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#19 優勝がどうとかって

「優勝がどうとかっていうよりかは、
皆が明るく、笑顔で、野球をプレーして欲しいなと、
最年長としてはずっと思っていたので。
そこだけすごく大事に、僕はしていました。」

この僅か何秒間かのコメントがしかし、
佐々木選手よろしくの100マイル越えのストレートのように、
会見場の記者たちとその向こう側にいるお茶の間に、
鮮やかなほどに、
しかし鋭くインコースをついて、投げ込まれた。

第一線で活躍しながらも、折に触れて、
この数年ダルビッシュ有選手が、
一環して野球界やスポーツ界に投じてきたメッセージが、
この100文字にも満たない回答に、
凝縮されていた2023年の春。


WBCは、正直、
壮行試合でまさかの中日勝利くらいの情報しか捉えることがなくて、
キャンプ情報はもちろん、予選は殆どみていなかった。

それが、子ども達も自分も春休みに入り、
メキシコ戦、アメリカ戦をテレビ観戦することができ、
一瞬にして引き込まれた。
それと同時に、
スポーツ界に吹き始めていた新たな微風が、
ベンチに映る選手たちの笑顔や明るさや一体感によって、
少しずつ追い風に変化しているのではないか、
という事を感じもした。

悲壮感漂わせることなく、
一流選手が、
純粋にスポーツを楽しみ、
仲間のプレーを称え合い、
勝負を繰り広げる。

私のスポーツ好き・野球好きは、例外なく父親の影響と言えるが、
「どっちを応援してるの?」と聞くと決まって、
「野球を応援している!」と父は言っていた。
だから父の野球観戦はどちらのチームに偏るでもなく、
純粋に野球というスポーツを楽しみ、
結果を受け入れ、
選手たちのプレーぶりを心から楽しんでいた。

野球には野球の魅力があって、
サッカーにはサッカーの魅力があって、
スポーツの特性によって異なる事はあるけれど、
スポーツの持つ物語性や、
一瞬にしてストーリーが塗り替えられ、
プレイヤーと観戦者双方の心を、
天にも地にも奪い去る、
その圧倒的スケールこそ、
スポーツが持つ共通の魅力なのではないかと感じる。

ここでいう圧倒的スケールとは、
世界の舞台とか一流同士とか、
そういったことではなくて、
どんなカテゴリーでも存在し得る、
情熱や高揚感や感情の激動やドラマ性だったりする。

そしてそれは、
プレイヤー自身こそが、
そのスポーツを純粋に楽しんでいればいるほど、
純度の高いものになるような気がしてならない。

楽しんでばかりはいられない一流選手が、
極限の状態で、
"楽しむ”ことを体現してくれた今回のWBC。

時を重ねるように、
選抜高校野球で出場した東北高校監督の佐藤洋監督が掲げてきたテーマは、
「子どもたちに野球を返す」
といわれている。

優勝後に語ったダルビッシュ選手の、
冒頭のインタビューの回答と、
佐藤監督が掲げるテーマを、
スポーツに関わる大人たちやメディアやファンとしても楽しむ私たちは、
真摯に受けとめなくてはいけない。
特に、
決して良いとはいえない、
(それでもひと昔前よりは数段も変化してきているであろう)
今の日本の子ども達のスポーツ環境に関わる大人たちは、
これらのメッセージが内包している意味を、
深く深く考えなくてはならないと思う。

子どもたちに野球を返す、
とは今の日本のスポーツ界にとってどんな意味を成すのか。プロの一流選手が世界の舞台で、
「スポーツを楽しむ」姿を敢えてメディアに投げかけたのは何故か。

WBC優勝後の記者会見で記者が聞いた、
「チームの最年長としてここまで引っ張ってこられて、優勝するためにどんなことが一番大事だと思って、ここまで取り組んでこられましたか。」
という、私たちが常に意識してしまっている結果ありきの姿勢や、
スポーツは結果こそ、といったような無意識の偏見や思い込みを見事に打ち破る、

「皆が明るく、笑顔で、野球をプレーして欲しい」

今回のWBCで選手たちが示してくれたこのメッセージは尊い。
そして様々な喧騒やプレッシャーをかきわけ、
プレーする事の喜びや楽しみを純粋に噛み締めていた彼らの手元には、
しっかりと野球というスポーツが握られていたのではないだろうか。


しかしながら、
優勝という結果をもたらしたことによって、
旧態依然のスポーツ界や野球界に刺さり得る、
真実を伴ったメッセージとなったと思う私は、
やはり結果信仰に囚われているのかもしれないと思うと、
そんな自分が少し恥ずかしくもある。

以下、2020年と2019年にREAL-SPORTSの記事

ダルビッシュ有が否定する日本の根性論。「根性論のないアメリカで、なぜ優秀な人材が生まれるのか」

ダルビッシュ有が考える、日本野球界の問題「時代遅れの人たちを一掃してからじゃないと、絶対に変わらない」








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