辻村深月著「凍りのくじら」感想(ネタバレ含む)
~はじめに~
本日ご紹介するのは辻村深月著「凍りのくじら」である。本作は本屋でたまたま見かけて手に取った作品だが、期待を遙かに上回る傑作であった。本記事ではその魅力を語っていきたい。
以下、ネタバレを含みます。
未読の方はご注意下さい。
~あらすじ~
芦沢光-25歳。新進気鋭の写真家。彼女の写真のルーツは高校生の頃に体験した「少し不思議」な物語だった。
~おもしろいポイント~
①著者のドラえもん愛
本作は、各章にドラえもんの秘密道具の名前が冠されており、その秘密道具に類する内容が展開されている。もちろん実際に秘密道具が物語の中で活躍するわけでは無いのだが、主人公の体験は秘密道具になぞらえており、その説明や流れから主人公(もしくは著者)のドラえもんへの愛を感じる。読んでいるともう一度ドラえもんを見直して見たくなる。
②少し不思議な物語
作中、主人公は周りの人を「少し、ナントカ(Sukoshi ○○)」と心の中で呼んで遊んでいる。ナントカの部分にはFから始まる単語が入り、例えば「不幸」、「不足」、「フラット」などである。これは、藤子・F・不二雄先生が「SF」のことを「サイエンス・フィクション」ではなく、「すこし・不思議」と表現したことに由来している。この「少し、ナントカ」は主人公が達観していて周りをある意味見下している象徴的な記述でもあるが、物語の最後には主人公の一連の体験が本当に「少し不思議」な体験であったことが明らかとなり、物語の最初から最後まで「少し、ナントカ」がキーとなる作品である。
③感動、驚き、そして穏やかなラストへ
物語は、主人公を取り巻く状況(友人、母親、恋人)が次々に変化しながら進んでいく。その中でまず心を惹かれるのが母親の最期である。主人公の父は数年前にガンで余命わずかになり、家族の前で死ぬことを恐れて失踪した。そして主人公の母もまたガンを患い入院している。主人公はそれまで母親とはあまり仲が良くなかったが何度も病院を訪ね話を重ねる。そんな中、出版社の人が写真家だった父の写真集を出版したいと持ちかけてくる。病気の母の負担になると主人公は反対するが、母は穏やかに了承した。それは自分の最期を悟った母が娘に贈る最期のプレゼントのような物で、物語終盤に内容が明かされるその写真集に綴られた母の娘への想いに涙が止まらなくなった。
次に印象に残るのが最期に明らかになる「少し(?)、不思議」な内容である。作中主人公は、別所あきらという先輩と何度も行動を共にし、これまで周りの誰と話していても本音を話せずにいた主人公が、彼には本音を話し、親しみを感じるようになる。しかし作中、彼に関しての記述はどこか浮き世離れしており、発言にも意味深長なものが多い。また、彼の行動や周りのリアクションを良く読むと明らかにではないものの不自然な部分が目立つ。そして最期に彼の正体が父の幽霊であることが明らかとなるのだが、そのタイミングが絶妙で、前述の母の死と併せて、終盤感情が何度も激しく揺さぶる。
そしてラスト、命を左右する緊迫した場面から一転し、現在に戻ってきた主人公が描かれる。そこには、少し不思議な経験を経て成長した彼女がいて、とても穏やかで平和な時が流れている。ドラえもんでどんなに危機的な状況に陥っても最後はほっこりさせられるように、本作もまた穏やかなラストを迎える。
~最後に~
本作はドラえもんを作中に盛り込んだという点で特徴的で注目されるが、それはもちろんながら、辻村氏の読者を物語に引き込む力を存分に感じた作品であった。作品を通して、親しみ・憤り・安らぎ・感動・驚きなど様々な感情が私の中に生まれ、ここまで感情を揺さぶられた作品は久しぶりであった。機会があればぜひ一度読んでみていただきたい。
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