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バーチャル組織の実践課題 ~第5回 バーチャル組織を活用したグローバル人材管理/人材登用~

文責:高野一弘、久保光太郎、山﨑耕平

AsiaWise Groupでは、2022年4月号より、月刊国際税務において、「バーチャル組織の実践課題」と題した連載を開始しました。本稿は、第5回「バーチャル組織を活用したグローバル人材管理/人材登用」(月刊国際税務 2022年12月号)を転載したものです。

1.はじめに

事業活動が国際化した現在、限られた経営資源、特に人的資源については、グループ内で有効に活用することが強く求められています。少子化、日本市場の相対的位置付けの低下などさまざまな要因を勘案すると海外拠点も含めて、日本人を中心として事業展開を行うというモデルをそのまま継続させることは困難となりつつある中、実際、経営層からは、海外の有能な人材を国内外において登用することを具体的に検討することを求められることも多くなっているのではないでしょうか。企業のグローバル人材プールを管理し、人材の配置を適正化することは、限られたグループ資産の有効、かつ効率的な利用のために必須な施策となってきています。

筆者らは、グループ企業の経営・運営上、必要となる要員とその所在地国が一致しないグループ企業管理体制を「バーチャル組織」と呼び、従来型の指揮命令系統に囚われず、場所さらには組織の枠を超えた企業管理形態の考察を行います。

連載第5回となる今回は、企業がグローバル人材プールを管理、運用するためのバーチャル人事組織を設置する際の留意点などをケーススタディの形で考察します。

2.ケーススタディ① グローバル人材プールを管理する人事部門の設置

日本法人A社は、グローバルな人材プールの作成、プール人材の最適配置を行う統括部署として、グローバル人材管理部門を新たに設置することとしました。同部門は、日本本社の組織として設置されますが、同部署の責任者は、シンガポール居住者であるXを新規に雇用の上担当させることを決定しています。Xは、A社グループに雇用された後も、継続してシンガポールに居住することを条件としているため、Xは、A社のシンガポール子会社(B社)との間で雇用契約を締結します。
B社の従業員であるXが、グローバルな人材プールを統括する部署の責任者として、人材の最適配置計画を立案するとともに、その実践を指揮する体制に移行することになるのですが、このような組織形態、運用を採用する際にどのようなことに留意すべきでしょうか?

本組織は本社に所属しているとはいえ、X自身は本社の従業員としての地位を有していません。さらに、本組織はグローバルな人員の管理を行うという点、A社に加えてその他世界中のA社グループの子会社の従業員の管理に従事することも想定されます。これは法的主体さらには国境も超えて機能するバーチャル組織となります。このようなバーチャル組織を有効に機能させるために、B社とA社およびその他A社グループ会社との間で人材管理を受託、委託する契約を締結し、XはB社従業員として、当該人材管理サービスの提供をリードすることが必要となります。

今回の事例では、いわゆる「統括業務」がその役務提供の主たる内容となることからその業務内容の定義については慎重に行うことが求められます。請求する法人が所在している国の税務当局は、当然ながらできるだけ多くの費用を回収することを求めます。統括業務という表現を用いたとすると統括サービスはすべて国外のグループ会社に対して提供されていると考え、その業務の実施に関して発生しているコストの全てを国外関連社へ請求することを求めると考えられます。他方で、役務提供を受ける法人が所在している国では、請求されたからといってその費用全ての損金算入を盲目的に認めるのではなく、実際に具体的な便益を得ている部分についてのみ損金性を認めるというポジションをとると考えられます。したがって、サービスの内容について曖昧な「統括業務」という文言、定義だけではいずれかの法人で、税務否認を受け、国際的二重課税の状態に陥ることが懸念されます。この点、「統括業務」という表現に代えて、実際に提供されるサービスをより具体的に契約書上明記するとともに、請求時にも、どのような便益が提供されたのかを可能な限り明らかにする形で資料、記録を作成しておくことが肝要となります。

グローバルな人材プールを整理し、プール人材を有効に活用するということは、A社グループにとって必要かつ、極めて重要であることは明確な事実ですが、どの会社が、この「統括業務」コストを負担するのかという点については移転価格ルールの上で必ずしも明確にはなっていないと考えています。例えば、本ケースで課題となっている統括業務にかかるコストを、第一義的に日本本社が負担していることを前提とします。この場合、当該統括業務によって国外の関連者が明らかな便益を得ている場合は、その便益に相当する報酬を日本本社が国外関連者に請求することが求められます(移転価格事務運営要領3−10)。結果、明確な便益に紐づいていないその他のコストは日本本社に残ることになります。つまり、どこの国にも直接的に紐づかないようなコストについては、日本本社が負担することが認められているとの解釈も可能です。この解釈を本ケースに当てはめると、第一義的なコスト負担がシンガポールの発生になっているので、どこの国にも紐づかないコストについては、シンガポール子会社に残ることになってしまいます。このような事態に陥ることを避けるため、企業グループのリーダーである日本親会社が負担すべきと整理している統括機能コストは日本法人が負担できるように分析、検討し、適切に準備しておくことが肝要となります。

3.ケーススタディ② グローバル人材管理と人事関連文書の発行

グローバル人材プールの管理を行う上で、Xは各社の従業員に対して直接辞令などの書面の交付を行う事が必要だと考えています。この度、Xよりバーチャル組織名のみで具体的な会社名の入っていない通知文書を作成し、発出したいとの要望が寄せられました。そもそも従業員に対して指示を出せるのは雇用している法人と考えられるところ、このような書面に基づきグローバルな人事アサインを行う場合、どのような留意点が生じるでしょうか?

グローバル人材プールを統括し、その管理、活用を行うという組織では、各人員に対して、各種の人事辞令を発出することも必要となります。バーチャル組織に移行する前の、各社単位の人事組織を前提とした場合、このような人事辞令は、当然ながら対象となる従業員の雇用者である法人、出向を受け入れる法人それぞれの人事管掌部署が必要な文書を発行することになっていたと考えられるところです。人員配置転換辞令発出などの機能がバーチャル組織に移行した場合、バーチャル組織がこれらの辞令の発出組織となることは当然と考えられたとしても違和感はありません。他方で、Xはバーチャル組織の責任者ではあるものの各対象人員の所属している法人での地位は有していません。そこで発行する書類等には単純に法人名を記載せず、バーチャル組織名だけを記載し、Xの署名を付した形で辞令を発行することを検討しているのだと想像されます。A社グループでは、本バーチャル組織が人員配置転換などの権限を有しているので、バーチャル組織名とXの署名が付されている書面が発出されることでグループ内の書面としては、十分有効な書類となろうと考えられます。しかしながら、このようなバーチャル組織が発行する辞令だけでは、実務上の問題が発生してしまうことは想像に難しくありません。例えば、ビザの取得などにおいてそのスポンサーを明確にする必要があるところ、このようなバーチャル組織が発行する書面では、出向先国のスポンサーとなる法的主体が不明確となります。少なくとも現下の法令を前提とする場合、直接関連することになる法的主体の権限者が辞令など公式な書面の発行者となることが必要と考えられます。この点、X署名での辞令の発行を実施することを強く志向するのであれば、実務的な課題を回避するため、バーチャル組織名、X署名に加えて関連法人名も加えることも考えられます。こちらは、バーチャル組織が複数の法的組織にまたがって組成されるという性格に着目すると当然に出てくるオプションとも言えます。ただし、このオプションを採用した場合、Xが実質的に全ての法人の人事責任者を兼務していると主張していることと同義となることになります。結果として、PE認定リスク、X本人の各関連国での所得税追加納税リスクなど追加検討が必要となります。これらのリスク評価においては、本件バーチャル組織を検討することももちろん必要ですが、リスクが顕在化した際、その他の取引に与える影響も考慮して検討を行うことが必要です。例えば、本案件単独のPEリスクについては、金額が無視しうる程度に僅少であったとしても、他の取引のPE認定リスクに悪影響を与えることも考えられます。周辺リスクの顕在化に悪影響を与える可能性が低くないと考えられるケースでは、追加的な金額的影響を考慮することが求められ、結果的に金額的影響が僅少とは言えないとの結論となることも十分ありえます。このような周辺リスクへの波及を抑えるためには、本件取引が周辺取引とは別途独立した、単独で実施される取引であることを強く主張できるように本ケースを構造化しておくことが必要となります。

また、所得税課税に関しましては、シンガポール以外の国でも課税が発生するということになりますと、Xに対しては手取り保証を行う必要が生じ、結果的に会社の人件費負担の増大につながりかねません。Xが税務上の居住地国で外国税額控除を適用できる場合は、居住地国外で課された所得税を取り戻し、人件費負担の増大影響を限定的とすることも可能です。しかしながら、外国税額控除の適用自体が制限なく認められるわけではないことから、事前に十分な検討、分析を行っていないと国際的二重課税を排除できないことにもなりかねません。特に、今回のケースのように、国外源泉所得非課税の国(シンガポール)の居住者の場合は、そもそも外国税額控除の適用を行う余地がないこともあり得ます。

以上から考えますと、バーチャル組織名での辞令等の発行を行うとしても、関連するエンティティ名を併記し、X名ではなく、当該エンティティの権限者の署名を行っておくことなどの対応とすることが現実的な選択肢となるのではないでしょうか。そうすることで、追加的な検討を行う時間を大幅に削減できることにもつながると考えます。

4.ケーススタディ③ グローバル人材プールと受入出向

Xは、導入したグローバル人材活用を実践に移しており、この度、同社のインド子会社で雇用していた人材Yを日本に赴任させ、日本本社でのデジタル部門で活躍してもらうことを企画しました。今回の出向受入においては、A社グループの社内海外出向ルールを当てはめてA社及びインド子会社との間のコスト負担関係を整理することを予定していました。しかしながら、A社の社内規定を単純に当てはめると、出向期間中の一部人件費関連コストについては継続的にインド法人が負担する必要が生じます。今回は、インド法人の意向に基づくものではなく、グローバル人材プール統括のバーチャル組織主導での人材配置転換であることから、Yに関連するコストの全てを日本本社が負担することとしました。
このような場合、どの様な点に留意すべきでしょうか?

日系企業の多くは、過去新卒一括採用、終身雇用を前提とした日本人従業員を中心に運営されてきました。このため、海外出向は基本的に、日本人員を日本から海外に送ることを指し、その一方向の人員活用にかかる社内制度、ルールが整備されてきました。これらの海外派遣にかかるルール等においては、出向元である日本本社、出向先である海外子会社との間のコスト負担関係についても詳細に規定されており、これらの規定については、過去の税務調査の中での調査官との意見交換、議論も踏まえて現在のルールに至っていることも多いと考えられます。
他方で、近年は上記のケースのように、特にデジタル人材などについて日本で採用することが困難なケースもあることから、海外人材の日本への出向派遣というケースも増えています。

日本から海外に出向に出す際は、出向期間中の出向者に関連するコストは原則として出向先が負担することになっていますが、一定のコストについては継続的に日本本社の負担としていることがあります。これは、出向期間中とはいえ、出向者は日本本社との雇用関係は継続していることから日本本社が負担することが合理的と考えられるコストは、日本本社負担としているためです。出向期間中における日本の社会保険料の会社負担分などが典型的な例となります。また、日本と海外との間で所得格差がある場合などについては、格差補填目的で、日本法人が給与の一部を負担しているというケースもあろうかと思われます(参考:法人税基本通達9−2−47)。

他方で、今回のケースのように、子会社の社員を日本に出向させる際に、子会社が出向期間中の出向者のコストの負担を敬遠することから、出向に関連する一切のコストを単純に日本本社が負担したいという事業部門の要請が出ることはありえます。このような形でのコスト負担を行ってしまいますと結果的に社内ルールが複数あることになります。つまり日本からの出向派遣のケースと、日本での出向受入のケースで出向関連コスト負担のルールが違うことになり、会社が恣意的に日本の所得を国外に流出させているとの指摘を受ける可能性を否定できません。また、単にインドからの出向受け入れ者のコスト負担の問題と考えれば金額的な影響は僅少と整理できるかもしれません。しかしながら、指摘のポイントが出向者関連コストの基準の整理ということになった場合、受入出向のコスト負担基準が正であり、海外派遣出向の基準を改めるべきとの主張を行う可能性はゼロではありません。このような形の指摘を受けた場合は、金額的な重要性が瞬時に高まることになってしまいます。さらに、このような指摘を受けた場合は、日本、インドの問題ではなく、日本と出向者を派遣しているすべての国との課題となってしまいます。今回だけの特別待遇と考えて安易に実施したことが、会社事業に多大な影響を与える事態に陥りかねません。特別扱いを行う場合は、特別扱いを行うことの基礎が十分に備わっているかなど背景を慎重に検討いただくことが必要です。

5.ケーススタディ④ グローバル人材プール実践活用

Xは今回のグローバル人材管理組織での活躍が認められ、この度、日本本社A社の会社法上の役員に就任することになりました。Xは、役員就任後も継続してシンガポールに居住することを予定しています。このようなケースで特に注意すべき点などありますでしょうか?

給与等の所得については、原則として、その働いた場所を基準に課税がなされます。このためXが、シンガポールにおいて業務に従事し、給与所得を得ている限りにおいて、当該給与等については、日本本社またはシンガポール法人のいずれが負担しているかに関わらずシンガポールにおいて個人所得課税の対象となります。他方で、本邦法人の役員が得る報酬については、その執務場所に関わらず、法人の所在地国である日本源泉所得として、日本所得税の課税対象とされます(所得税法第161条第1項第12号イ、所得税法施行令第285条第1項第1号)。さらに、内国法人の役員にかかる報酬の所得源泉地について、日星租税条約では別段の規定をおいていませんので、租税条約の適用を考慮しても国内法の規定に従い本邦国内源泉所得と取り扱われる点に変更はありません(日星租税条約第16条)。結果的にXが日本法人の役員となる場合は国際的二重課税に陥ることとなることに留意が必要です。加えて、上記ケーススタディ②でも触れましたが、シンガポールは国外源泉所得が課税対象でなく、国外源泉所得に外国所得課税があったとしても外国税額控除の適用を行えません。結果的に、一旦日本シンガポール間で国際的二重課税に陥った場合は、その解消を行うことが極めて困難になると考えられることにも留意が必要です。

さらに、Xとの関係においては、役員報酬は実質的な手取り保証と考える必要もあろうと考えられます。手取り保証を行うためには、グロスアップを行い、追加で発生する税コストを会社が負担する必要がありますが、日本本社が追加的に発生する税コストを負担する場合、役員賞与と認定をうけ、当該グロスアップした金額が損金不算入扱いとなる可能性があります。

バーチャル組織の責任者が、日本非居住者であり、かつ日本法人の役員になるケースは、個人所得税並びに法人所得税負担の増加につながることが懸念されますので、慎重な検討、分析、適切な対応が求められます。

6.まとめ

本稿では、バーチャル組織を活用したグローバル人材管理、活用について、ケーススタディの形で考察を行いました。実際の検討時にはより多くの事実が複雑に絡まり合うことが想定されますが、そのような中での考え方の整理の一助となれば幸いです。次回以降も、バーチャル組織を活用したビジネス実践について、ケースを織り交ぜつつさらに考察を続けたいと考えています。今後の記事にもご期待ください。


執筆者

高野 一弘
AsiaWise Group Tax Team Leader
公認会計士、税理士
<Career Summary>
大手監査法人にて法定監査業務に従事した後、大手税理士法人にて国内・国際税務コンサルティング業務に従事。同法人在籍中に、インド・デリーに駐在。その後上場企業にて税務部リーダーとして企業内から税務業務に従事し、現在に至る。特にクロスボーダー案件に関して豊富な実務経験を有する。
<Contact>
kazuhiro.takano@asiawise.legal

久保 光太郎
AsiaWise Legal Japan 代表パートナー
弁護士(日本)
<Career Summary>
米国、インド、シンガポールにおける9年に及ぶ経験をもとに、インド、東南アジア等のクロスボーダー案件(現地進出・M&A、コンプライアンス、紛争等)を専門とする。
<Contact>
kotaro.kubo@asiawise.legal

山﨑 耕平
AsiaWise Technology株式会社 取締役
公認会計士、税理士
<Career Summary>
大手会計事務所にて勤務開始。法定監査業務、国際税務コンサルティング業務に従事したのち、大手会計事務所の中国事務所に赴任。帰任後は、大手会計事務所のリスクアドバイザリー部門に勤務し、グローバル企業のGRC領域に関するアドバイザリー業務に従事。2021年AsiaWise Groupに加入、DXプロジェクトにおけるGRC領域での支援を行う。
<Contact>
kohei.yamazaki@awdigital.consulting



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