見出し画像

鬼ごっこ-5 プレイヤー藍子 いないのかな?

 このままだと私は七時間後に敗北者になる。

 でも、それ以上に深刻なのは、恵美の方だった。

 恵美は、あと四時間で敗北者になる。

 私たちに与えられた情報では、敗北者になると何かいらないものを失い元の世界に戻る、というものだけだった。そのいらないものが、何なんのかは何もわからない。その事が、焦りだけを生み出していった。

「どうしよう……。また一時間が経っちゃう……」

 恵美が呟いた。赤い時計は反時計回りに回り、三十分を差している。

 三十分後にはまた花を失う。その分、敗北者に近づいていってしまう。

「さっきの交差点で流れてた、防弾チョッキを取りに行く? とか……かな……? 今までの世界でもそういうのが助けてくれてたし」

「そうなんだ……」

「そうなんだ、って恵美は知らないの?」

 恵美は申し訳なさそうに言う。

「うん……。私ずっと逃げ回ってたり、隠れてたりしたから。何かを取りに行ったりとかしてないんだ」

「そっか。じゃあ、行ってみる?」

 私の言葉に恵美は頷く。そうと決まれば話は早い。スマホの『各駅停車場所』のアプリで自分たちの居場所を調べた。だけど、その時に違和感……、というかおかしな部分が目に入った。

「あれ、恵美が……いない……?」

 これまで通りだったら、恵美は私と一緒の場所に矢印があるはずだ。だけど、映し出されている矢印は三つだけだった。そして、恵美の矢印は無かった。

「え……? 私……。何で……?」

 恵美はぶつぶつと呟きながら、スマホに視線を落としている。手が少し震えている。特別寒いというわけではない。ただ、何かに追い詰められたかのように怯え震えている。

 その様子を見ていていたたまれなくなる。だけど、私はふっと頭によぎってしまった。

 このゲームには、裏切り者がいる。

 その一つの邪念が浮かび、かき消す。そんなはずない。わかっているけど、わかってはいるんだけど、頭にはその事がいっぱいだった。

「ねぇ……藍子……」

 恵美の問いかけに応えようとしたその瞬間、遠くから声が飛んできた。

「あいつらだ! 捕まえろ!」

 数人の男性が走ってくる。すかさず、恵美の手を取って駆けだした。

「恵美! 逃げよう!」

「でも……、私……」

「そんなの後で考えればいいの! とにかく、今は逃げよう」

 逃げた先の路地には、更に人が待っていた。仕方なく、大通りに向かい逃げる事にした。大通りは人が多く、滅多な事でもない限り見つかる事はないだろう。そう踏んで、人混みを歩いていく。

「ここまで来れば少しは安心かな」

 息を整えながら、恵美に話しかける。恵美も肩で息をしているけれど、依然として俯いている。

「恵美! 絶対に帰ろう。ね?」

 恵美は俯いたままだった。だけど、肩で息をしているのは、息が切れているだけではない、という事に気が付いた。

「藍子ぉ……。私……、いないのかな? ここでも、私……、いないのかな?」

 恵美はぐすぐすと洟をすすりながら、涙を落としていった。その様子は、普段の恵美からは想像できない姿だった。

 恵美も、私と同じように弱いのかもしれない。

 見た目で判断できない弱さがあるのかもしれない。

 だけど、やっぱり頭の中には、裏切り者、という言葉が残っている。

 かき消しては生まれ、生まれてはかき消す。

 それでも、恵美は目の前にいる。

 そのアンバランスさが、余計に混乱させた。すると、視線の先から、弘樹君が走ってきた。

「二人とも、ここにいたんだ。良かった。無事で……」

 弘樹君は深く息を吐くと、私たちを見やった。

「ここも安心出来ないよ。防弾チョッキの場所まで行くつもりだったんだけど、二人はどうする?」

「私も行く予定だったんだけど……」

 恵美は俯いたまま、何も答えない。

「だったら、早く行かないと。時間も少ないし」

「嫌……」

 恵美はぼそりと言葉を発した。その言葉をきっかけに、言葉は連なっていった。

「どこに行ったって無駄よ! 周りの人達もみんな敵だって事でしょ! 私はもう裏切られたくない!

 どうせ、弘樹君も偽物なんでしょ? そんな人と一緒に行動出来ない」

「めぐ……み……」

 言い切ると私の呼びかけには反応せず、恵美は路地の方へと駆けていった。

「どうしたら……」

「恵美さんの場所を探しに行こうよ。あ……」

 弘樹君は何かに気が付いた。その何かはすぐにわかった。

「うん。アプリで恵美を探すのは無理なんだ」

「それは、やっぱり……」

「『各駅停車場所』のアプリで恵美の矢印が無くなってたんだ。だから、あのアプリでは恵美は見つからないの」

 弘樹君は口元に右手を当てて、何かを考えている。

「という事は……」

「うん。私も考えた……」

「そっか……」

 弘樹君は残念という表情を浮かべた。それと一緒に何かを考えてもいた。

「でも、恵美は違う! 私は信じたい!」

「……そうだね。僕たちが疑ったら、恵美さんを信じる人がいなくなっちゃうからね。じゃあ、一緒に行こう。みんなで帰ろう」

「うん」

 絶対に、という約束は出来ない。だけど、信じる事しか出来ない。一瞬でも疑ってしまった自分に言い聞かせるように、心で唱えたそこへ、無情にもあの音声が流れた。

『時間経過。時間経過。イチ輪、没収』

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?