かくれんぼ-5 プレイヤー弘樹 読書感想文
一体どうなっているんだ。
叫び声の先に行くと、智巳さんの姿はなかった。
どこかへ消えてしまったかのようだった。
手の中のスマホが示す『各駅停車場所』しか手がかりが無かった。
「この矢印はなんなんだ」
やはり罠……、と言う事なのだろうか。
すると、この矢印のどれかが正解、という事なのだろうか。
そもそも正解なんてものはあるのかも怪しい。
どの方向に進むにも、信用の出来る情報が少ない。
今はとにかく矢印を避け、矢印の様子を窺うというのが一番最良の選択肢なのだろう。
もう一つのアプリの『読書感想文』。
僕を斜めから映している映像が映し出されている。
カメラは至るところに設置されている。
僕のアプリでは僕だけが映されている。
どこに移動しようと、この映像は僕を映し続ける。
これでは逃げる場所がない。どこに行っても誰かに監視されている。
さっきの智巳さんの叫び声も含め、この世界は宝探しとまるで違う。
すると、異様な空気に包まれた学校に、校内放送が流れた。
『ぴんぽんぱんぽーん。敗北者、ゼロ名。勝利者、ゼロ名。タイムリミット、残り十時間。タイムリミット、残り九時間』
残り九時間……。
三時間しか経っていない、という意識の方が強かった。
まだ三時間しか過ぎていないのに、もう何時間も経った後のように感じる。
涼しい風が夜の廊下に流れる。
季節は秋頃だろうか。
目を閉じて視界からの情報を遮断する。
聞こえてきたのは、そこかしこから虫の鳴き声と複数の足音と、複数の悲鳴が聞こえてくる。
矢印の多さや複数の悲鳴が、この世界には僕たち以外の人がいる、という事実を物語っている。
やはり、この矢印は僕たち以外の人らしい。
どこまで信用するべきなのかはわからないけど、どこまでも信用してはいけないようだ。
「弘樹君?」
目を閉じていた間に、後ろから迫ってきていた一つの矢印に気付かなかった。
「藍子さん?」
振り返ると、藍子さんが立っていた。
「動かないで!」
僕が振り返ると同時に叫ぶ。
制された僕と藍子さんと対峙したまま、お互いの距離を保っていた。
僕と藍子さんはお互いに思っていた。
『この人は本物なのだろうか』と。
「弘樹君は偽物と会った?」
僕は身体を動かさないまま、首を左右に振った。
「じゃあ、もう一つ……。弘樹君は本物?」
その質問には首を縦に振って答えた。
「わかんないよ……。弘樹君の答えを聞いても……。みんな偽物なんだもん」
「藍子さんは、本物?」
「弘樹君も疑うの?」
「これは、疑い合うゲーム、って事だと思う。だから、本物の僕たちが疑い合っていてはいけないんだ。もしも、僕たちが本物ならね」
藍子さんは俯いた。両手でこめかみ辺りを覆っている。苦痛から逃れようとしているみたいだ。
「でも、私たちが本物っていう証拠は何もないんだよね」
疑うっていうのは、気持ちのいいものではない。
だけど、疑われるのはもっと痛い。
心がちくちくと痛んでくる。
僕の人生を変えた、電車の中で浴びた疑いのまなざし。
その目を僕は藍子さんに、藍子さんは僕に、向けている。
その事実が悲しかった。
「本物っていう証拠はないよ。だけど、もしかしたらこのゲームは、信じ合うゲームなのかもしれないね」
「信じ合う……ゲーム……」
「そう、僕も藍子さんもみんな。疑い合って、誰が味方なのかもわからなくなっている。だから、そんな環境でも信じる事が大事。そういうゲームなんだよ、きっと」
藍子さんはこめかみに当てていた手を放して僕の方を見た。
不安な気持ちが少しだけなくなったみたいだ。
「行こう。みんなもきっとバラバラになっているはずだ」
「うん」
愛子さんの笑顔は綻びと安心の証だった。
その表情に安心しながら、次の信じるべき人を探しに行く事にした。
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