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【絵本レビュー】 『ガラスのなかのくじら』

作者/絵:トロイ・ハウエル&リチャード・ジョーンズ
訳:椎名かおる
出版社:あすなろ書房
発行日:2018年5月

『ガラスのなかのくじら』のあらすじ:

クジラのウェンズデーは、水槽育ち。
ガラス越しに世界を眺めて暮らしています。
何不自由なく、ひとりのんびり、変わらぬ毎日をおくっていましたが、
ある日、遠くにふしぎと心惹かれるものがあることにウェンズデーは気づきます。
そして、ついに青い瞳の女の子がやってきて……。


『ガラスのなかのくじら』を読んだ感想:

読んでいてハッとしたのは私でした。子供の時からなんだか居心地が悪くて、どこかに私のいる場所があるのではないかといつも夢見て、ちょっとでも遠くを見ようと爪先立ちばかりしていたのです。

小学校の時の私はリンドグレーンさんの本が大好きで、特に『やかまし村のこどもたち』シリーズがお気に入りでした。あの時は母親に、「大きくなったらスウェーデンに住むから」と宣言していました。私の母はといえば、「え〜、そんな遠くに行っちゃうの、やだな〜。それにママ、寒いの好きじゃな〜い」などと言って、それほど本気には捉えていなかったのだと思います。

「もうすでに日本人なんだから、日本のことばかりでなく、外のことを学びなさい」というのが父の口癖。子供の時には日本のテレビ番組は見せてもらえず、洋画ばかりみて育ちました。J-Popなんてもってのほか。家ではジャズやクラシック音楽をはじめ洋楽ばかり聞く生活。おまけに名前もヘンテコで、誰に自己紹介しても必ず「へっ?」と一度は聞かれることが恥ずかしくて、名前を変えたいと訴えたこともありました。そうすると父は必ず、
「フランスではな、お前の名前はすごく普通なんだ。誰も変なんて思わないんだぞ」と言うのです。今となれば全く信ぴょう性のない説明なのですが、当時の私はいつかフランスで「普通」に生活することを夢見て日々を送っていたと思います。

「海外」と言う響きはいつの頃からか私の「ブルー」になっていました。母の知り合いが海外から帰ってきたと聞けば、少しでも情報を得ようと母にいろいろ質問をしました。母が海外旅行へ行った時も、私は彼女を質問攻めにし、写真を食い入るように見つめて、「海外」を理解しようとしました。まだ見ぬ海外、そこが私の本当の家だと私は信じていたのです。もしかしたら私は学生時代をずっとガラスの中で過ごしていたのかもしれません。

最初に日本を出た日、私は移動中の半分を泣いて過ごしていました。もう帰ることはないだろうと思うと、やっぱり悲しくなったのです。降りていくエスカレーターのガラス窓越しに見えていた、見送りに来てくれた母の泣き顔が何度も頭の中に思い出されます。あとに残して来てしまったこと、それと同時に、日本から出られるようにいろいろ助けてくれたことに感謝する気持ちでいっぱいでした。そしてポケットには、朝出る時玄関の上り口に置いてあったメモが一枚。

「気をつけろよ。もう助けてやれないぞ」

父に私がロンドンへ行くことを言ったのは、出発3日前でした。話したのは母。そのあとも父とは話すこともなく、出発の朝も結局起きて来ませんでした。

こうして私はこの20年、大きな海で泳ぎ続けています。



『ガラスのなかのくじら』の作者紹介:

トロイ・ハウエル(Troy Howell)
1953年、アメリカ、カリフォルニア州生まれ。カリフォルニア州パサデナにあるアートセンター・カレッジ・オブ・デザインで学ぶ

リチャード・ジョーンズ(Richard Jones)
イギリスのデボン州在住のイラストレーター、作家。エクセター中央図書館に10年ほど勤務した後、絵本の絵を描くようになる。海や川で泳ぐこと、森の中を歩くこと、オーディオブックを聞くこと、猫をなでることが好きで、鳥や動物の絵を得意とする。邦訳の作品に『キツネのはじめてのふゆ』(鈴木出版)、『ガラスのなかのくじら』(あすなろ書房)、『だいすきライオンさん』(フレーベル館)など。



リチャード・ジョーンズさんのその他の作品

イラストを担当した絵本は他に何冊かあります。

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