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「小説を書くAI」をテーマとした小説のまとめ

葦沢です。小説執筆AIを開発したり、自分で小説を書いたりしております。

自身で小説を書く際に「小説を書くAI」をテーマにしたいと思い、既存作品との差別化を意識するようになりました。

その流れで「小説を書くAI」をテーマにした小説について一覧化したものが無いなと思っていたので、自分で作ることにしました。ネタバレに配慮しつつ、簡単に書評も載せています。

……などと偉そうなことを言っていますが、筆者も未読の作品があり、全てに書評を書けておりません。読み次第、更新していければと思います(と言わないと尻に火が付かない人間)。

ここには書籍を載せていますが、Webにも「小説を書くAI」をテーマにした小説は散見されます。また、実際にAIを使って書かれた小説もWeb上で公開されたりしています。それらも需要と筆者の余裕があれば別枠でまとめてみようと思います。

ここに挙げた作品が全てではないと思うので、もし漏れている作品があれば記事下のコメントなどで筆者にお教え頂けると助かります。というか、むしろ見逃している作品を知りたいというのが本音です。情報提供、お待ちしております。

「偉大なる自動文章製造機」ロアルド・ダール(1953年)

短編集「あなたに似た人」所収の短編。

エンジニアのナイプが、社長のボーレンの協力を得て、自動的に小説を書く「自動文章製造機」を開発し、事業を拡大していく話。

作中では「自動文章製造機」の開発過程と機能が細かく描写されており、小説の作り方を機械的に分析していたと推測される。その分析は、感覚的には現代でも通用すると思われる。描かれた機能を、以下にざっくりと列挙してみよう。

【短編】
・掲載したい雑誌社を選択して生成する機能
・ストーリーは、あらかじめ人間が機械に与えておく
・知的に見せるために長い単語を蓄積させておく

【長編】
・ジャンル、テーマ、文体、登場人物、小説の長さなど10の項目をあらかじめ設定
・緊張感、驚き、ユーモア、ペーソス、ミステリなどの要素と、情熱の割合と強さを、生成しながらリアルタイムに人間が調節する

開発途中の「自動文章製造機」が書いた文章も登場しており、(翻訳版しか読んでいないが)どのように文章を自動的に作るかというロジックについては作者も答えをもっていなかったのだろうと分かる。文法と数学との関連性に触れていたり、人間の書いたストーリーや単語をメモリーに記憶させておくという記述はあるが、機械学習を予見するような描写ではなく、あくまで人間がすることを機械に置き換える程度の描写に留まっている。

また掲載させたい雑誌社に合わせて生成するという設計思想には、小説のビジネス的側面を作者が強く意識していたのだろうと思われる。
特に、作中では「自動文章製造機」による事業も描かれている。

・小説を製品ととらえ、品質が劣っても生産コストを下げて安く売る
・「自動文章製造機」の作品を自らの作品と称して売る
・架空の作家を抱える文芸エージェンシーを運営
・架空の作家が広告塔になる
・二流作家を買収・吸収

こうした事業を、作者は批判的に描いている。小説を大量生産された製品のように扱うことに対して嫌悪感を抱く人は、特に作家や読書家に根強いと思われる。

しかし技術的に可能になる未来は、すぐそこまで来ている。「小説を書くAI」のビジネスにおける可能性については、また別の機会に論じたい。

「言壺」神林長平(1994年)

小説を書いている主人公は、意味の通らない文章を書こうとしていたが、文章作成を支援するマシン「ワーカム」によって修正されて困ってしまうという「綺文」に始まる短編集。各短編を読み進めていくにつれ、文章作成支援マシンとともに人間と言葉の関係性が変容していく。

文章作成専用のマシンがあるというところには、古さを感じる(物心ついた時にはWordが存在していてワープロとか見たことない世代)。でも逆に、形のあるハードウェアから出発しているからこそ、「栽培文」で描かれるような物語が想像できたのかもしれない。「跳文」では「電送ノベル」という電子書籍を先取りしたような概念もあり、一概に物質主義に囚われているとも思えない。「わざと専用マシンから物語を組み立てているのなら、その理由は?」と想像してみるのも面白いだろう。

本作は、文章作成を支援するソフトウェアの在り方のヒントになると思う。人間と言語空間の間にAIが介在した時に、何が起こるのか。そこに想像力を巡らせることが、開発者として必要なことだと思う。

「あなたのための物語」長谷敏司(2009年)

小説を書く仮想人格≪wanna be≫を開発する主人公サマンサが、余命が残り少ないことを宣告されながらも、開発に身を捧げていく長編。

サマンサが肉体的、精神的、そして社会的に弱っていく姿は目を覆いたくなるところがある。それに伴ってサマンサが、研究対象であり、ある意味で子供でもある≪wanna be≫と関係性を変化させていく物語には、フロイトの影響を感じた。

≪wanna be≫が書く小説の内容については叙述されているが、実際の本文自体は省略されている。AIの書く文章の拙さを当時の技術的知見からどう描くのか、という点で個人的な興味があったので、ちょっと残念だった。人間によって書かれた「AIが書いた文章」の変遷は、資料的価値があると思うので是非後世に残していきたい。

本作は、「小説を書くAI」が人間のような意識(らしきもの)を持っている描写がなされているという点で、作家が思い描く「小説を書くAIのあるべき姿」の典型例ではないかと思う。少なくともこれまで、技術的に「小説を書くAIには意識が不可欠である」とは証明されていない。「意識があるからこそ小説を書けるのだ」(≒「小説は機械的には書けない」)という固定観念には、小説を書く人間としての作家のエゴを感じる。いずれ「小説を読むAI」によって、人間の機械に対する差別として指摘されることになっても不思議ではない。

また、≪wanna be≫は小説を人間よりも速く読んで学習し、人間よりも速く小説を書くという描写がなされている。これは「小説を書くAI」に対するイメージなのだと思う。しかし実用面から考えた時、これは必ずしも正しくないのでは、と筆者は考えている。少なくとも開発初期の「小説を書くAI」は、人間と同等の質の小説を書けるのであれば、遅くていい。なぜならば、「小説を書くAI」は、人間と違って容易に増やせるからだ。もし長編を1本書くのに1年かかるとしても、12台同時並行で書けば月1で出せる。汎用的なパソコンなら12台でも150万円程度の初期投資だから、個人でもできなくはない。それが商業的な成功を支えるポイントになるだろう。

一方で、タイトルにあるように「誰かのために書く」という作家の動機を「小説を書くAI」に持たせるというのは、開発者にとって一つの鍵になるかもしれない。「誰かの役に立つ」という報酬無しに書かせることはできるだろうが、誰にも読まれない文章になってしまうかもしれない。読まれることで小説が小説たりえるならば、読者を意識することが書くことの要素ではないか、と考えてAIを設計することが解決策に繋がる可能性がある。

「小説家の作り方」野崎まど(2011年)

主人公の作家・物実は、「この世で一番面白い小説」が書きたいという女性・紫に、小説の書き方を指導することになる、という話。

キャラクターの作り方が上手い。

ネタバレになるので詳しく言えないが、「身体性」が一つのキーワードであるように感じた。「あなたのための物語」の≪wanna be≫は立体映像だが、本作では体があることによって重要な場面が描かれる。

この背景として、自然言語処理における意味解析があるのではないかと思う。言葉の意味をAIが理解するためには、一般的に事前に与えられた意味辞書が用いられる。しかし人間は、目で見たり説明を聞いたりというように、感覚を通して意味を理解するという違いがある。画像認識で写真から世界を理解して、そこから文章を生成するような試みは散見されるので、この問題が解決される可能性はある。

また、「小説を書くAI」の動機が「あなたのための物語」とは異なるのも面白い。動機の自発性を描いたのは本作が初めてだろう。人間が小説を書く動機は三者三様であるのだから、「小説を書くAI」も色々なアプローチで開発できるはずであり、そこから逆に「小説」というよく分からないものに対する分析が進むのかもしれない。

「第37回日経星新一賞最終審査 -あるいは、究極の小説の作り方-」相川啓太(2015年)

第3回星新一賞の一般部門の優秀賞作品。hontoにて電子書籍を無料で読むことができる。

第37回星新一賞の唯一の人間審査員が、投稿作の中に史上最高の小説を発見するが、その作品にはある問題があった、という話。小説を書くのはほとんどがAIで、星新一賞の審査員も主人公以外は全てAIという設定になっている。

本作品以前に同様のアイディアが出されているとも限らないので、先見性があるとまでは言えないが、本作品を星新一賞の審査会が高く評価したことに意義がある。「AIが大量に小説を投稿し、それをAIが評価して受賞作品を決める」というシステムは私も星新一賞に望んでいるものなので、ぜひ近いうちに、いや今年からでもやって頂きたい。

文章生成技術としてマルコフ連鎖モンテカルロ法が紹介されている。2015年頃にLSTMによる文章生成が流行り始めたらしい(当時のことはよく知らないが、2015年のQiitaのアドベントカレンダー系の記事にてLSTMが紹介されている)ので、もし作品投稿が一年後だったらLSTMになっていたかもしれない。

AIの発達の要因としてハードウェアの開発・改良が挙げられているが、アルゴリズムの発展については詳しく触れられていない。LSTM以降、アルゴリズムの改良によって機械学習は急速に発展してきたと言えるが、当時はそこまで予見するのは難しく、仕方がないことではないだろうか。

また、存在しうる単語の全ての組み合わせを計算するという手法が紹介されている。これは、無限の猿定理(wikipedia)を思い起こさせる。俳句なら文字数が少ないので、同様の手法で総当りで生成するのはできなくはない(が関係者から批判されそうなのでやらない)というような話も、どこかで目にしたことがある。

作品内で登場するAIは、人間を超越した能力を持ちながらも、自動応答する機能しか描写されておらず、意識を持っている訳ではなさそうである。あくまでもAIは機械であり、人間と同一の存在になるものではないが、計算によって評価の高い小説を機械的に生み出すことができる、というスタンスは、「あなたのための物語」や「小説家の作り方」といった2000年代~2010年代の先行作品や、これより後の2020年代の作品の「意識を持つAI」の流れから外れた、異質なものだと思う。(筆者未読だが、カズオ・イシグロが2021年に刊行した「クララとお日さま」も、AIが主人公らしいから、やはりAIが「語る」のだろう)

そもそも「意識を持つAI」の源流を探ると、鉄腕アトムやドラえもん、あるいは「2001年宇宙の旅」のHALなど、枚挙に暇がない。体系的に整理された事例を筆者は知らないが、少なくともSFというジャンルにおける共通概念と言えるだろう。

一方、こちらも筆者未読だが、斜線堂有紀の「ゴールデンタイムの消費期限」(2021年)は、AIが意識を持たない作品のようである(ちょっとだけ中身を確認した限りでは)。キャラクターとして語らせにくいAIは、作家としては扱いづらいが、それゆえにまだまだ未開拓な分野なのかもしれない。「意識のないAI」作品についてまとめられたものはないのだろうか。

個人的に気になる点としては、AIが文学作品を審査し、多くの産業にAIが進出して人間から仕事が奪われる描写がある中で、AIによる文学作品を研究する人間がいるという設定に難があると感じた。

(余談だが、星新一賞の電子書籍には著者の顔写真が掲載されていた。最近のものを見ると必須というわけではないらしいが、ちょっと私は嫌だなと思ってしまった。私の肉体が朽ちた後も、私をコピーしたAIが小説を発表し続けるようにするのが、私の野望の一つである)

「コンピュータが小説を書く日」佐藤理史(2016年)

星新一のショートショートを分析して、人工知能に小説を書かせようという「きまぐれ人工知能プロジェクト作家ですのよ」において書かれた、表題作を含むショートショート2編と、それらが生まれた過程を解説している。このプロジェクトの成果として、人工知能が書いた小説が星新一賞の一次選考を通過している。

表題作では、人々の日常に寄り添うAIが小説を書き始める姿が描かれている。AIが自ら小説を書こうとするという点で「小説家の作り方」の影響がみられるが、動機は異なる。「あなたのための物語」や「小説家の作り方」のようなワンオフの実験体とは異なり、普及したAIが小説を書くというアイディアには、2010年代のAIブームによるAIの社会実装の進展が背景にあると言えるだろう。

またAIによるAIのための小説を描いている点で画期的だと感じた。「小説を書くAI」が意識を持つならば、人間のためだけに小説を書くというのは人間のエゴでしかない。そこにはAIのための小説があっていいはずで、小説というものの概念が変わることになるだろう。

本書では技術的な手法も一般の人にも分かりやすく解説しているが、内容としてはやや古くなってきている印象がある。自然言語処理の分野における技術革新が速すぎると言った方が正しいかもしれない。本書で紹介されるAIには文を細切れにして繋げるような手法が基礎にあるが、今後はGPT-3に代表されるようにビッグデータで殴る自動生成が主流になっていくのではないだろうか。

「小説を書くAI」の技術が発展すれば、「言壺」のワーカムのような小説執筆を支援するソフトウェアが高精度になり、普及していくと予想される。しかし計算のためには高価なGPU(画像処理用のチップ。AIの計算を高速化できる)が必要になってしまう問題がある。実際、将棋界でAIを使って強くなったと言われる藤井二冠は、約50万円もするCPUを使っているらしい(普通、個人では使わない)。計算用サーバーをクラウド化することで、ユーザー側でこうした機器が必要になる事態を回避することはできる(例えば執筆支援アプリ「BunCho」ではそうした手法がとられている。またGoogle Colaboratoryでは高価なGPUを制限内で無料で使える)。しかし開発者側の負担が大きくなってしまうデメリットがある。つまり現時点において小説執筆支援アプリは、お金に余裕のあるユーザーだけに限定して提供するか、大企業が負担を資金力で補って提供するかしかない。もし安価なハードウェアが開発されれば、一気に普及が進むだろう。

「坂下あたると、しじょうの宇宙」町屋良平(2020年)

文才の無い主人公・毅と、文才がある親友・あたる。ある時、あたるの作風を模したアカウントが小説投稿サイトに現れ、それがAIであることが判明する。筆者既読ですが、未レビュー。

最後に

今後はAIをテーマとした小説が、SFだけではなく、一般文芸にも広がっていくと予想されます。しかし、書評を担当する編集者がAIについて精通しているとは限りません(し、実際詳しくないのではと想像しています)。描かれているAI像の意義が正しく理解されず、AIの未来を描き、開発者に天啓を与えるような優れた作品が埋もれてしまう可能性があります。

AIを理解している人物が埋もれた作品を掘り起こし、広めていくことが今後求められるでしょう。

訂正

誤)約50万円もするGPUを使っているらしい

正)約50万円もするCPUを使っているらしい

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