、近づいたり離れたりしながら必要以上に真剣な顔をして私の髪を切っていきます。私は逃げられない悪夢を無理やり見せられているような、一方これがジョークであって欲しいとどこかで願いつつ、鏡を凝視していました。真剣に切り進む彼の額には汗すら浮かんでいます。一体こいつは何者なんだ。ケープの中でズボンを握る手はだんだんきつくなっていきます。パチン、パチン、サイドも後ろもパッツンとまっすぐ切られていました。最悪だ。。。

魔の45分が過ぎ、自称ヘアーアーティストは一歩離れると、満足げに彼の創作品を眺めていました。私の顔は青ざめ、ちびまる子ちゃん風縦筋さえ見えそうです。「もう最高!」と嬉々とする彼に私はモゴモゴと礼を言うと、鏡に映る伝統こけしみたいになった自分の姿を恨めしそうに見ました。アシスタントに連れられ受付で支払いをします。地獄体験ツアーの料金は90ユーロ。財布も青ざめていました。

そのスタジオを出た瞬間「なんとかしなくちゃ」と考え、私は近くにある美容室を探し始めました。駅の近くに「カット10ユーロ〜」と書いてあるチェーン店を見つけ、迷わず飛び込みました。すぐ席に案内され、私は他の10人のお客さんとともに鏡の前に座りました。担当の美容師さんは私の髪を見ると「これ最近切ったばっかりでしょ」と聞きました。「はい、15分前」と言うとさすがにびっくりした様子です。それはそうですね。私がたった今体験したばかりの地獄ツアーの話をすると彼女は、「気に入らなかったなら、直してもらうべきだったのに」と言いましたが、そんなことが通用するようなカリスマアーティストなら苦労しません。その美容師さんはアジア人の髪を切ったのは初めてのようでしたが、「あら〜随分まっすぐ中身ね〜」とか「毛が前に生えてるわね〜」と言いながらも手際よく切っていきます。周りの美容師さんたちも物珍しそうに入れ替わり見に来ますが、鏡で見る限り髪型は形を取り戻し始め、私はこけしから人間にグレードアップしていました。20分ほどで終了した時、私はありがとうを5回ほど繰り返しました。

「次からはちゃんとクレームつけて直してもらいなさいよ」と忠告されて、私はやっと家に帰りました。フルマラソンを走ったかのようにぐったりです。おそるべきカリスマ美容師。それ以来二度と戻らなかったのは言うまでもありません。90ユーロは地獄を覗き見できた人生のレッスン料となったのでした。

『オレのカミがた、どこかへん?』の作者紹介:

きたむらさとし
1956年 東京生まれ。1982年にイギリスで絵本作家としてデビューし、以来、イギリスを拠点に世界的に活躍を続ける。約10年前に帰国し、現在は神戸市に在住。絵本作家、イラストレーターとして活躍。デビュー作「ぼくはおこった」(評論社)でイギリスの新人絵本画家に与えられるマザーグース賞を受賞。「ぼく ネコになる」、「おんちのイゴール」などの著書の他、「ふつうに学校にいくふつうの日」(小峰書店)では絵本日本賞翻訳絵本賞を受賞。 その他「ぞうのエルマー」シリーズの翻訳者としてもおなじみ。


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