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【絵本レビュー】 『えのすきなねこさん』

作者/絵:にしまきかやこ
出版社:童心社
発行日:1986年2月

『えのすきなねこさん』のあらすじ:

絵ばかり描いているねこさんを、友だちはふしぎがっていましたが、ある雨の日に……。

『えのすきなねこさん』を読んだ感想:

小学生の頃のとてもファッショナブルなおばあさん先生がきっかけとなり、私は書道を始めました。飽きっぽくて、何をしても長続きしない私が続けることができた数少ない習い事の一つです。父は私にジャズピアニストか競泳選手になって欲しかったので、書道を習いたい、と言うリクエストは意外だったようですが、それでも言ったその週に教室を探して来てくれました。私が13歳の時でした。

「行きなさい」と言われた場所は、商店街と並行する裏の道にある小さな戸建で、そこに並ぶ家々はどこも1階と2階で違う世帯が住んでいるようでした。書道教室はそんな家の一つでした。最初の日は母に連れられて行きました。小さな木の門は開いていて、数歩で突っ切れる小さな前庭を通って下階の玄関を入ると、ツンっと何か臭います。「不思議な家の匂いだな」と思いました。玄関からすぐの庭に面した部屋が教室です。玄関に近い部屋の奥側に先生の机があり、四角い顔のおじいさんが座って赤い墨汁で小さな子の書を直していました。そのおじいさんは顔を上げると、「やあ、いらっしゃい。空いてるとこに座りなさい」と言いました。母は「よろしくお願いします」と先生に挨拶すると、「じゃあね」と私に言って帰ってしまいました。

机は壁と窓に沿ってこの字型に並べられた折りたたみ式のちゃぶ台です。空いているところに座ってはみますが、私は筆以外何もありません。周りを見ると、一生懸命書いている子もいれば、友達と遊んでいる子もいますが、どの子も小学生のようです。中には3歳くらいの小さな子もいます。ちょっと戸惑っていると、少し大きめの女の子が教えてくれました、
「このソース入れみたいのが墨と水。適当に混ぜて、紙はここから出すの。3枚書いたら先生のところに持っていくと直してくれるよ。」
そうこうしているうちに先生に呼ばれました。机のところに行くと、先生が赤い墨汁でお手本を書いてくれます。筆から生み出されるスッキリした線がとてもきれいだなあと思いながら、私は先生の筆使いをうっとりと眺めていました。これが私と書道との出会いです。数年後に先生が引越しをすると、ほとんどの子供達はいなくなってしまいましたが、私はその後20年近く先生のお世話になることになったのです。

最初に家に入った時匂った酸っぱい匂いは、猫でした。ほぼ全部が野良猫だそうで、家の2階に住んでいた先生の義姉が餌をやっているから、と先生が部屋に入ってくるのを追い払いながら説明してくれました。庭のそこかしこでおしっこをするので、そんな匂いがしていたんだそうです。そんな匂いも、私の書道教室のいい思い出です。

書道は大学受験中も、大学生になっても、社会人になっても続けました。私たちも引っ越して、片道2時間もかかったけれど続けました。もちろん面倒臭いと思うこともあったし、先生のところに行くだけで土曜日が丸一日潰れてしまったのですが、私にはとても大切な時間でした。母親も、友人も「書道なんて古いよ」とか「書道なんて何の役に立つの?」などと言い続け、展覧会にも来てくれたことはありませんでしたが、私にとっては自分を表現する大切な方法だったのだと思います。初めて教室の書展に展示することになり、きれいに表装された自分の作品を見た時の感動は今も忘れません。その作品は母が玄関前に今も飾ってくれています。母としては、「仕舞っておくのもね」と言う感じで掛けたようなのですが、たまたま家に来た保険屋さんが褒めたことがきっかけで、今では少し自慢にしてくれているようです。

その後スペインに移住した時習字を教え始めたり、イベントに呼ばれてパフォーマンスをしたりするようになりました。それでやっと母も納得したようで、「芸は身を助くだね〜」なんていつものお気楽な調子で言っていました。オールドファッションなんて言っていた友人たちも、年とともに「書道すごいね」と言ってくれるようになりましたが、私は何よりも、もう30年以上も筆を持ち続けて来た自分を誇りに思います。先日も「この紙!なんとかして!」なんて文句も言われましたが、これからも書き続けて行くだろうな、と並んだ筆に感謝しながら思うのであります。


『えのすきなねこさん』の作者紹介:

にしまきかやこ
1939年、東京に生まれる。東京芸術大学工芸科卒業。学生時代からリトグラフ、エッチングを手がけ、日本版画家協会展新人賞、同奨励賞受賞。絵本の読者である幼い子どもたちの絵を見る目、絵を描く力の確かさに敬意を払い、尊敬を込めて絵本を描き続けている。代表作『わたしのワンピース』は、親子二代にわたるファンも多く、男女を問わず子どもたちに愛されている。『ちいさなきいろいかさ』(もりひさし文/金の星社)で第18回産経児童出版文化賞受賞。『えのすきなねこさん』(童心社)で、第18回講談社出版文化賞絵本賞受賞。その他作品多数。


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