Withコロナ時代のアジアビジネス入門⑫「ベトナム人の<侵略者との闘い>」@ONLINE講座ベトナム編(1)
「死者数ゼロ」コロナ封じ込め成功国のベトナム
ベトナムのコロナ感染死者数がゼロなのはどうしてなのか。コロナでベトナムの社会はどう変わるのか。海外への出稼ぎはどうなっていくのか。
毎日アジアビジネス研究所は(YouTube→)「Withコロナ時代のアジアビジネス入門ONLINE講座」を開設しました。中国編、インド編に続く、シリーズ第3弾「古田元夫のベトナム・ビジネス(1)驚異のコロナ感染『死者数ゼロ』 ベトナムの国家と社会 交通、住宅、出稼ぎ」を6月19日に開催しました。
冒頭、古田氏はベトナム(ベトナム社会主義共和国)の見方について「経済は市場経済だが政治は共産党一党支配、そしてベトナム戦争に勝った国という印象が強いでしょう。ですから、上からの統制がとれた国というイメージを持つかもしれないが、それだけでは本当の姿は見えてこない」と発言しました。
ベトナムのコロナ感染数は328人(世界で148位)、死者数ゼロ=5月31日現在。ASEAN諸国と日本との比較で、人口1万人あたりの感染数がシンガポール60.9人、インドネシア0.96人、フィリピン1.62人、マレーシア2.46人、タイ0.44人、日本1.29人に比べ、ベトナムは0.04人と格段に低い数値です。
庶民の緊張感の源泉は「侵略者=中国」の歴史的体験
ベトナムはコロナ感染封じ込めに成功した国をいわれます。
古田氏によると、1月27日にフック首相がコロナとの闘いについて「侵略者との闘い」と呼びかけたことを受け、2月の早い段階から庶民レベルで緊張感が高まったことが要因であると分析しています。古田氏は「ベトナム人にとって侵略者と聞いてまずイメージするのは中国の歴代王朝です。緊迫感の源泉は『北からの脅威』への歴史的体験です」と強調しました。ベトナム政府は中国・武漢からの帰国者に感染が初めて確認されたことから国境封鎖、入国制限を徹底し、間接接触者の把握・隔離の対応が功を奏しました。しかし、古田氏は「封じ込めの要因を政治体制(一党独裁)に帰するのは誤りである」とし、高度管理社会で高水準医療のシンガポールを(失敗の)教訓としてあげました。ベトナムでは都市部に貧困地域がないことも感染を防いだ要因にあげています。
「民は強く、お上は弱し」 合致したコロナ対応で力を発揮
そのうえで、ベトナムの特徴について「普段、ベトナムの人々は政府の言うことに従順ではなく、政府の信頼度も決して高くはない。しかし、(今回のコロナ対策のように)人々の気持ちが政府のリーダーシップと合うときには施策が大きな力となって発揮される」と述べました。さらに、古田氏はコロナによる変化について「列をつくることが苦手なベトナム人が列をつくるようになった」とも語りました。
古田氏はベトナムの社会の活力について道路と住宅を例に説明しました。ハノイの道路の法則を「相手が自分をよけてくれると確信し自分の行きたい方向へ前進すること」と述べ、臨機応変で融通無碍なベトナムの特質を表していると指摘します。「大衆住宅」とは国家が提供した社会主義的集合住宅を住民が勝手に改修した住宅であり、「民は強く、お上は弱し」の典型例としています。
海外出稼ぎ熱に「国境の壁の高さ」
海外への出稼ぎについては1980年前半のソ連・東欧への労働力輸出から外貨獲得・収入増のため国家的に奨励した背景があると指摘。現在、日本23万人、台湾22万5千人、韓国4万8千人、欧州1万人など全世界で56万にのぼり、在外ベトナム人は400万人に達します。ベトナム国内や海外の受け入れ先に質の悪い業者が横行し、在ベトナム日本大使館でも注意を喚起しています。ただ、古田氏は故郷への愛着が強いにもかかわらず、外国に出る理由について「ベトナム人には外との結びつきが豊かさの源泉という考えがある」と言及。いわゆる「出稼ぎ御殿」が示す成功物語や通信手段の発展で海外への出稼ぎ熱はあったものの、その状況はコロナで一変し、改めて国境の壁の高さを意識せざるを得なくなったといいます。今後、ベトナムの海外出稼ぎ熱がどうなるのか関心を示しています。
次期トップ候補にフック首相、ヴオン党常務の名前
第1回ベトナム・ビジネス講座では参加者から次の質問がありました。
――現在のベトナムの政権トップはチョン共産党書記長兼国家主席です。来年には5年ぶりにトップ交代の時期を迎えます。コロナ対策で手腕を発揮したフック首相が後継として有力視されるのか、それとも第3の人物なのか、そのへんはいかがですか?
「ベトナムは集団指導体制が続いており、一人に権力を集中することを避ける傾向があります。トップのチョン共産党書記長は国家主席を兼ねていますが、体調が思わしくなく、ナンバー3のフック首相がありとあらゆる面で政治を切り盛りしているのが現状です。フック首相の指導力は印象に残り有力候補であることには変わりありませんがすんなりトップに就くかというとそうは限らない。共産党のヴオン書記局常務が最高責任者になるのではとの憶測もあります」
――コロナ危機が起き、今後、国境を接する中国とのつきあい方はどうなるのでしょうか。
「ベトナムにとって中国はしばしば脅威の源泉になってきたので警戒感は根強いものがあります。しかし、桁違いの国力を持つ隣人、中国に過度な刺激を与えるのはベトナムの利益にならないという考えを持っている。中国、そして米国、日本と大国との関係をバランスよく、ベトナムの利益を最大化するのが基本的なスタンスです」
――ベトナム人は列をつくるようになったと話されましたが、コロナでそれ以外に社会的な変化はみられますか。大皿で分け合って食べる文化や公衆衛生は変わりますか。ハノイの公共交通はどうですか。
「コロナのインパクトは大きく、ベトナムの社会は変わっていくと思います。ハノイのレストランでは大規模宴会の光景は日常的にみられなくなっています。大皿文化が完全に小分けになっていくかは分かりませんが、コロナで公衆衛生の概念は浸透すると思います。ハノイでは公共交通としてバス利用者がじりじりと増えていたが、(コロナで)3週間、ストップしました。公共交通の整備にどう響くかは微妙なところです」
【アジアビジネス入門シリーズ3「古田元夫のベトナム・ビジネス」】
・第2回 6月26日(金)19:00~20:30
「中国から生産拠点移転へ ベトナムの外資と裾野産業」
https://viet-biz22.peatix.com/view
・第3回 7月3日(金)19:00~20:30
「ベトナムの高度人材とは?アジア屈指の人材育成目指す日越大学」
https://viet-biz3.peatix.com/view
■講師 古田元夫(ふるた・もとお)
日越大学(ハノイ)学長、東京大名誉教授、毎日アジアビジネス研究所シニアフェロー
東京大学でベトナム現代史を研究し、95年に東大教養学部教授。2001-03年総合文化研究科長・教養学部長、2004-05年副学長、2009年東京大学附属図書館長。2015年定年退職、東大名誉教授。16年にハノイで設立された日越大学初代学長に就任する。日本ベトナム友好協会会長。著書は「増補新装版 ベトナムの世界史: 中華世界から東南アジア世界へ 」(UPコレクション、東京大学出版会)など多数。
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