さとうひろゆき

平成9年生まれの昭和プロレスファン プロレスは教養だ!

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プ事成語〜言葉の世代闘争〜

「あなたの意見は矛盾してる」、「この会社の個人データ管理はあまりに杜撰だ」、「次こそは捲土重来で挑む」 他にも呉越同舟、助長、衣食足りて礼節を知る、… 私たちは日常でこのような言葉を使っています。 いわゆる故事成語。 読んで字の如く 昔のエピソードから出来た言葉ですが、 私はふと思いました。 いつまでこの言葉に頼ってるんだと。 噛みつくなら今しかない。 私はここに言葉の世代闘争をブチ上げたいと思います! その故事成語になり変わるジャンルこそ プ事成語です。 故事成語がいにし

    • 裏切りの男アントニオ猪木②舌出し失神事件編

       1981年、新日本プロレスはあるプロジェクトに動き出した。 IWGP構想―。 これは世界のレスラーを集め、ブロックに分け予選トーナメントを行なって最強を決めるもので、優勝戦はニューヨークMSGで行なう計画も発表された。 団体創立以来、ジョニー・パワーズから奪取し、幾多の名勝負を繰り広げてきたNWFのベルトを封印し、新日本自身のブランドとして初めてのベルトでもあった。 それに対して一人のレスラーが新日本に参戦を表明する。 アブドーラ・ザ・ブッチャーである。 黒い呪術師といわれ

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      • 裏切りの男・アントニオ猪木

         日本、いや世界で有名なプロレスラーアントニオ猪木がこの世を去って早9ヶ月が経った。 今回は、筆者が思うアントニオ猪木とは?をまとめたい。  アントニオ猪木のプロレスは世間との闘いだった。 プロレスて八百長でしょ?という偏見との闘い。 プロレスてこういうものだよねっていう既成概念、常識、予定調和を最も嫌ったレスラーである。 そこで猪木がとったのは裏切りだ。 世間だけでなく、時にファン、レスラーをも欺き、裏切り続けることでプロレスの凄さを世に知らしめてきた。  ボクシング世

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        • 猪木が歩んだ『道』とは

          今から四半世紀、25年前の今日(4.4) 一人のレスラーがリングを去った. アントニオ猪木である。 その最後の雄姿を見届けるべく東京ドームに詰めかけた観衆、7万人。 これは、いまだに破られていない観客動員数である。 https://njpwworld.com/p/s_series_00151_1_01 最後の相手を弟子の小川直也ではなく、オープンフィンガーをつけ、MMA(当時はアルティメットと呼ばれてたか)でも実績のあるドンフライにするところに猪木らしさを感じさせ、 19

        プ事成語〜言葉の世代闘争〜

          思い出とケンカした武藤敬司

          一人の天才レスラーが引退した。 その男の名は武藤敬司。 自身の試合を「作品」と呼ぶ格闘芸術家。 かつてゴールのないマラソンといったプロレスに別れを告げる。 その最後の作品は一体なんだったのか。 私は思い出とのケンカマッチと位置付けた。 「思い出とケンカしても勝てねぇんだよ」 かつて武藤はそういった。 それは、自分以前の猪木馬場時代、鶴藤長天時代。テレビがゴールデンタイムで流れていた時代。そこと闘ってもしょうがない。 ただでさえ人間は過去を美化してしまう。 嫌な記憶でさえ、

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          思い出とケンカした武藤敬司

          内藤哲也の存在

          *本文は全文読めます。 面白かったらぜひご購入してください。 なぜ、内藤哲也なのか。 久しぶりのプロレス観戦と決めていた私にとってそれは重要なテーマだった 。 武藤敬司引退試合。 直前まで相手が未発表だったため、SNS等で相手予想が過熱。 中でも私は、今やハリウッドのトップ俳優で元WWEのトップだったザ・ロックや武藤屈指のベストバウト・高田延彦に夢を見た。 そして発表された内藤哲也。 現役トップとはいえ、先の相手予想をしてた私からすると正直期待はずれだった。 しかし、プロ

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