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「いい不整脈」を知った日

長男の一か月健診の直前に、これはおなかの調子がよくないのでは?と不安なことがあったので思いきって受診した。

おなか、大丈夫ですよ、初めての赤ちゃんだと何でも心配になるわよね、とにっこりな先生。胸に聴診器をあてる時間がやけに長いな、おなかはもういいんでしょう?と思っていたら、

「この子、不整脈がある。大きな病院を紹介するから詳しく調べてもらってください」

先生のけわしい表情と青天の霹靂なひと言に、自分の心臓の音だけがどんどん大きくなっていった。


大きな病院に行く
紹介してもらった大きな病院は、祖父と父と祖母が最期をむかえたところだった。そして実は夫も、ここに約一か月間入院した経験あり。結婚して二年目の冬、深夜の事故で怪我をして救急車で運び込まれたのがこの病院。

「ああ、またここに来ることになった……」
変わらない玄関、空港カウンターのような受付。外来フロアにあふれる通院患者さんと付き添いの人たち。

何年分かの記憶が一気によみがえる。
祖父の時は改装前の古い建物。
夫の事故の知らせに駆けつけた夜間救急出入り口。
父の見送り、目を真っ赤にして泣いてくれた父と仲良しだった看護師さん。「しぬの、こわい」という祖母の手を握って「だいじょうぶ、またうちに帰ろうね」としか言えなかった自分。

まだ首の座っていないやわらかな長男を抱きしめながら、折れそうな気持ちを奮い立たせ、夫と循環器小児科に向かった。


循環器小児科
詳しい検査をした結果、長男の診断は「心臓そのものに問題はなく、成長に伴い自然に治っていくであろう心房頻拍(不整脈)」だった。
そして今回の検査で新たに分かった「心房中隔欠損症」のこと。
「穴(欠損部分)は自然にふさがっていくと思うが、一歳過ぎたら検査で確認させてほしい」と言われた。

長男の心電図をみる限り、今の時点では害のないものの範疇である不整脈で、おそらく成長と共に回数も減少していくでしょうと初診で言ってもらえた。夫と胸をなでおろした。
投薬や治療は不要、三か月に一回くらいのペースで、24時間ホルター心電図を使用しフォローしていくことが決定。

◆◆長男24時間ホルター心電図の流れ◆◆
一日目:検査室にて検査技師さんによる装着→帰宅
(シャワー、入浴は不可。いつも通りの生活を)
二日目:検査室にて取り外し→外来診察室にて医師の診察
(心電図の結果を受けての診察や現状説明)

ホルター心電図検査のためには数個の電極を胸部に張り付けていくのだが、モニターで波形を確認しながらの作業。赤ちゃんの頃は大泣き大暴れ。
しゃべれるようになったら「嫌」「これとって」も加わって、赤ちゃんや小さな子どもの検査は相当大変だと身を持って知った。

つけてもらった電極を勝手に取らないように、オールインワンを着せる。
動きの邪魔にならないようホルターとコードをまとめ風呂敷に包み、肩から背負わせる。

翌日の取り外しになると、子も親もスッキリ。よく頑張ったと長男を褒めまくり、何もついていない身体を抱きしめ、外来診察室の待ち合いに向かう。

先生は、私と夫に説明する際に「いい不整脈」「わるい不整脈」という言葉を使った。不整脈=わるいものと決めつけていた私は、放置していても健康上問題ない、それが起こっても本人も気づかない(苦しさも感じない)「いい不整脈」があることを初めて知った。



詳しすぎる記録表
「お母さん、ここまで詳しく書かなくていいんだよ!」
何度目かの受診のとき、先生が笑いながら言った。

ホルター心電図を受ける際には、行動記入用紙が渡され、開始から外すときまでの行動を書き込むことになっていた。時刻と共に食事や排泄や睡眠などをメモする。

私が提出した用紙はいつもびっしりと余すところなく書き込まれ、シンプルな記入例とはまるで違っていた。記入スペースが足りなくて、用紙の裏面まで使って書いていた。例えば、

◆7:45 朝食スタート 
遊び始めたので「もう要らないの?おしまい?」と声かけし、いったん食事下げる
◆7:50 朝食再スタート 
「やっぱり食べる」と言い出したので再スタート 今度は集中して食べる
◆8:10 朝食終了 完食

のようだったり、
「不機嫌そう」
「遊んでいるが、遊びが思うようにいかずイライラしている」
「絵本の読み聞かせ。4回目。よほど気に入っているのか」
のような感情的なこと(それも私が感じているだけ)までも、いちいち時刻と共に記録表に書き込んでいた。

何かをうっかり見逃してしまい、命に係わることだったらどうしよう。
わるい不整脈もおきていたらどうしよう。
ある日突然発作が起きたらどうしよう。
心配症な私が書く記録表は、変わらずびっしり濃厚形式を貫き通した。

検査前夜から私は食欲が失せ、当日は緊張のあまりおなかを壊し、先生からの「今回も異常はありません」を聞いて安堵し、長男を抱きしめた。



フォローからの卒業
フォローのための通院回数は変化していった。三か月に一回が一年続き、翌年は半年に一回になり、その翌年からは一年に一回。幼稚園入園の夏に、

「もうこれで最後にしましょうか。不整脈の回数もぐっと減ってきたし、問題ないと思います。小学校に入ったとき、水泳の授業が始まる前に心電図をとることがあるのですが、もしその時に引っかかったら連絡してもらえますか?」

フォローの卒業。わるい不整脈は一度も起きず、穴は自然にふさがった。
幸いなことに、今のところ長男は学校での心電図検査で引っかかったことはない。

本人は検査も通院も全く憶えていない。それでよかったと思う。

あの循環器小児科の待ち合いスペースにいた赤ちゃん、子どもたちが、元気に大きくなっていますように。ご家族が、今は、不安から少しでも遠い場所にいますように。

長男の不整脈を、見つけて調べて見守ってくれた方々へ
あのときの小さな子が、あと二か月で小学校を卒業します。あの後もずっと元気です。
今も誰かの命に向き合っているみなさん、ありがとうございます。
どうかお元気でいてください。

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