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【絵本レビュー】 『あめだま』

作者/絵:ペク・ヒナ
訳:長谷川義史
出版社:ブロンズ新社
発行日:2018年8月

『あめだま』のあらすじ:

摩訶不思議なあめだまをなめたら、ぼくの心がとけだした!ひとりぼっちで遊ぶドンドンは、ある日駄菓子屋でビー玉みたいな色とりどりのあめだまを手に入れる。口に入れると、とつぜん、まわりの声が聞こえてきた!居間のソファー、年老いたイヌ、小言ばかりくりかえすパパ、今は亡きおばあちゃん。物や人の心の声を聞くうちに、ドンドンの心にも変化がおとずれて・・・。


『あめだま』を読んだ感想:

こんなあめだまが欲しい。
本を閉じた私は即座に思いました。もちろん聞きたくないことも聞こえてくるかもしれません。どたばた跳ね回る四歳児とどしどし家を揺らして歩く百キロ超の旦那が住む我が家に、下に住むお姉さんはきっと文句を言いたいはずです。でも私には話をしたい人がいるのです。

花好きな旦那が買い込んで来た花々。とても綺麗だしバルコニーに出る楽しみが増えるのだけど、花好きであるはずの旦那は植えたらおしまいで水やりはほぼ私の仕事なのです。よほど暑い日でなければ数日おきに水をやるのですが、うっかりな私は一体何日経ったのか覚えていないこともあります。もし花さんたちが声をかけてくれたらわかりやすいですよね。

ハチなどの虫が映画みたいに話せたら、うっかり踏んでしまいそうになったりして刺されないで済むかなあとも思いますし、父が毎日外で日光浴をさせていた金魚だって、夕立の雨で溺れ死しなくて済んだかもしれません。

大好きだった猫のプーには、食事を食べさせに連れて来ていた友達を紹介してもらいたかったです。私が泣いているといつも涙を舐めてくれたけれど、彼が何を思いながら舐めてくれたのか知りたかったです。私が口笛を吹くと外で遊んでいても帰って来たプーに、どこにいたのか何をしていたのか聞くことができたら素敵ですよね。彼が車に跳ねられた時だって、もしかしたら鳴き声が聞こえて助けられていたかもしれません。

そして何より十年寝たきりでいた父。家に誰もいない時脳梗塞になって、数時間後に母が帰って来て救急車を呼んでからも受け入れ先がなく、さらに数時間いくつかの市を走り回りました。やっと病院に着いた時はもう深夜を回っていて、手術をしたのは翌朝。全てのタイミングが悪く、命は取り留めたものの歩くことも話すこともできなくなってしまいました。それまでの我が家は父が話し、母が「はいはい」と適当に返事をし、私は黙っているか自分の意見を述べて喧嘩になるという状況でした。それが最後の十年は母が一方的に話し、父が時々唸って反対の意思表示をするというふうに変わりました。

私は子供の時から父に言われていました。「もし自分に何かあっても延命措置だけはしないで欲しい」と。「麻痺した身体で寝たきりで生きるのは嫌だ」からと念を押されていました。そんな父が、術後車椅子に乗せられ剃られた頭の自分の姿を鏡で見た時の悲しそうな顔は一生忘れられません。母は「元気出して!」って言っていたけど、父は何を思っていたのでしょうか。そして大好きな車も運転できず、好きなレコードもかけられなくなって生きた十年間、何を言いたかったのでしょう。もう父はこの世にいないけれど、こんなあめだまがあったら、あの世にいる父に聞くことができるかもしれません。もちろん最初は文句を言われるに決まっていますけれど。

あなたはこのあめだまで誰の声を聞きたいですか。


『あめだま』の作者紹介:

ペク・ヒナ(Baek Heena)
絵本作家。 自称「人形いたずら作家」。 1971年、 ソウル生まれ。 韓国の梨花女子大学卒業後、 カリフォルニア芸術大学でアニメーションを学ぶ。 人形制作、 緻密なセット作り、 撮影までをひとりでこなし、 独自のファンタジー世界を作り出す。 韓国でもっとも注目される絵本作家。一男一女の母。ポメラニアンのムンチと暮らしている。 「2020アストリッド・リンドグレーン記念文学賞」を受賞。


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