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綾辻行人著「黒猫館の殺人」



~はじめに~

推理小説は大好きだが、ハズレが多いのも事実。その中で今回ご紹介するのは、綾辻行人著「黒猫館の殺人」である。超有名な館シリーズの第6作目。1作目の「十角館の殺人」が紹介されることが多いが、個人的には黒猫館が最も好みであったため、こちらを紹介させていただく。

*以下、盛大にネタバレを含むため、未読の方はご注意下さい。








トリックについて

 いきなり最大のネタバレをすると、この小説の肝は叙述トリックだ。館シリーズはいずれも、「館」の構造上の仕掛けと、叙述トリックから構成されるものが多いが、特にこの「黒猫館の殺人」は叙述トリックが9割を占めると言っても過言ではない。
 叙述トリックとは、筆者(今回の場合綾辻行人氏)が読者を騙すために地の文では嘘を言わず、読者の思い込みを誘導していくトリックだ。叙述トリックにおいて重要なのは、読者に最後まで叙述トリックであると悟られないことはもちろんだが、私はそれ以上に①フェアであるか 叙述トリックが事件の真相に深く関わっているか の2点であると考えている。
 まず、①については推理小説ではよく議論されることだが、例え地の文で嘘を言っていなくても明らかに誤解を招くような表現や、例え登場人物のセリフであっても、合理的な理由無しに嘘の話をしていては、たとえ真相が分かっても納得がいかず驚きも半減してしまうと思う。
 ②については、たとえ叙述トリックに読者が騙されたとしても、それが大して事件の真相に関与していなければ、「・・で?」となってしまう。そのため、叙述トリックによって隠されていた真実が分かった時、ドミノ倒しのようにこれまでの複線が回収され、一気に真相に辿り着く、というのが叙述トリックの醍醐味だと私は考える。


黒猫館の殺人」におけるトリック

 上記の叙述トリックに重要な点が「黒猫館の殺人」では十分に満たされていると感じた。
 まず、①フェアであるかについてだが、手記なので地の文も含めて鮎田冬馬の目線で描かれているため、そこに嘘があったとしても文句は言えませんが、不自然な嘘は見られなかった。また、後に回収される伏線もよく考えれば科学的に明らかに変であると分かる点ばかりであり、それを全く悟られないように自然な情景描写として記述している点は、秀逸としか言いようがあない。
 続いて、叙述トリックが事件の真相に深く関与しているか、についてだが、これについても申し分ない。叙述トリックが解けて明らかになる事実が根底条件を覆し、これまで不可能だと思われていたことが可能だと分かり、そしてそれが事件の真相に繋がるというような見事な構成となっている。
 このように本作は非常に完成度が高く、館シリーズの中でも、もっと言えば数ある推理小説の中でもトップクラスに優れた叙述トリック小説であると感じた。




最後に

 大どんでん返しを謳う推理小説は数多くあれど、その多くが途中でネタが分かってしまったり、大して真相に意外性がなかったりする。しかしこの「黒猫館の殺人」は、叙述トリックを悟らせない巧みな文章と最後に待ち受ける文字通りスケールの大きな真相で、必ずや読んだ人の期待を超えていってくれるだろう。この記事を読んでから、間違い探し感覚で読んでみるのもまた一興だと思う。おそらく、いくつか不自然な点には気付かれることだろうが、おそらくそこまで。60%の真相に辿り着いたとしても100%の真相に辿り着く方は少ないのではないだろうか。ぜひ挑戦してみて欲しい。


ただしご注意を。これを超える叙述トリックにはなかなか出会えません


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