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【絵本レビュー】 『世界でいちばんやかましい音』

作者:ベンジャミン・エルキン
絵:太田大八
訳:松岡享子
出版社:こぐま社
発行日:1999年3月

『世界でいちばんやかましい音』のあらすじ:

やかまし好きの王子が、誕生日に世界でいちばんやかましい音を聞きたいと言います。そこで世界中に伝令が飛ばされ、その日その時刻にみんなで一斉に叫ぶことになるのですが、世界一やかましい音を聞いてみたいのは、王子ひとりではありませんでした。

『世界でいちばんやかましい音』を読んだ感想:

世界でいちばんやかましいことが自慢の都だなんて。。。
ギャオギャオ王子の生き別れた弟かと思うようなうちの4歳児を隣に読みながら、私はすでにこの想像の街の騒音を頭の中に聞いています。まだ半分も読んでいないのに、なんだか疲れてきたのは気のせいでしょうか。

私の家はガヤガヤの都の姉妹村です。旦那の声はとても大きくて、普通に話していてもまるで怒鳴っているみたい。彼が歩くたびに床が地響きを立て、本棚がカタカタと揺れます。大好きなyoutubeを見るときも大音量で、私たちが映画を見ていると、さらに音量を上げる始末です。そんな父を持つ我が家の4歳児の声もまた大きく、喋るということを知りません。「ママ、耳はよく聞こえるよ」と言ってもお構いなしで怒鳴り続けるので、彼の腹筋は子供ながら大したものです。アンパンマンのピアノを自動演奏にして、メロディーの出ないおもちゃのサキソフォンをプープー吹きながら部屋中を飛び回るのが日課。寝る瞬間まで話し続け、まるで電源を抜かれたかのように寝落ちするのが一日の終わりです。これで少し静かになると思ったら大間違い、4歳児の寝言はとてつもなくでかく、びっくりして起こされたことも多々あります。隣で寝ていた旦那がショックで「ピー」と変な声を上げて叫んだのには、ちょっと笑えましたけどね。

去年の3月にドイツのロックダウンが始まり、一ヶ月もしないうちに私はいっぱいいっぱいになっていました。ガヤガヤ村にいることに疲れてしまったのです。自宅勤務の旦那の仕事量は日に日に増え、6時の就業時間に自由になることはあまりないので、一人で散歩というわけにもいきませんでした。散歩といえばギャオギャオ童も付いてきます。私の唯一の夢は、ガヤガヤ村を出ることでした。

そんな中、ちょうど私の誕生日のあたりでロックダウンが解除されました。私がプレゼントとして願ったのは一つだけ。「一週間一人になりたい」でした。旦那は最初ギョッとした様子で、「職場に半日は休みにしてもらわなきゃならない」などとブツブツ言っていましたが、普段は特に何も欲しがらない私が珍しく欲しいものを言ったということもあり、オーケーが出ました。一週間と言ってから、もうちょっと長くすればよかったかなとも思ったんです。何しろ妊娠期を入れて4年ぶりに一人きりになるのです。一日のすべての時間が私だけのためにある。考えるだけでウキウキしました。あんまり嬉しくて、なんとかして延長できないものかなんてすでに考え始め、もしかしたら私この家に帰って来ないのではないかと密かに心配していたんです。

公園で友人たちにお祝いしてもらった後、おしゃべりを楽しんでいる彼らを残して私はひとり旅に繰り出しました。一時間ほど電車に乗って着いたのは温泉療養地。鍵をもらって部屋に入ると、私は耳を澄ましました。「スー」と空気が耳のそばを通る音すら聞こえそうです。私は大きく息を吐きました。静寂が流れます。何年振りだったでしょう。申し訳ないけれど、私は家族のことをすっかり忘れていました。

バスローブを羽織ってサウナに行きました。ロックダウン解除直後だったためホテル自体も空いていて、サウナでも誰にも会いませんでした。時々蒸気が出てくる音以外何も聞こえません。自分のする呼吸の音がやたら大きく響きました。家族が一緒であったらかき消されていたであろう音がすべて聞こえます。別のサウナ室のドアが開く音、誰かが給水機の水を出す音、風の音、下の駐車場で誰かが軽く咳をする音。ギャオギャオ王子ではないけれど、私は自然の音を生まれて初めて聞いたような気持ちになりました。

二日目になると、私は自分の考えを聞くことができるようになりました。息子が生まれてからの三年間、私の頭の中はガヤガヤ村の音が詰まっていて、自分の考えていることを聞くスペースさえなかったのです。村を離れた今、ようやっと私の考えが恥ずかしそうに顔を出しました。「ああ、私、ちゃんと考えられるんだ」と安心さえしました。それまでは友達に言っていたんです、
「私の脳みそは母乳と一緒に吸い取られてしまったよ」って。

友達とそれを笑いのタネにしていたけれど、今思えば、一人っ子の私が小さな頃からずっとしてきたことって、私との会話だったんです。それがいつの間にかなくなって、私は自分がなくなってしまったように感じていました。私は家族サービスをするただの箱になっていました。自分のために時間を費やすことがいかに大切かをすっかり忘れていたのです。

一週間は飛ぶように過ぎて、いよいよ明日はベルリンに帰るという夜、私はまだどうやったら帰らずに済むかを考えていました。またただの箱に戻ってしまうのが怖かったのかもしれません。でも、私には家族という責任があることも現実だし、大切な家族でもあります。とはいえ、「このまま逃げてしまいたい」という願望があったことは、ここだけの話ですが否めません。

こうして私はまたガヤガヤ村に戻ってきました。相変わらずのガヤガヤ振りです。変わったことといえば、私でしょうか。その後またロックダウンも始まり大した遠出もできなくなりましたが、私は積極的に村からおひまをもらうようにしています。それは土曜日の午後だったり、夕方の一時間だったりします。もちろん十分ではないけれど、我慢してその時間を取らないよりはずっとマシです。「頭の中の私」がもうちょっと顔を出しやすくしてあげて、話を聞いてあげたいなと思っています。

『世界でいちばんやかましい音』の作者紹介:

ベンジャミン・エルキン(Benjamin Elkin)
1911年、アメリカ合衆国のボルチモアに生まれる。高校の教師などを経て、執筆活動に入る。子どもの頃からお話を語ることが好きで、教師をしていたときも生徒にお話を語っていた。第二次世界大戦時、周囲に語るべき子どもがいなくなったとき、語る代わりに物語を書き始めた。『世界でいちばんやかましい音』(原題:The Loudest Noise in the World, 1954, The Viking Press)は最初の作品で、作者のもっとも気に入っていた作品のひとつ。1995年逝去。


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