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【絵本レビュー】 『王さまのアイスクリーム』

再話:フランセス・ステリット
絵:土方重巳
訳:光吉夏弥
出版社:大日本図書
発行日:2010年2月

『王さまのアイスクリーム』のあらすじ:

「暑い日には、できるだけ冷たいクリームをたべたい!」気むずかしい王様のために、コック長はむすめたちの知恵をかりて、冷たいアイスクリームをつくろうとしますが・・・。

『王さまのアイスクリーム』を読んだ感想:

手元に一枚の写真がある。四、五歳の私と父の写真。私の手には先の溶けたソフトクリームがあって、舐めている途中なのであろう、開いた口から下が出ている様子は、まるであっかんべーをしているようだ。父の毛はまだだいぶ黒く、こちらを見る目は私のと同じなのがなんだか不思議である。

この時期の写真の多くはセピア色。そこまで年代物ではないでしょうと思っていたら、なんと父が自ら現像していたのだという。凝り性で飽きっぽい父の当時の趣味が写真の現像だったというわけだ。もうちょっと長続きする性格だったら、私が写真を始めた時に道具も全部揃っていただろうにと、ちょっと残念に思うと同時に呆れてもいる。私にはよく、「お前は根気がない」って文句を言っていたのに。

うちは砂糖禁止だった。小さな頃から甘いものをあまり食べさせてもらえなくて、風邪の時飲まされた風邪シロップの甘さを覚えていて、父がいない時に残っていた瓶を飲み干したそうだ。帰ってきた父が、酔っ払いのようにヘラヘラ笑って床にへたり込んでいる私を見つけて大変驚いたと聞いた。何が起きたのかわからずうろたえる父は、私の横に転がった風邪薬の瓶を見つけて心配するやら呆れるやら、という話をだいぶ大きくなってから聞いた。

時々食べさせてもらっていたのがナッツ入りチョコレートとソフトクリームだった。アメーバみたいな形をしたチョコ一粒が一週間に一回もらえた。その前には必ずチーズを二つ食べなくてはいけなくて、それが私は大嫌いだった。いわゆるプロセスチーズというやつで、牛乳も嫌いだった私にとっては馴染めない味であった。でもそれを食べるとチョコがもらえた。子供なりに知恵を絞って考えた案が、チーズを数回かじったらトイレに行って吐き出す、だった。たまたま食べている時にトイレに行きたくなった時の気づきである。「ユーリカ!」と叫んだとか叫ばなかったとか。

一日目は成功し、チーズを食べずしてチョコレートを手に入れた。だが、私の未熟な陰謀はさっさと見抜かれたようで、二日目には父がトイレまでついて来た。口いっぱいのチーズは口内で温まり、乳製品の香りで充満している。早く吐き出さないといけないのだが、父が目の前にいてできない。小用も済んで水も流してしまったのだが、私は気持ち悪くてどうしようもない。
「早く降りろ」という父の声から、私を一人にする様子は伺われない。口中に広がるチーズの味に耐えきれず、私は吐いた。もちろんその日のチョコはなし。散々な午後だった。

話したかったのは、ソフトクリームの話。私が幼稚園の時父はまだタバコを吸っていて、時々私はタバコを買いに行かされた。幸い住んでいたマンションの地階はいわゆるコンビニで、私が家を出ると父が店に電話をしていたらしい。私はもちろんタバコの種類なんて知らないのに、「タバコください!」というと父が吸っているものが自動的に差し出された。

楽しみはお釣りで買うソフトクリームだった。レジのところに機械があって、正面にはバニラ、チョコとミックスの三つの味の写真がついていた。もちろん私のお目当はミックス。同じ値段で二種類食べられるなんて、なんてお得。見逃す手はない。父から手渡されていたお金をレジの人に渡し、タバコをポケットに入れてソフトクリームを受け取り、私はそれを舐め舐め三階の家までゆっくり登って行った。

なんて幸せなひと時。いつもは長くてヒーヒー言っている階段も、ソフトクリームがあると全く苦にならない。それにしても、アイスってなんですぐに溶けちゃうんだろう。私はゆっくり味わいたいのに、こっちからもあっちからも垂れて来て、なんだか忙しい。家でゆっくり座って食べようと思っても、玄関に着く頃には大抵コーンからソフトクリームの頭がちょっぴり出ているだけ。靴を脱いで台所に着くと、残っているのはコーンだけになっている。あ〜あ、今日もまた終わってしまった。毎日食べられたらいいのにな。

大人になった今、(息子にとって)私はソフトクリームを食べる達人である。周りからポタポタ垂れて来ないし、アイスが勝手に地面に落ちることもない。洋服にだってつかないで食べることもできる。でも、私は知っている。息子は私の何十倍もこのソフトクリームを楽しんでいることを。何百個ものアイスを食べた後、私にとってこの一個はちっとも特別じゃない。美味しいけれど、食べる行為はオートマチックでなんの試行錯誤もいらない。ソフトクリームってもっとワクワクするものじゃなかったっけと思いながら、顔も服もベタベタになって懸命に食べる息子の顔を眺め、その楽しみをちょっと横取りしようと企む私である。



『王さまのアイスクリーム』の作者紹介:


フランセス・ステリット
アメリカの女流作家


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他に作品はないようです。もし知っている方がいれば、教えてください。

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