シリーズ 米国のアジア人脈 ⑪ ミャンマー軍幹部への制裁は有効か米政府の制裁発動に懐疑的元政府高官でインレーアドバイザリーグループ代表エリン・マーフィー氏
エリン・マーフィー氏
米国務省が7月16日、ミャンマー西部ラカイン州のイスラム系少数民族ロヒンギャに対する迫害などの責任があるとして、ミャンマー国軍のミン・アウン・フライン最高司令官ら4人の軍高官を制裁対象に指定したと発表した。本人と家族の米国への入国を禁止する。ミャンマー軍最高幹部への制裁は初めてで、2016年の経済制裁全面解除以降、最も厳しい制裁措置となった。こうした中、今回の制裁に懐疑的な見方を示すのが、オバマ前政権時代にミャンマー特別代表・政策調整室で特別補佐官を務めたエリン・マーフィー(Erin Murphy)氏だ。現在は、ミャンマーはじめアジア市場に関するコンサルティング会社インレーアドバイザリーグループ(Inle Advisory Group)創設者兼代表を務めるマーフィー氏は、制裁によって迫害がなくなるとは思えない、と指摘している。
■家族の入国禁止に疑問
制裁は、国務省で開催した「宗教の自由に関する会議」でポンペオ米国務長官が発表した。声明では、2017年夏のロヒンギャに対する一斉掃討について、フライン最高司令官らが関わった信頼できる証拠を発見したとし、「民族浄化」の責任を問うものだ、と指摘した。ポンペオ長官は「今回の発表により、米国はビルマ軍の最高指導部に対して公に行動を起こした最初の政府となる」と強調したうえで、「米政府はビルマ政府が人権侵害や虐待に責任を負うべきこうした人物に対して何ら行動を起こしていないことをなお懸念する。ビルマ軍が全土で人権侵害や虐待を続けているという報告が相次いでいる」と語った。制裁対象には、フライン最高司令官のほか、同司令官の右腕であるソー・ウィン参謀長らも含まれている。米政府はこれまで下位の国軍幹部らを制裁指定してきているが、トップを指定したのは初めてという。
仏教徒が大多数のミャンマーでは、イスラム教徒のロヒンギャには市民権や基本的権利が与えられず、政府もバングラデシュからの不法移民として「ベンガル人」と呼んでいる。一連のミャンマー軍によるロヒンギャ迫害も「テロとの戦い」としての掃討作戦だと正当化している。2017年の掃討作戦では1カ月で少なくとも6700人のロヒンギャが殺害され、約74万人が隣国のバングラデシュに避難した。
これに対し、国連は2018年9月に人権理事会の報告書を発表し、「ミャンマー国軍幹部にジェノサイド(民族虐殺)の意図があったと判断できる」と断定し、フライン司令官らを国際法廷に訴追すべき容疑者だとして名指しで非難していた。米議会でも批判が強まり、昨年末以降、制裁の発動などを求める法案や決議案が可決されるなど、オバマ政権下での「和解」以来、最も厳しい状況になっている。
政府のこの対応を懐疑的にみているのが、エリン・マーフィー氏だ。長らく対立した米ミャンマー関係を「雪解け」に導いた国務省スタッフの1人で、ミャンマー問題では当時のヒラリー・クリントン国務長官の側近だった人物だ。2011年12月に米国務長官として約50年ぶりにクリントン氏がミャンマーを訪問した際にも同行している。
マーフィー氏はロイター通信の取材に対し、「ロヒンギャは全土的に嫌われている民族だ。骨の髄まで外国人排斥と人種差別が染みついた態度を変えようというなら、渡航禁止だけで変えられるものではない。とても複雑で困難な問題に取り組もうというなら、懲罰的と同時に前向きな補強策となるより多くのツールを駆使する必要がある」と述べた。
入国禁止措置が家族にも及んだことにも疑念を呈す。国軍幹部らへの影響よりも、米国への旅行や留学を考えている子供や孫らの世代により大きな影響があるとみている。米国とミャンマーはかつての敵対的な関係に戻ったわけではない。むしろ、ミャンマーの民主化や政治改革を推進する立場は変わっていない。将来の世代まで交流の断絶を強いるのは、米国の閉鎖性を印象つける結果にもなりかねないからだ。
■日本滞在の経験もあるアジア通
マーフィー氏は名門タフツ大学を卒業し、首都ワシントンのジョンズ・ホプキンス大学高等国際関係大学院(SAIS)で修士号を取得した。2007年に中央情報局(CIA)のアナリストとなり、2009年からヤンゴンの米国大使館に勤務した。国務省のミャンマー担当に11年に就任し、一連の「雪解け」に関わり、13年にインレーアドバイザリーグループを立ち上げた。
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