狼の声の正体とは? 映画『ウルフズ・コール』感想

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 フランスの潜水艦モノという以上の情報を入れずに鑑賞したらめちゃくちゃ良かったです。
 昨年には『ハンターキラー 潜航せよ』という傑作もあったし、ひょっとしたらキてるのかも知れないです、潜水艦映画。
 フランス海軍所属の主人公シャンテレッド、通称‟靴下”君(フランソワ・シヴィル)は「黄金の耳」の異名を持つ天才ソナー手。
 あるとき、ソマリア沖で所属不明の潜水艦と遭遇するも、クジラと誤認したことから仲間を危険に晒すというミスを犯す。
 上層部の反対を無視し、シャンテレッドは潜水艦の正体を探るが、その背後には巨大な陰謀が隠されていた……。

 予告

 プロフェッショナルの集団がそれぞれの能力を発揮し、事態が有機的に展開していくのはケイパー・ムービーの醍醐味ですが、冒頭、味方の兵を救出しつつ謎の敵と交戦するくだりは正にそうした趣で、こちらの心をばっちりつかんでくれます。
 そもそも本作には無能な人物がほぼ存在せず、それぞれが己の職務を全うしようとした結果、起こる衝突がドラマを生んでいくのが特徴といってもいいでしょう。
 例えば、基地司令官がシャンテレッドを任務から外そうとしたり、謎の潜水艦の正体を探ろうとするのを制止したりする他、後半、陰謀が発覚して以降の展開などがそうですね。
 司令官にしても、つまらない意地や悪意があって邪魔するわけではないですし、軍人としての本分をわきまえた人物であることがはっきりと描かれています。
 よくある、無能な味方が足を引っ張る展開というものは、緊張感やストーリーの起伏を演出できる一方、観客のフラストレーションを溜める諸刃の剣ともなり得るわけで、そうした人物のいない本作は、ある意味でストレスなく観られるエンタメとして完成度が高いといえます。
 また、本作は徹頭徹尾「敵の姿が見えない」というのが大きな特徴です。
 どういうことかというと、閉鎖空間が主な舞台となる潜水艦モノであっても、普通は敵味方を交互に映しながら話が進んでいくのに、本作で画面に登場するのはフランス軍側の人間と、その周囲の人物に限られている。敵潜水艦は外観が映るのみで、軍用ヘリと交戦するシーンでも、パイロットの顔はわからない。
 いちおう、敵の正体については作中でもふれられますが、どうも制作側の意図としては‟顔の見えない”あるいは‟顔のない”存在であることが重要と思われます。
 それは、今日的な戦争や、ある種の悪意の象徴と捉えることも可能でしょう。


「あの狼の声が忘れられない……」作中シャンテレッドはこう呟き、かの潜水艦との邂逅が彼の中で消し難い傷になっていることを告白する。
 狼の声とはいったいなんなのか?
 その正体については、音響によって対象を把握するアクティブ・ソナーであり、ソナーの発する音が狼の声のように聞こえるだけだと、いちおうの説明はなされます。
 しかし、その響きは恐ろしくも神秘的であり、明らかにそれ以上の意味が賦与されていることがうかがえます。
 その意味とは、おそらく一義的には「野性」――つまり、本作は「理性」と「野性」の対立を描いた作品と捉えることができそうです。

 直接関係ないけど『野性の呼び声』予告。これもすごく良かったです!

 本作のキーワードとして、あるタイミングで発される大統領命令があります。手続き上、覆すことが絶対に不可能なこの命令は、人の持つ理性の最たるものといえます。
 物語では、この理性の限界と、それが引き起こし得るカタストロフを提示してくる。そして、それを回避するための答えもまた、狼の声と同じく「野性」に属する「あるもの」なんですよね。
「理性と野性の対立」というテーマ自体はよくあるものなのですが、本作は単純に野性をより良いものとして肯定するのではなく、(人生における)困難を乗り越えるためにはどちらも必要、と語っているのではないかと、私は捉えました。

 ちなみに、この「狼の声」、女性の悲鳴のようにも聞こえます。
 海で聞こえる女の声といえばセイレーンがすぐ連想されると思いますが、セイレーンの歌声には、人が死を選ぶことさえ厭わないほど魅惑的な「知恵」であるともいわれています。


                            ★★★★☆


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