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【絵本レビュー】 『おかあさんはね』

作者:エイミー・クラウス・ローゼンタール
絵:トム・リヒテンヘルド
訳:高橋久美子
出版社:マイクロマガジン社
発行日:2017年5月

『おかあさんはね』のあらすじ:


「1秒でも早く!」と急いでいる慌ただしい朝に、この子はいつまでものんびりで、ちょっとイライラ。
注意をしたらしたで、まさかの口答えにカチーン。

わたしはあなたを大好きだけど——いつどんなときでも、その気持ちを態度で示しておくのは、むずかしいですよね。

考えすぎてつかれた時に。

『おかあさんはね』を読んだ感想:

最初の2ページを読んで私は声が震えるのを抑えるのに必死でした。目元に涙が浮かび上がってくるのが感じられ、ページをわざとゆっくりめくって呼吸を整えました。息子が笑って「犬が走って行くねえ」という声を聞かなかったら、そのままこらえきれずに涙が流れていたかもしれません。

うちの父はすぐに手が出ました。「自分の意思を持つように」と言われて育てられたのに、いざそうなったら気に入らなかったのでしょう。全て反抗と取られ、私のティーンエイジャー期は父との戦いで過ぎました。それは大学になっても続き、私は父から遠くに行かねばと思うようになって、結局ロンドンへインターンシップをとって行きました。その後も特に会話をすることもなく、母と話したくて国際電話をかけても「いない」と言って切られることも多々ありました。それからいくつか国を変えましたが、私たちの関係は変わりませんでした。

2010年の10月母から日本の夜中に電話があり、留守電に「パパが倒れたああ」という悲痛な叫びだけが残っていました。それから連絡が取れず眠れない夜を過ごし、翌日やっと繋がった母から父が脳梗塞で倒れて手術をしたということを聞きました。それから十日ほど意識は戻らず、毎日「帰ってきて」と泣きじゃくる母を電話口でなだめていました。

父の意識は戻りましたが、言語能力をすっかり失ってしまいました。よく喋る人だったので、辛かったのではないかと思います。私はとりあえず母を助けるために10日ほど帰国しました。母に付いて病室に入り目をつぶっている父に「〇〇が来たよ」というと、びっくりしたように目を開けじっと私を見るんです。それから動く左手を伸ばし、私の手を握りしめました。その目は私が誰かちゃんとわかっている目でした。私は父の手が意外なほど柔らかくすべすべしていること、手術跡で髪の毛がすっかり剃られていたことをなんだか不思議な気持ちで感じていましたが、同時に「ずるい」と思ったんです。あんなにぶったり意地悪したのに、父はもう何も覚えていない。父に見えているのは、関係がこじれる前の幼い私の姿なんです。その記憶があるのは私だけ。すっかり取り残された気持ちがしました。「ずるい、そんなのずるい」今ではその事実を受け入れたけれど、やっぱり不公平だと思うんです。

息子が生まれ、また頻繁に帰国するようになりました。父は父なりに息子と遊んでくれ、みんながびっくりするくらいの力を見せ、なんと息子を片手でしっかり抱き寄せたんです。まだ小さい息子が泣けば、大きな声をあげて台所にいる私たちに伝えたり、見えないところで泣いているとやっぱり唸って「どうして泣いているんだ」と母に確認させました。私は母になって、私の小さな頃の話をたくさん聞きたいと思ったけれど、もうそれは無理な話です。父は一体何を願っていたのでしょう。

この絵本にある言葉は、どれもこれも私が息子に対して切に願うことです。今のうちに書き留めておこう。息子がいつか聞きたくなった時にちゃんと伝えられるように。

『おかあさんはね』の作者紹介:

エイミー・クラウス・ローゼンタール(Amy Krouse Rosenthal)
1965年、シカゴ生まれ。生涯を通じて30冊以上の本を出版した。代表作には、『Encyclopedia of an Ordinary Life』(2005年)、『The Same Phrase Describes My Marriage and My Breasts』(1999年)、そして邦訳された『アヒルだってば!ウサギでしょ!』(サンマーク出版)などの絵本がある。さらに短編映画やYouTube動画を制作し、TED Talksやナショナル・パブリック・ラジオ(NPR)に出演した。2017年逝去。


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