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【恋物語】蝉時雨

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2022年8月の記事一覧

【恋物語】蝉時雨/第二章⑶ 雪景色とあの夢の続きのような

【恋物語】蝉時雨/第二章⑶ 雪景色とあの夢の続きのような

あの悪い夢の所為で中々落ち着かない。
胸の奥に夢の跡が残ったままぼんやりと寝室から出る。
僕は思わず目を細めた。

雪の光だ。
キッチンにある窓から小さな街を見下ろす。
空と地上の間は粉雪で煙っていた。

高台にあるが故に階段が面倒だが、景色だけは良かった。
街中の物件と比べれば利便性は劣れど、僕はこの家に一目惚れをしてしまったのだ。

このキッチンの窓は色々な景色を見せてくれる。
この窓から朝陽

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【恋物語】蝉時雨/第二章⑵ 悪い夢

【恋物語】蝉時雨/第二章⑵ 悪い夢

春一番が吹いた今年二月。

嫌な夢を見た。
その夢の世界で、小春は夜中、酷く泣いていた。
車で猫を轢いたらしい。

珍しく電話が掛かってきたかと思ったらそのような内容で、電話越しに話を聞く僕の心臓も嫌な跳ね上がり方をして、彼女の元へ向かう途中にも動悸が止まなかった。

事故があってすぐに取り敢えず停めたというコンビニの駐車場に僕も車を停めて、彼女の車のドアを開けた。
彼女は靴を脱ぎ、体育座りの様な

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【恋物語】蝉時雨/第二章 ⑴小春日和

【恋物語】蝉時雨/第二章 ⑴小春日和

昨年の十一月頃。僕と彼女が二人で会うようになって三ヶ月が経っていた。
この頃僕は、一度も彼女の名前を呼んだことが無かった。名前を呼ぶと、何だか、あの子の柔らかい部分に触れてしまう様な気がしたから。

紅葉が終わりかけ、落ち葉を踏む音と同じくらい小さく、季節を言い訳にしてその柔らかい名前を呼んでみた。
「小春ちゃん」
すると彼女は、小春は、しゃがんだまま表情ひとつ変えずに、一瞬だけこちらを見て返事を

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