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アルプ・トーカー:インターネットの 「免疫システム」(究極のチェンジメーカー #9)

Alp Toker - NetBlocks (トルコ、2019年選出)

「究極のチェンジメーカー」シリーズについて
私たちアショカは世界最大の社会起業家ネットワークです。1980年創立以来、アショカ基準の社会起業家を発掘しており、2021年までに世界90カ国以上で約3,800人を「アショカ・フェロー」として選出してきました。彼らは、社会にある問題の表面的な応急処置ではなく、それらの歪みを生み出している水面下の仕組みそのものを変えています。この連載では、社会を大きく変えている、「究極のチェンジメーカー」の名にふさわしいアショカ・フェローを一人ずつ紹介していきます!

ウイルスが侵入してきた時に、人間の免疫システムが最初に行うことは、ウイルスを瞬時に発見して定義し、適切な防御手段を見出して起動させることです。この流れこそが、アルプ・トーカーのNetBlocksと呼ばれる技術がインターネットに対して行うものです。

この技術が成功しているのは、アルプが偉大な社会起業家でありながら、科学とテクノロジーの天才であるという稀有な組み合わせであるからです。英国でトルコ人の両親のもとに生まれた彼は、幼い頃からコンピュータサイエンスを極め、11歳の時点でイギリスの大学入学レベルにあたるAレベルを取得します。「悪事を暴かれそうになった企業が、恥をかきたくないがために検閲してきた経験が、十代の頃にありました」とアルプは振り返ります。「しかし、メディアがこの事件を取り上げたことにより、抵抗できる可能性があることに気づきました。」

彼は機械学習の黎明期である2000年代に大学でAIを学び、人間とテクノロジーの関わり方に強い関心を抱きます。大学在学中にはGoogleやAppleのモバイルブラウザ(Chrome、Safariなど)の初期バージョン開発にも関わりました(今でもスマートフォンの法律に関する情報に彼の名前を見つけることができます)。またAlpは、技術標準やインプリメンテーションなど、ソフトウェアの仕組みを誰もが無料でアクセスできるようにするオープンソースの取り組みを牽引した一人でもあります。

ある爆発事件の後で

アルプは20代でテクノロジー業界で名を成します。自分が民主主義ではなく利益のために働いていると気づいたAlpは、社会運動や市民による抗議活動が行われていたトルコで自らのスキルを活かそうと活動を広げました。

トルコでは、インターネットが繋がりにくくなるのは日常茶飯事でした。ある時、アンカラで多くの人が集まる平和集会の最中に爆弾2発が爆発し、100人近くが死亡、数百人もの負傷者を出します。事件を受けて、トルコ政府はインターネットを遮断しました。「攻撃の後には通信が途絶え、コミュニケーションも遮断された」とアルプは述べています。「援助を求めることも、メディアに連絡することもできません。被害者は苦しみ、大切な人々との連絡が途絶え、デマが拡散しました。その日に、私は最初のテクニカルアラートという警報システムを構築し、このプロジェクトが生まれたのです。」

彼は2015年、トルコでTurkeyBlocksという組織を立ち上げ、アイデアを洗練させていきます。しかし、アンカラでの爆発があったときから、この技術はトルコ国内のみならず、世界的に必要とされるものだと気づいていました。

アルプが開発したのは、インターネット接続や携帯電話の基地局など、運用中のインフラを常時監視するシステムです。速度低下や中断を検知し、それが技術的な障害なのか、サイバーセキュリティ上の脅威なのか、または政府の介入なのかといった原因を即座に特定することができます。

「NetBlocksは、ルーターやサーバー、中継塔などの通信機器からインターネットを監視し、各地域でオンラインとなっている機器のデータベースを保持することで、世界各国のインターネットの接続性を追跡しています。NetBlocksがこれまで検知した案件としては、(イランでの)固定回線によるインターネット機器の切断があります。この件では、携帯電話の基地局のサービス喪失も見られ、無線モバイルインターネットの遮断も示しています。」

BBC

アルプは、NetBlocksが作ったグローバル規模の監視システムについて次のように述べています。「多くの地域やグローバルなシステムを構築し、それらをつなげることで、世界中で何が起きているかを示す見取り図を作成しました。得られた結果は検証済みで、これまで政策立案者やメディアの信頼を得てきました。」

このシステムは、Eメールからテレビ放送に至るまで複数の方法で、情報をニュースメディアや政府、人権や報道の自由を求める市民団体、弁護士、危機管理者、災害の被害者、関心のある一般市民などに届けることができます。例えば、インターネット障害がハリケーンであれ選挙に関するものであれ、ニュースメディアにとって信頼できる情報は大変重要です。また、ネット情報を頼りに山火事や洪水から避難する人にとっても、インターネットに何が起こっているかは重要な情報です。

さらに、各所へのレポートは、24時間体制で継続的に実施されています。これにより、良くも悪くも誰もが変化を追跡し、その原因を知ることができます。

インターネットの自由を守る

NetBlocksは、自らを「独立した、政治思想に依らない市民社会グループ」であり、「デジタル権、サイバーセキュリティ、インターネット・ガバナンスの交差点で活動するソリューションハブ」であると説明しています。実際、NetBlocksの活動はウイルスの特定と定義に留まらず、サイバーセキュリティの脅威回避や脅威に晒されてしまった後も含め、情報の自由な流れや真実性、平等な分布を願う全ての人々が協力できるよう支援しています。これを実現するための最初の一歩は、問題点を明確かつ適切なタイミングで見つけることです。

アルプの構築したシステムがどの様に機能していているのかという一例をご紹介します。

(編注:ベネズエラのマドゥロ大統領が市民のインターネットを制限し、仮想通貨による自由な送金を阻害している件に関して)
インターネット監視組織NetBlocksの最高経営責任者であるAlp Tokerは、ベネズエラの国営インターネット・プロバイダーCanTVが、メキシコの仮想通貨取引所であるAirtmが使用する2つのアドレスをブロックしたことを確認しました。同社に対する類似案件は2018年にも発生しており、今回はこれが繰り返された形です。「この2度にわたるアクセス制限は、代替金融サービスへの制約が今まさに行われている事を示している」とTokerは述べています。

ワシントン・ポスト紙

NetBlocksは世界で最も引用されているデジタル権団体の1つであり、アルプ自身も信頼できる情報源です。両者ともに、世界中の主流メディア(AP通信、BBC、CNN など)や政府機関(最近の米国国務省の人権報告書など)で頻繁に引用されています。実際、個人の権利を尊重した強靭なサイバーセキュリティ政策を構築するなど、NetBlocksは多くの政府と協力しています。

トルコにあるジャーナリズム専門学校にてデジタルセキュリティに関するワークショップを行うAlp

同時に、NetBlocksは政府によるインターネット干渉に異議を唱える市民団体や弁護士と協力しており、インターネット切断に対する最善の対処や、法廷でのデータの使用方法について、数百というトレーニングを実施しています。

ネット遮断の情報をいち早く捉える

NetBlocksの技術が問題解決の鍵となったケースがあります。例えば、2019年6月3日にスーダンの首都ハルツームで発生した、市民による民主化デモに対する準軍事組織の攻撃の際、インターネットがほぼ完全に遮断されました。弁護士のAbdel-Adheem Hassanは、この遮断を記録したNetBlocksのデータを武器に、通信事業者のZain Sudanを相手取り訴訟を起こします。結果として裁判所は同社に対し、インターネットサービスの即時復旧を命じました。

インターネットが世界人口の半数以上にとって重要な情報源であり、つながる場所となった現在、真実かつ信頼できるインターネットの保証は、新たな人権として浮上し、主張されつつあります。しかし、世界でも33か国においては、意図的なインターネットの遮断が増加しているのです(逆に、アルプが最初に活動を始めたトルコにおいては、過去2年間でこの様な遮断は減少しています)。

一部の政府は、デマ、ヘイトスピーチ、暴力などへの対処として、インターネットの遮断は必要な手段であると考えています。しかし、インターネットの遮断は人々の孤立感や不安を煽り、そのために暴力の増加と相関関係があるという研究結果が出ています。市民の暴動や自然災害などの非常事態において、インターネットは人々のライフラインです。インターネットが遮断されてしまうと、状況の把握や連絡の取り合い、情報に基づいた意思決定などができなくなります。また救助隊員にとっても、お互いへの連絡やGPSの利用、市民との連絡経路が閉ざされます。これにより、言論や集会の自由など、社会的に必要不可欠な権利が損なわれます。また、投票の制限や、対立候補者の弱体化、選挙妨害のために利用されるといった事態も起きかねません。

アルプの取り組みやテクノロジーの急速な進化、そして新しい社会の現実とは、全てが変化し、つながる世界であり、そこでは誰もがエンパワーメントされたチェンジメーカーであることが求められるという事実があります。こうしたことから、NetBlocksが目指すものはさらに喫緊の課題となり、その変化の加速は望むべきものといえます。例えばNetBlocksは現在、インターネット遮断発生時の経済的なコスト(およびそれに伴う税収の損失)を計算しており、遮断賛成派の主張を明らかに弱める情報となっています。

「インターネットの遮断が経済に与える影響は驚異的です。インターネットを監視するNGOであるNetBlocksによると、インターネットが遮断されると、エチオピア政府は1日あたり450万ドル近くを失う試算となります。」

CNN

次にNetBlocksは、インターネットの問題をこれまで以上に自然災害や選挙などの関連する出来事に結びつけており、有力な新しいツールを使って関連性を可視化しています。また、発言力も大幅に向上しています。アルプはこうした利便性の高い新たな方法について、「かつて技術的な課題であったものを人間の課題へとシフトさせ、人生や生活の質を向上させる一助となっている」と述べています。

さらに、より広く情報を発信するために、NetBlocks自身がコンテンツプラットフォームへと進化を遂げています。2019年後半、NetBlocksは独自に緊急時のライブストリーミングと放送を開始しました。既存の衛星テレビネットワークを介して国際的に同時配信しており、同時視聴者数は200万人を超えます。

「ここ数年の間に、優れたグローバルなコミュニティと最先端のテクノロジーのおかげで、以前には入手が難しかった情報を収集でき、今では毎日のように社会問題に直接取り組むことができるようになりました」とアルプは述べています。「私が夢見るのは、各個人がオンライン上のデジタル権(※)を守るために必要なツールと知識を持つことができるような世界です。」世界が今、アルプのインターネット「免疫システム」を利用できるようになったことに鑑みると、夢の実現は近いといえます。

※デジタル権:個人が自由にデジタルメディアにアクセス、利用、創作、出来る権利

エジプトで発生したウェブサイトのアクセス制限を示すNetBlocksによるレポート(2019年4月)


もっと知る

NetBlocks公式HP:https://netblocks.org/

Twitter:https://twitter.com/atoker


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