【創作】コンパクト
「お姉ちゃんだけ、ずるいよ」
コンパクトを覗きこむ私に、妹が文句を言う。
マスカラって、ムズい。
結子につられて買っちゃったけど、これ失敗。
「だってママがくれたんだもん。JCはメイクするのに必要なの」
中学生になって三ヶ月。
結子も真希も急に男子の目を気にし始めて、休み時間は鏡ばっか見てる。
私も小っちゃい鏡が欲しいと言ったら、ママがくれたコンパクト。
古臭くてごめんとママは言ってたけど、この昭和感、よき。
レトロでエモいって言われる私のお気に入り。
それにこのコンパクト、ママの思い出のアイテムだったりする。
コンパクトをくれた夜に話してくれた。
出窓のある喫茶店には、美しいアンティークのカップやデザインの異なる椅子が並ぶ。
美味しい珈琲と日替わりタルト目当て。
その日カウンター席の隣には、ホットドッグを頬張りながらノートパソコンを覗きこんでいる男性がいた。
淡いグリーンのボタンダウンのシャツに、こっくりとした焦茶色のジャケット。
細身の彼によく似合う。
コンパクトで口元を確認は、外で飲食後の習慣。
うん、この新色リップの色、やっぱりいい。
ふと横を見ると、隣の男性の頬には赤い点。
子供か。
「あの、………ついてますよ」
自分の頬に指を添えながら小声で伝えた。
「あっ、あっ、ありがとうございます」
慌てて紙ナプキンで拭うけれど、面白いくらい的が外れる。
コンパクトを出し、鏡をそっと彼に向けた。
「あーっ、ありがとうございます!」
軽く会釈し、立ち去ろうとすると、
「素敵な鏡ですね。助かりました」
椅子から立ち上がり、私だけに向けられたまっすぐな表情は、店を出た後もしばらく心に残っていた。
二回目は偶然だったのか定かではない。
「鏡の方ですよね?」
ケチャップの彼だった。
ジャケットは前と同じ、今日は濃紺のシャツだ。
「あの日はありがとうございました。子供の頃からよく、ケチャップとかソースついてると言われること多くて……いやはやこの歳でお恥ずかしい」
笑いあい、テーブル席に座った。
約束した三回目。
四回目は彼のおすすめカフェ。
「ヒトメボレしたの?パパに?マジで?!」
ママは照れくさそうに笑った。
「誰かを好きになると、深くて底のない海にゆっくり、ゆっくり、落ちていくみたいでね。
すごく楽しいけど、ちょっと怖いの。
不安な気持ちがいつもあるの。
怖がると手をつないでくれた。
一緒だからって。
娘と恋バナするの、ああ、恥ずかしい。
みのりには内緒よ、あの子まだ小学生だものね」
ひゅー、パパ、やるじゃん。
いつもはママの方がつよいけど、パパも若い時はグイグイいってたんだね。
私も落ちちゃったりするのかな、いつか。
「蒼衣、そろそろ行こうか」
玄関からパパの呼ぶ声がした。
今日はふたりで誰かの結婚祝いを買いに行くんだって。
ゆっくりデートでもしておいでよ。
それと、誰か知らないけど結婚おめでと。
(本文1167字)
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※見出し画像は、みんなのフォトギャラリーよりみやもとまなぶさんの作品をお借りしました。
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