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【絵本レビュー】 『あめのひのおはなし』

作者/絵:かこさとし
出版社:小峰書店
発行日:1997年6月

『あめのひのおはなし』のあらすじ:

あめのひに、おかあさんをむかえにいった、さあちゃんとゆうちゃんは、かえるちゃんたちと……。おかあさん、はやくかえってきて!


『あめのひのおはなし』を読んだ感想:

小学生低学年の頃住んでいた家の近くには小さな川がありました。普段はチョロチョロと流れているだけなので、なぜこんな川に大きな川堤が必要なんだろうといつも思っていました。引っ越してきて最初の豪雨の日、その理由がすぐにわかりました。

母が午後から出かけるというので、私は一緒に駅まで行くことにしたのですが、駅に近づくにつれ道の水かさが増していくのです。駅前についた頃には、水は私の小さな長靴の高さ近くまで上がっていました。そっと歩かないと縁から水が入ってきそうです。

まだ少し時間があったので、駅前のドーナッツ屋さんに入ることにしましたが、一段上がったところにある自動ドアが開くたびに雨水が店内に入っていきます。お店の女の人が箒で水を掻き出していましたが、子供の目にも無駄な努力のように見えました。

普段あんなにちょろっとしか流れていないあの川が溢れかえって街を水浸しにしてしまうなんて、想像できませんでした。いつもは一人で行っていた駅の向こうの図書館へも、行ってみようとは思えませんでした。なんだか川に飲み込まれてしまうような気がしたのです。

母と私は店の奥の方のカウンター席に座って、外の雨を見ながらドーナッツを食べました。私が好きだったのは、丸い団子みたいなドーナッツ。ジャム、クリーム、チョコレートといろいろな味が食べられるのが好きだったのです。店内には私たち以外客はおらず、店員の女性はまだ水を外へ押し出しています。雨はざんざん降り続き、私は座っているスツールも水に沈んでしまうのではないかと気が気ではなく、せっかくのドーナッツも母との時間もあまり楽しめませんでした。

しばらくすると母は、「もう行かなきゃ」と言って席を立ちました。私たちは足で水を掻き分けるようにして駅まで歩きました。母はお出かけだったのですが、あの洪水の中長靴を履いていたのかどうか、私は覚えていません。ただ、長靴の中で靴下が濡れてグジュグジュになっていたのが気持ち悪かったという記憶ははっきりしています。

改札前も水浸しで、誰も彼もがそおっと歩いていました。まるでそうやって歩けば濡れるのが少しでも防げるとてもいうように。

「バイバイ」と手を振る母が改札を通り階段を上がっているのを見送って、私はまた傘を広げ家に帰りました。帰り道でも雨水は長靴の中に入り込み、いっそのこと裸足で歩いた方がいいのではないかと思うくらいでした。私は早く家に着きたくて、薄暗い道をひたすら歩きました。濡れないように気をつけて歩くことなんて、とっくのとうに諦めていました。

駅前の商店街の道を越えるともう洪水がなかったことがとても不思議でした。きっと駅前は低くなっていたのでしょう。私たちが引っ越す頃には川堤が改善されて、大雨でもそう簡単に水が溢れることはなくなりました。でも私はあの大雨のお見送りをなんだかいつまでも覚えているのです。そしてあの後長靴を履くのと濡れた靴下が大嫌いになったのでした。


『あめのひのおはなし』の作者紹介:

かこさとし
作家、詩人。1948年6月16日、東京生まれ。青山学院大学経済学部中退。1981年処女詩集『ふ』で詩壇の芥川賞といわれる「H氏賞」を受賞。1989年、初めて手がけた小説『高円寺純情商店街』で直木賞受賞。熱狂的な長嶋茂雄信者としても知られ、『落合博満 変人の研究』で落合博満をその後継者とおもいっきり解いた。『熊谷突撃商店』『眼鏡屋直次郎』『天使の相棒』『荒地の恋』『ひゃくえんだま』等著書多数。


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