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《病気が教えてくれたこと》

病気による気づき、というのは人それぞれで、様々なプロセスやストーリーがあります。
その中で最も大切なことについてお話しします。

《病気になること》

なるべくなら辛いし避けたい。
皆さんそう思うでしょう。
病気は《乗り越えられる者に与えられた試練》。
そんなふうに表現されることもあります。
だから病気になったら、それぞれのできる範囲でできる事を、なるべくポジティブに向き合うことが良しという雰囲気があります。
病気になった《意味と価値》を探す旅をするのです。

しかし本当の意味と価値はなんでしょうか。
今のところ人類はその答えを見つけられていません。

《ある日の出来事》

1型糖尿病は一生の病気です。
どんなにポジティブに戦っていても、限界がきて体調を崩します。
どんなに情報を集めて、一時は自分が病気になった価値や理由を納得しても、条件や環境によりデータが古くなったり、信念が揺らいだりします。

ある日の入院の時、担当医に尋ねました。

「私はなんでこうなるんですか?」

担当医は真正面で

「さあ…何ででしょうね…」

私は答えを得られなかったショックで、病棟のトイレに引きこもり半日泣きました。

《期待が間違い》

そのショックが私に大きな気づきを与えてくれました。
私が間違えていたのです。
走り続けてきた方向がそもそも間違いだったのです。

それは
《病気になった意味価値があるはずだ》
そしてその答えは
《きっとこの広大な宇宙のどこかにあるはずだ》
と《期待》と《希望》を持っていたのです。

先の事件はそれを根こそぎ失うための体験だったのです。

《どこにも答えがない》

それでもショック事件のあとも、整体の仕事を続けながら健康について模索し続けました。
どこかに答えはないか。

希望と期待に執着し続けました。

ある時、整体のお客様に共通するものを見つけました。
それは《依存が強い》こと。

お客様も私と同じく、いつかどこかに、先生がなんとかしてくれると期待と希望を持って何十回も私の元へいらしていたのです。

この循環や関係性はとてもストレスでした。

私も明確に答えを提示できなかったからです。

《心感覚との出会い》

持病とお客様の依存の理由。

この期待と希望に執着する心はなんだろうか。
なぜありもしないような答えを人は探し続けるのか。
確証もない期待を抱き続けるのか。

なんとその途方もない疑問に、ひと筋の光が見えました。

《自分と自分の宇宙は実在しない》がこの世界の真実だという、一見ぶっ飛んだ学問です。

しかし学ぶほどに全てが腑に落ちました。

《本当の主体性》

今まで、外にまだ出会えていない答えがある、と私もお客様も《期待》と《希望》を失わないように頑張ってきました。

しかし、それは実在しないものにすがって走り続ける幻想、まぼろしだったのです。

その虚構の中に正しいと言える答えはないのだと理解した時、全てに納得しました。

虚構である、ということは目にみえて触れるこの体は《本当の自分ではない》ということです。

今まで一瞬も本当の自分で、主体性を持って生きたことがなかったのです。

《病気から学んだ大切なこと》

心感覚を学び、《否定をするようになっている》という人間共通の初期設定が理解できたことで、担当医にぶつけた
「私はなんでこうなるんですか?」
の理由が納得できました。

この虚構は実は自分が、自らの意志で創りあげた世界だったのです。
人間が《本当の自分》で《主体性》を持って生きるために。

病気は人間が《本当の自分》と出会い、真の《主体性》を持って人生を楽しむためのエッセンスだったのです。

《人生を楽しむ》

私は今、体が痛くても、体調を崩しても《私は健康だ》と言える人生を歩いています。

この世界を創り出す《心》が健康になる学問を学んでいるからです。

主体性を持って、本当の自分で生きる事がこんなに楽しいのかと。

もはや《正しいと言えることなどなに一つない》この世界で、期待や希望をモチベーションに頑張り続ける必要がないことが明確だからです。

《主体性を持つことで見えたこと》

この先人類は主体性を持って生きることが、必須科目となりますが《ひさご呼吸》はそこへ向かうための、本当の主体性を持って生きるための習慣化の一つとして役立ちます。

あなたの人生を楽しむ道具にしてください。





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