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【絵本レビュー】 『うそつきのつき』

作者:内田麟太郎
絵:荒井良二
出版社:文溪堂
発行日:1996年4月

『うそつきのつき』のあらすじ:

レトロなスーツに帽子をかぶった、まんまる顔のおじさん。
おじさんは、何があっても笑いません。

「カメが、かめを かめないでいても。」
絵の中で、カメが甕(かめ)を噛めなくて泣いています。

『うそつきのつき』を読んだ感想:

ポーカーフェイスのおじさんを見ていてある人を思い出しました。スペインで日本語を教えていた時の生徒さんです。

私のクラスはただでさえ異色な人たちが揃っていたのですが、その中に一人ゴスというかヘビメタな感じの男の子がいました。毎週クラスの最初に「週末はどうでしたか」と聞くといつも「最高!」と答えるのですが、では何をしたのかと思うと「警察に捕まった」とかかなりダークなエピソードを話してくれて、本当なのか冗談なのかよくわかりません。またクラスの時に練習で作る例文もダークすぎて、私はいつもリアクションに悩んでいました。そして、話すときは微妙に目線もずれていて、クラスメイトと直接話すこともないのに、なんとなくクラスの一員化しているという不思議な存在でした。

生徒さんたちと飲みに出かけた時も、彼がいないのを見計らって女の生徒さんたちが「変なキャラだよね〜」と噂話。ただ、なんだか憎めないキャラではありました。

ある日、クラスでちょっとしたパーティーをしようと計画したのですが、ちょうどその日にストライキがありました。遠くから通ってくる生徒さんはもちろんですが、他の生徒さんたちも来ませんでした。私は歩いてこられるところに住んでいたので、とりあえず来て待っていました。二十分ほど待ったのでそろそろ帰ろうかと思ったその時、ヘビメタな彼がスーパーの袋を持って入って来たのです。

彼は明らかに帰ろうとしている私を見た後、空っぽの教室を見渡しました。

「誰も来なかったの?」
少しがっかりしたように言いました。
「ストライキだからね。どうやって来たの?」
「タクシー。これ持って来たから。」

そう言って袋の中からウォッカやジンなどのボトルを数本と紙コップを出しました。(そういうタイプのパーティーじゃなかったんだけどなあ)と思いながら彼の顔を見ると、本当に残念そうなのです。

私は、ハッとしました。彼はこのクラスが大好きだったんです。いつも微妙にずれたコメントをしていたけど、自分をせせら笑うような発言も多かったけど、一度だって他のクラスメイトを悪くいうようなことはなかったのです。せせら笑いはいつも彼自身に向けられていました。みんなとパーティーをしたくて、ストライキで電車もないのにタクシーでやって来たのです。あのポーカーフェイスの下にあったのは、シャイでみんなとスムーズにコミュニケーションが取れないティーンエイジャーみたいな澄んだ心の持ち主だったのです。

私はなんだか胸が痛み、下戸にもかかわらず、彼といっぱい呑むことにしました。何を話したのか全く覚えていません。もしかしたら、彼は悲しくて話さなかったのかもしれません。でも私たちはクラスで一緒に呑みました。

その翌週のクラスに彼は来ませんでした。だから私は他の生徒さんに、彼がボトルを持ってタクシーで来た話をしました。みんながとてもびっくりしたのはいうまでもありませんね。他の人たちも、彼がこのクラスをとても好きなのだろうという結論に達しました。

その少し後、私はこの語学学校を辞めました。でもそのあともポーカーフェイスを装ってる人や、やたらと皮肉めいたことを言う人がいると、ヘビメタの彼を思い出しあまり邪険にできなくなりました。「ぼくのしょうたいは。。。うそつき」と言って笑うこのおじさんすらも。


『うそつきのつき』の作者紹介:


内田麟太郎
1941年福岡県大牟田市生まれ。個性的な文体で独自の世界を展開。『さかさまライオン』(童心社)で絵本にっぽん大賞、『うそつきのつき』(文渓堂)で小学館児童出版文化賞、『がたごと がたごと』(童心社)で日本絵本賞を受賞。絵本の他にも、読み物、詩集など作品多数。 他の主な作品に「おれたち、ともだち!」シリーズ(偕成社)、『かあさんのこころ』(佼成出版社)、『とってもいいこと』(クレヨンハウス)、『ぽんぽん』(鈴木出版)などがある。


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