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【短編】押入れ作家

プロット:葦沢かもめ
執筆:AI(gpt2-japanese, mediumモデル)、葦沢かもめ
(全7章, 7398文字)

※本小説は企画「AI小説百話」にてTwitterで公開した作品の再掲です。

1. 最初の仕事

 私は古い二階建てのアパートの前で車を止めた。ここへ原稿を取りに来るのは初めてだった。
 私は入り口から入って右に折れ、一階の奥の部屋へと向かった。
 その部屋の前で止まり、ドアをノックしたが応答はない。鍵はかかっていなかった。
「失礼します」
 そう言ってドアノブを回す。
「いらっしゃいますか?」
 声をかけてみるが、応答はない。
 私は中に進む。奥の部屋を覗き見るが、床に落ちた一枚の紙しか見えない。
 私は慌てて中に行き、奥の部屋を見る。
 暗くてよくわからなかったが、作家の姿は見えなかった。
 部屋の中は散らかっていた。作家に逃げられたのかもしれない。もし編集長にバレたら大変である。
 私は何とかしようと考えて、そして思いつく。
 私は慌ててスマホを取り出し、電話をかけてみた。すると着信音が、どこか近くで鳴った。
 すぐに電話は切られ、メッセージが届く。作家からだった。
「誰ですか?帰ってください」
 メッセージに私は返信を書き込む。
「原稿を取りに来ました」
 すぐに返信があった。
「分かりました」
 押入れが開き、その中に敷かれた布団の上に彼が座っていた。
「何をしてるんですか?」
 彼はペンを握る手を止めずに答えた。
「小説書いてる」
 その後の会話は一切なかった。
「どんな小説を書いてるんですか?」
「もう少ししたら書き終わるから」
 彼の話しぶりからすると、声を掛けられるのは嫌なようだ。
 少し緊張しながら、彼を待った。

 気が付くと、夕陽が窓から差し込んでいた。白いローテーブルの上には、分厚い茶封筒が置かれている。
 そこに置かれた手紙には「お待たせ」と書かれていた。
 彼は毛布にくるまって眠っていた。彼を起こさないようにしながら部屋を出て、編集部へと車を走らせた。
 我が社の編集部は小さな、小さな事務所である。
 白いカウンター席に座って壁にもたれながら、編集長が手紙を読んでいた。
 早速、編集長に回収した原稿を渡す。
 封筒の中身を見て、編集長は笑った。
「完璧な仕事だな」
 机の上に投げ出されたのは、まっさらな原稿用紙の束だった。
 一番上の原稿用紙には、たった一文。
「また取りに来て」
 それが彼との最初の仕事だった。

2. 曇り空

 朝、再びあの作家のアパートへ向かった。次こそは、原稿を回収しなければならない。あんなことはもう二度とゴメンだ。
 アパートの部屋の前に着いたところで、中から女性が出てきた。
「もしかして出版社の方ですか?」
「はい、そうです。失礼ですが、あなたは?」
「弟がお世話になっております。押入れ作家の姉です」
 話を聞くと、彼女は弟さんをお世話しているらしい。
 どうやら私の事も聞いて知っていたらしく、声が弾んでいた。
「今ちょうど、あなたを探そうとしていたんですよ。どうぞ中へ」
 彼女は私の肩を抱き、アパートの中に引き込んだ。
 中へ入ると、テーブルの上に原稿が置かれていた。今度はびっしりと文字が書かれていた。
「弟は、夜通し書いて、さっきやっと寝たんですよ」
 お姉さんはそう言って笑っていた。こういう事は、よくあるらしい。
 このお姉さんは、いつも弟さんの事を考えて、一生懸命仕事をしているようだった。
「弟が押入れの中で生活していて驚いたでしょ?」
「変わった人だなとは思っていました」
「変わった人って言われると、なんだか悔しいし情けないけど、私は弟がいてよかったって思ってる」
「すみません……」
 それでもお姉さんは、とても嬉しそうに私の髪をクシャクシャにした。私は少し恥ずかしくなったけど、我慢して触られるがままになった。
「実は、うちは母子家庭だったんだけど、弟が小さい時に母が流行り病に罹ってね。濃厚接触してはいけないから、私と弟は押し入れで生活してたんだ」
 お姉さんの目は、窓の向こうの曇り空を眺めていた。炎天下でなくともまだまだ暑いが、空はどこか優しくて……とても甘美だった。
 私は、お姉さんの話に引き込まれていた。話の内容は、意外なことばかりだった。
「結局、母は悪化して入院になって、それきり帰ってこなかった。それ以来、弟は押し入れから出られなくなっちゃった。
多分、押入れの中だけは、時間が止まってるんだ。あの時から。
今年で、もう二十年か」
 まるで生命維持装置に繋がれている人みたい……。
 弟さんのことを恨む気持ちはないんだろうか。いや、むしろ弟さんのことを……。
「あ、そうだ」
 気が付くと、お姉さんの話に夢中になってしまっていた。
「弟をよろしくね。そろそろ仕事にいかないと」
「私も原稿を届けなきゃ。良かったら車で送りますよ」
「ホントに!じゃあお言葉に甘えようかな。弟の原稿、任せたよ」
 きっと最高の家族って、こういうものなのかもしれない。
「ここでいいよ」
 駅前に着いたところで、お姉さんは車を降りた。
「またね」
 お姉さんは私に軽く手を振ると、改札の方ではなく、静まり返った夜の街の方へと歩いていった。私は偶然だろうか、と思った。
 そんな私の視線に気付いたのか、お姉さんは寄り道をするようにコンビニへ入っていった。
 お姉さんに出会えた高揚感と、なんだか恥ずかしくなってしまった気持ちで、胸の中はいっぱいだった。

3. 写真集

 私は押入れの前で仁王立ちになり、押入れ作家を見下ろした。彼は微動だにせず、執筆を続けている。
「お話があります」
「後で」
 彼は無言。その姿に、私は怒りをあらわにした。
「これはあなたのためなんです」
 押入れの男は、私の顔を見て言い切った。
「話したくない」
 私は彼の表情を伺いながら続けた。
「編集長にあなたの原稿を見せたところ、風景の描写が足りないと言われました」
「そうですか」
 彼の表情は変わらなかった。
 ふと押入れの男が言葉を発した。
「僕、あの人、苦手なんです」
 その言葉の意味が気になり、私は彼を見た。
「僕は、あまり他人には興味ない。面白いと思ってくれる人には感謝してるけど」
 そう言った彼の顔は、どこか儚げで、それでいて強い輝きがあった。
「だからこそ特訓をします!」
「嫌です。仕事があるので」
 彼が閉めようとした押入れの戸を、即座に押さえる。
「あなたにはもっと良い小説を書いて欲しい。私はそう思っているんです」
 彼の真剣な表情は滲んでいて、いつもより精気がない。
「急いで次を書かないと」
「そう言わずにお願いします。今日は弊社から出版されている写真集を持ってきました。この写真を文章にする練習をしましょう!」
「面倒です」
 彼は表情を崩しもしない。
「いや、いや。いけますって!それが嫌なら、無理にでもこの部屋から引っ張り出して、外を連れ回します」
「それ誘拐ですよ」
 私は、写真集を彼に押し付けた。彼が戸惑っているのが分かった。
「どうせ押入れから出たくないだろうと思って写真集持ってきたんですから、特訓しましょうよ」
「はぁーっ……。部屋から出たくはないのでやりますよ」
 そう言うと、彼は写真集を持った。
「あの……、どうしてここから出たくないのか、教えてもらえませんか?」
 彼は躊躇いながらも口を開いた。
「ここから出たら、母が死んだことを信じないといけないから」
 彼は、そう言うと、目をつむって頭を下げた。
 私は、彼の頭をそっと撫でた。
「そうだったんですね。大丈夫、大丈夫です」
 彼は、少し驚いているようだった。少し困ったような顔をしている。
「自分は小さかったから、母のことをよく覚えていない。だから母の記憶を探すために小説を書いてる」
 彼の手は一心不乱にペンを走らせ続けていた。
 その様子を見ているうちに、私は彼のことを支えていきたいと思った。

4. 鍵のかかったドア

 特訓を始めてから一ヶ月。
「描写が格段に良くなりましたね」
 押入れ作家は無言だが、表情は満足そうに見える。
「良かったですね。これで少しは改善されたと思います」
「そうか」
 しばらくは、沈黙だった。
「あなたは本当に才能あると思います。期待してるんです。最後のシーンは、海ですよね。実際に行ってみませんか?」
「外には出ない」
 彼の決心は固いようだった。
「でも潮風の匂いや、波飛沫が舞う音は、実際に体験してみないと分かりませんよ?」
 私の言葉に、彼の瞳は曇った。
「潮風の匂いはどうやって書いてるんですか?」
 彼は少し躊躇い、話し出した。
「それは自分で想像した妄想を、そのまま書いてるんだ。潮風を浴びて」
「どうやって?」
 彼は、目の前に海が見えているようだった。
「海は、波が激しくて、すごく波打って見える。だから、これでいいんだと思う」
「でも挑戦してみましょうよ。風景描写だって練習して上手くなったじゃないですか」
「外は怖いから」
「それなら大丈夫ですよ。危ないことはしませんから」
 彼は俯いて、顔をそらした。
「うん。そうなんだけど」
 彼は、そう言って初めて、自分が海に興味を持っていることに気付いたようだった。
「私と、お姉さんも一緒に行くから大丈夫。最初は失敗でもいいんです。やってみなきゃ始まりませんから」
 すると彼は私の目を見据えて言った。
「やってみよう。どうせ駄目だけど」
 私の目に、涙が滲んだ。
「ここまで頑張って来たんです。きっとできます」
 彼は顔を上げて言った。
「ありがとう」
 彼は泣き笑いを浮かべた。私は彼のその仕草に見とれてしまった。
 すると背後から物音がした。振り向くと、お姉さんが立っていた。
「外に出るなんて絶対にダメ!私が許しません!」
 お姉さんは鬼のような形相になっていた。
 お姉さんが私の腕を掴んだ。私の背中に手が回る。彼は少し震えていた。それと同時に私は強く引っ張られる。
 少し離れたところで彼は膝を折り、私と目を合わせていた。
 彼が、どこかへ行ってしまう。私も彼の視線を追いかけていた。その間も泣き続けた。
「どうしてですか?やっと外に出る決心がついたのに」
 そんな私の声も届かず、私は部屋から追い出されてしまった。
「私の話を聞いてください!」
 鍵のかかったドアをノックする音だけが、虚しく響いた。
「何も話すことはない」
 お姉さんのその一言が、私の胸に埋もれていく。

5. アゲハ蝶

 押入れ作家の部屋から追い出された翌日の夜、私は駅前で待ち伏せしていた。お姉さんに会うためだ。寒い路上に立って、道行く人の顔を眺めていた。
 今日はお姉さんに会いたくはなかった。私は手に持った本を眺めた。どうしよう。思ったより時間が経ちすぎている気がする。
 その時、見知った人がコンビニに入るのが見えた。お姉さんだ。私は急いで走る。そしてコンビニから出てきたお姉さんの腕を掴んだ。
 こんなことしか私には出来ない。
「お姉さん、お話があります!」
 お姉さんはポカンとしている。私は無理矢理、お姉さんの腕を引っ張って、近くのマンションの前へ場所を移した。
 お姉さんは、アゲハ蝶のようにきらびやかな服を着ていた。ばっちりメイクもしていて、一見お姉さんだとは分からない。
「後にして」
「どうか聞いて下さい」
 お姉さんは、私の目をじっと見て、黙って何も言わなかった。何も言わずに、私を睨んでいた。
「私は、弟さんに外の世界を見て欲しいんです」
「もう出版社に担当者を変えるよう連絡してあるから」
「でも、これが本当の、私の仕事ですから」
「私はあなたにお願いをしてる。どうして理解してくれないの?」
「押入れに閉じこもっているのはお姉さんも同じです」
 するとお姉さんは、悔しさをぶつけるように答えた。
「そんなの自分がよく分かってる」
 廃墟のように静まり返った空間。その中で、自分の想いを話すことは無理だと思った。本当の自分の気持ちなんか、分からないけど。
「自分に嘘をつくのは好きじゃない」
「私もそう思います」
「それなら、私が私でいられるよう祈って」
 私はお姉さんを抱き締めた。
「これまで弟さんを育て上げるのは大変でしたよね。でもお姉さんを褒めてくれる人は誰もいなかった。お辛かったでしょう」
 お姉さんを抱く腕に力が入った。
「救いを与えてくれる?」
 私は少し黙った。
「私は救われたい……」
 お姉さんは、子供のように泣きじゃくっていた。
「きっとお母様も、お二人が自由に生きて欲しいと思っているはずです」
 私はお姉さんの頭を優しく撫でた。
 お姉さんに届かないし聞こえないかもしれないけど、私は叫び続けた。
「お姉さん……」
 きっと、もう限界だったのだろう。
「海に行く時の運転手はあなただからね」
「いいですよ」
「お菓子もたくさん用意すること」
「もちろんです」
 お姉さんは私に抱きついて離れようとしない。
 そのまま夜は更けていった。まだ少し泣きながら、お姉さんは言った。
「どうして私たちはここにいるのかしら」
「なんでだろうね」
 お姉さんは私に抱きついて、小さく「海で一緒に泳ぎましょう」と呟いた。

6. コンビニのおにぎり

 朝、布団の中で目が覚める。頭が痛い。起きる気力もない。時計の数字は、もう正午を過ぎていた。
 今日は、まだ寝ていたかった。でも脚を引きずりながら、ベッドから立ち上がる。立ち上がったと同時に、視界が変わった。それはあまりに白く、明るくて、広い。
 ──夢か?そんな疑問が頭に過る。いや、そんなはずはない。だが、今日の夢は鮮明だった。
 担当者を変えるように主張したことを理由に、編集長は押入れ作家の連載の打ち切りを決めた。私は反対したが、味方はいなかった。それ以来、私は家に引き篭もっている。
 決めてしまえば、もう後戻りはできない。
 しかしながら、自分だけ、こんなことをしているのは、なんだか変だった。
 私は、ただ私を追い込んでいただけかもしれない。いや、私のせいなんだ、と思う自分もいた。
 何か気分転換をしようと思っても、体が重くて何もできない。ただ時間が過ぎていくだけ。私は横になったまま目を瞑る。
「……………」
 そのまま気を失いそうになった。
 何も考えたくない。ただこの感情を私にぶつけるのは嫌だった。
 その時、呼び鈴が鳴った。だるい体を引きずってドアを開けに行くが誰もいない。
 するとドアノブにビニール袋が下がっていることに気付いた。袋を開いて中身を見る。
「……なに、これ」
 ハンバーガーや色々な食べ物が入っている。
 これはどういうことだろう。
 私は袋の中に手紙が入っていることに気付いた。
「あなたが原稿を取りに来るのを待っています」
 それは押入れ作家の字だった。
 私を待っている?
 私がいなくなっても、待ってくれる人がいる。誰もが自分のために、そして誰かのために必死に言葉を探す。
「これは、私のために……」
 きっと打ち切りになったことも知っているはずなのに、私のことを気にかけてくれるのが嬉しかった。手にした手紙に涙が滲んだ。
 仕事で失敗したことへの悲しい涙ではなく、励ましてもらったことへの嬉し涙だった。
 私は涙を拭うと、部屋の中へ戻った。
 私は手紙をしっかりと握った。
「今日で最後にしよう」
 私は袋に入っていたコンビニのおにぎりを頬張った。久しぶりの食事だった。こんなに美味しいおにぎりを食べるのは初めてだ。
「ありがとう」
 私はそう呟きながら、食べ続けた。
 私は彼らのことが、こんなにも好きになっていた。
 それから私はカーテンを開けた。太陽の光が薄暗い部屋を明るく照らした。外は明るい。
 私はコップに水を注いで飲み干した。

7. 波の音

 アパートの前で車を停める。一階の奥の部屋まで歩いていき、ドアをノックする。出迎えてくれたお姉さんに促され、中へ入った。
「悪いですね、朝早くから」
「いえいえ、大丈夫ですよ」
 お姉さんは、ちょっと顔が強ばったように眉を寄せていた。
 彼は押入れの中で、支度を済ませていた。
「準備はできましたか?」
「問題ない」
 そう言う彼の声は震えていた。
「何かあった?」
「い、いえ! なんでもありません。大丈夫です」
 私は少し声を潜めて彼に聞いた。
「なんか、その……ごめんね。こんなこと言っちゃ悪いけど」
 彼は言葉に困ったように、言葉を濁らせた。
「いえ。いいんですよ。その、お気遣いありがとうございます」
 彼は言葉を、慎重に選んでいた。
 私に続いて、彼は玄関で靴を履き始めた。お姉さんが用意した新品の靴だ。彼の様子を観察する私達へ、彼は言った。
「靴紐の結び方くらい分かる」
 彼は、自分の靴紐を結び終えるまで、口を結んだままだった。それでも、彼の様子はとても穏やかだった。
「これで、ちゃんと結べたでしょ?」
 それから彼は深呼吸して、玄関の敷居を跨いだ。立ったまましばらくじっとして、それから一言「大丈夫」と言った。膝は震えていた。
 私は彼を車まで案内して、後部座席に座るよう促した。
 三人で私の車に乗り込んだところで、海へ向かった。久しぶりの車、久しぶりの町並みを、彼は好奇心に満ちた目で見つめていた。
 空気が爽やかに流れていた。彼はしばし無言で景色を見つめ、そして目を閉じた。
 私の車は海へ続く道を進んでいった。車が走る音、波の音。私たちは海についての話をした。
 海へ到着してドアを開けると、潮の匂いが肺を満たす。
「これが潮風の匂いなのか……」
 彼は少し幻滅したように嘆いた。
 波の音がしていた。風が強い。
「雲が流されている。きっとそうだな。きっとそうだ」
 浜辺に出る。冬だから他に人は居なかった。
「波の音がこんなに繊細だなんて、どこにも書いてなかった」
「だからあなたが書くんですよ」
「母のことを書けるような気がする。こうして海に来れて、嬉しい」
 そうして彼は歩いていき、砂浜に何かを書き始めた。
 本当は、何を書きたかったんだろう。何を書けばいいんだろう。そう問うように。
 広げたレジャーシートに座り、私とお姉さんがお菓子を頬張る横で、彼は呟いた。
「やっと気付いた。母は、こんなに近くにいたんだって」
 お姉さんが、自分の思いを静かに伝えるように、彼の隣に立った。二人は目を見て黙って、潮風の音に聞き入っていた。
 それからしばらくして、彼が私のもとにやってくる。彼は目を輝かせながら言った。
「物語を書きたい。母の話を」

<終>

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