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【小説】怪獣専門誌の編集部が巨翼と邂逅する話⑨ソニックブームの爪痕
ラドン残したソニックブームの爪痕を前に、怪獣専門誌の編集部が為せることは……?
ラドンを追うことに情熱を燃やす女性ライターと、出版社のお荷物・怪獣専門誌編集部によるドタバタお仕事物語
注意⚠️ここから災害被災地の描写が始まります
最初(プロローグ)から読みたい人はこちら↓
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注意⚠️この回は災害被災地の描写があります
ソニックブームの爪痕
日が暮れてからしばらく時間が経つと、警戒警報が解除された。特生自衛隊による観測で、ラドンのバイタルサインが休眠状態になったと報告されたのだ。
藤林氏自前の発電機が稼働したのでシェルター内は明るかったが、通信が断たれた状態で谷川地区が孤立していることに変わりはない。
取り得る選択肢はふたつ。
シェルターで道路と通信が復旧するのを待つか、山の尾根を越える徒歩のルートで誰かが助けを呼びに行くかだ。
当の藤林氏は復旧もすぐだろうと楽観的だが、決して軽くない怪我を負った状態でいつになるかわからない助けを待つわけにもいかない。
「でしたら僕が行きます。いちばん若いですし」
千若は、こういう状況で真っ先に名乗り出る人間だった。
「頼むぞ。ラドン先生の安否も心配だ。助けを呼んだらなるべく早く彼女を探せ。最優先だ」
「わかりました。編集長はどうします?」
「私はここに残るよ」
ラドンのいる土地で暮らし、今日まさにそのラドンによって多くを奪われた人々。これから始まる普段の生活を取り戻す戦いを、見届けなければならないと思った。
「それから君、SDカードは何枚持ってきた?」
「64GBのを三枚です」
「なら、まだまだ写真は撮れるな? 周りで起きたことをできるだけ写真に残すんだ。いいか、ラドン先生と会えても彼女に任せるんじゃないぞ。君が撮るんだ。ラドンが飛んだ有り様をな」
「はい。その後は……、熊本駅前のあの喫茶店で落ち合うのはどうです」
「それでいいよ。熊本駅がまだ有ればだがな……。三日待ってもどちらかが来なければ先に東京へ」
「這ってでも行きますよ」
千若が谷川地区を後にして山へ続く小道を歩き出したとき、時刻は夜十時を過ぎていた。
町の方向からは救急車や消防のサイレンがひっきりなしに聞こえてくるが、千若が進む山道は周囲に灯りもひと気もない。そのうえ、ところどころにラドンによって巻き上げられた瓦礫が転がっているから、安全に歩くにはシェルターから借りてきた懐中電灯だけが頼りだった。
一時間ほど歩いたころ、この一本道を同じようにライトで照らしながら歩いてくる人物と行き合った。
「おや、見ない顔だね。谷川地区から来たの?」
話を聞くと、谷川地区から町へ働きに出ている若者のひとりで、藤林氏のシェルターに避難してきていた鈴木夫妻の息子だった。警戒警報が解除されたので急いで谷川地区へ帰ろうとしたものの、やはりあの土砂崩れに阻まれ、迂回して徒歩でやってきたという。両親を想ってここまで歩いてきた彼の胸中は察するにあまりあった。
千若は身分と現状を伝えた。鈴木家の家屋も含め、あらゆる建造物が倒壊している事実にはショックを受けていたものの、全員が無事でシェルターに避難していることを告げると、いくぶん不安が晴れたようすだった。
鈴木氏からは町のようすを教えてもらえた。ラドンの飛行ルートの真下は幅二kmにわたって家屋が倒壊しているが、それ以外はガラスが割れる程度の軽微な被害にとどまっており、通信も生きている。また、麓の公民館に谷川地区の出身者と警察関係者が集まって今後の対応を相談しており、鈴木氏も状況を確認次第そこへ引き返すつもりだったという。それなら千若が状況を伝えに行けば話が早い。
外部のようすがわからず、先が見通せないまま歩いてきた千若にとっても、当面の方針が示されたことでいくらか気が軽くなった。
「あと四〇~五〇分も歩けば山道は抜けられるよ。そこから車道を北に進めば公民館まですぐだから」
「ありがとうございます。この先はあと一時間くらいです。早くご両親に会ってあげてください」
「うん、わかってる。子供のころ何度も歩いた道だからね。この先、野生動物とか出るから気を付けて。今日は変な鳴き声も聞こえたしね」
そう言われても気をつけようがないですけど……。内心そう思いながらも歩を進める。途中、森の中から、何か発泡スチロールを擦るような得体の知れない音が聞こえてきたものの、とくに危険な目には遭わずに車道へ出ることができた。
北へ進む。高い建物はあまりない土地柄だから、行き交う緊急車輌のサイレンが聴こえてくるだけでなく、その赤く明滅する警告灯が、闇に包まれた町の至るところで周囲を照らすのが見える。公民館にたどり着くまでに「災害派遣」の横断幕を掲げた自衛隊車輌も何度か見かけた。
昼間、車の窓から眺めた町が、今や被災地に変貌したのだ。千若は、たちまち重みを増したその実感に押し潰されそうになった。
会社での編集会議で、この地に来る途上で、ラドンについて口にしたときの気軽さを省みて、自分への嫌悪の念も込み上げてくる。
あの赤い光の下で何が起きているのか、とめどなく浮かぶ想像を振り払って、自らに言い聞かせた。
今は自分にできることをやるしかないんだ——。
公民館には何機かの投光器が設置され、煌々と明かりを放っていた。そこには予想よりも多くの人が詰めかけていた。鈴木氏の話では谷川地区の出身者と警察・消防の関係者が合わせて十数人という口ぶりだったが、どうやら帰る自宅を失った人々がその後も続々と身を寄せてきているらしい。
皆、着の身着のままの格好だが、建物に入らず、駐車場で過ごしている人も多い。
千若はまず、谷川地区の関係者を探して状況を伝えた。家族が無事なことが分かり、谷川地区出身者は皆胸をなで下ろしていたが、負傷者がいることから復旧を急がねばならない。まずは通信を確保するため、徒歩で無線機を届ける方向で話がまとまったようだ。いずれ然るべき方法で藤林氏は病院に搬送され、道路も復旧するだろう。
これで千若の役目はひとつ達成できた。少し肩の荷が下りたので、改めて周囲のようすを見渡してみる。
燃料にするためか瓦礫の木材を解体する人、食品や飲み物を配っている人。不安そうに知り合い同士で喋っている人、黙ったままうずくまる人。
それぞれが必死にこの時間を過ごしていた。
なかには怪我を負っている者も少なくないようだ。被災を免れた地区の住民が自家用車を出し合って、見ず知らずの負傷者を病院へピストン輸送している。
ここで自分にできることは何がある?
フラッシュの光が辺りを包み込んだ。千若のカメラが発したものだ。
皆、一様に手を止めてシャッターを切った千若に目を向けた。訝しげな視線が突き刺さる。
できるだけ写真に残すんだ。
飛倉の言葉を思い出すまでもなく、『怪獣公論』編集に携わる者として為さなければならないことだった。
東京に帰れば普段どおりの生活に戻れる部外者の自分が、不躾にただ彼らを写真に収めるのは憚られたが、ほとんど義務感だけでファインダーを覗いた。
「ぬしゃ手伝いもせんで何ば撮りよるんね⁉︎」
だから、そんな言葉を投げかけられるのも予想できたことではあった。
普段の千若なら、仕事を遂行するために心の支えとなる大義名分を考え出すことができたはずだ。しかし、このとき時刻は深夜〇時半を回っており、気力も体力も疲弊しきっていた。
撮り続ける気持ちが折れてしまい、埋め合わせをするかのように物資の配布を少し手伝ってから、空いているスペースを見つけてよろよろと腰を下ろした。
ふと、同じ屋内に避難してきている何人かがスマホを使っているのが見えた。ここは通信が復旧している。千若は、もうひとつ自分がやらなければならないことを思い出して、節電のために電源をオフにしていた自分の端末を手に取った。
電源を入れると仕事関連や出張を知らせていた実家などからの不在連絡通知が多数。そのなかにラドン先生からの通知があるのも見つけて、ひとまずは安心することができた。
●●[ラドン、シェルターへ]15:26
〈ここから未読のメッセージ〉
●●[ラドンが出ました! 今すぐ避難して!]15:41
●●[無事ですか? こちらは一応無事です!]15:42
●●[ラドンは海のほうへ飛んで行きました]15:42
●●[ラドンがこちらに戻ってきているとのこと!]17:18
●●[ひとまず調査隊と火山観測所に避難します!]17:18
●●[落ち着いたら連絡ください!]19:10
●●[こちらは無事で阿蘇山の観測所にいます]19:10
●●[こちら無事ですが観測所にムシが出ました!]21:06
●●[わりと危なめなデカいムシです!]21:07
●●[これからどうなるかわかりませんが、こちらには来ないでください!]21:11
ムシ……? ムシってなんだ⁉︎ ●●からのメッセージは三時間前のこれが最後だ。
千若[こちら千若、飛倉編集長ともに生きてます!]0:17
千若[●●さん、無事でしょうか? ムシってなんですか?]0:17
既読マークはすぐに付いた。
●●[ふたりともよかった!]0:19
●●[無事ですー!]0:19
すると●●から写真が送られてきた。
観測所と思しき廊下に得体の知れない生き物のシルエットが浮かび上がっている。窓の大きさと比べて、少なくとも子牛ほどの大きさはあるように見える。
●●[こんなんが出たんだわ]0:21
●●[クソデカヤゴ!!!]0:21
千若[ええっ⁉︎ なんですかそれ??]0:22
千若[●●さんは大丈夫なんですか??]0:22
●●[調査隊がふたりやられた]0:22
●●[でももう大丈夫!]0:23
「討伐完了!」のキャラクタースタンプとともにもう一枚の写真が届いた。●●自身が腕を伸ばして撮ったセルフィーだ。
「げぇっ、なんだこれ……」
そこに写っていたのは、フライパンほどの複眼を持つ子牛サイズの昆虫の死体と、それに片足を乗せ、バールのようなものを構えて得意げにポーズをキメる●●。
●●[ボコっときました(サムズアップの絵文字)]0:24
巨大昆虫がラドン先生に討伐された……? 調査隊が置かれている状況は、こちら以上に混沌としているのが伺い知れた。だが、ラドン先生の口振りからは、ひとまず彼女に差し迫った危険は無くなったようで、胸を撫で下ろす。同時に、この状況でも普段通りのノリで送られてきたメッセージに、ほんのわずかだが日常の片鱗が戻ってきたように感じられた。
ずっと張り詰めていた千若の心に余裕ができて、今になって疲労感が押し寄せてきた。避難民が詰めかけた公民館の片隅で、バッグを枕に眠りに落ちた。
***
「それはそうと、なんだったんですか、ヤゴって」
「調査隊の人が言うには、阿蘇の地下空洞で生き永らえていた太古の昆虫らしいわ……。っていうか見てよこれッ! みんなでボコボコにしてやっつけたとき緑の汁が出てお洋服汚れちゃったんだわ」
翌日、午前十時。
千若と●●は熊本方面への道を進む軽トラックの荷台で揺られていた。
●●と合流しようと早朝から阿蘇山の火山観測所へ向かった千若は、下山してくる調査隊一行の中に彼女の姿を見つけた。ふたりで交通手段を探していたところ、通りがかりの軽トラックを運転していた五〇代の女性に乗せてもらったのだ。
今日はよく晴れていて、風を感じながら阿蘇山一帯の風景を楽しめたらどんなに心地が良いだろうと想像できたが、明るい陽の下で改めて目に入ってくるのは被災地の様相である。
建造物が被った損害は、ラドンの飛翔ルートをなぞる帯状に広がっていて、その中心線に近づくほど被害は大きくなった。
軽トラックが進むのは被害が少なく交通が生きている地域。それでもラドンのソニックブームによって飛ばされてきた瓦礫がぶつかって半壊状態となっている家屋が時折目に入ってくる。たいてい、そういった建物では損壊した箇所をブルーシートで応急処置する作業が行なわれていて、その側を通り過ぎるたびに千若と●●は写真に収めた。
道を進むにつれて周囲の建物の損壊具合が目に見えてひどくなってきた。軽トラックの目的地は大きな被害を受けた地区にあるようだ。屋根瓦が吹き飛ばされ窓ガラスが割れているような地域から、家という家の風上側の外壁が全てなくなっている地域に移り変わっていく。軽トラックは家屋の原形がまだかろうじて留められた地域の公園に停まった。
ここでは地元の町内会がテントを張って、炊き出しを行なっている。軽トラックはここへ食材を届けにやってきたのだ。
運転してきてくれた女性にお礼を言って、ひと息つく。
千若と●●は周囲を見渡して、どちらともなくカメラを用意した。
ひっくり返った自動車、どこから飛んできたのかわからない看板、同じ方向になびいて薙ぎ倒された街路樹……。一般の家屋に目をやれば、そこで起きたかもしれない悲劇がありありと思い浮かべられるような光景もあった。
——できるだけ写真に残すんだ。彼女に任せるんじゃないぞ。
「ここは僕が撮っておきますから」
千若はシャッターを切り続ける●●に話しかけたが、返事はない。●●は黙々とソニックブームの爪痕を写真に収めることに集中している。
「●●さん、僕が撮りますからいいですって。編集長も……」
そう言いながら近づいて、彼女の横顔が目に入った瞬間、千若はハッとした。その表情は、溢れ出しそうになる感情を堪えて歯を食いしばっているように見えたからだ。
千若は、昨晩の公民館でも、ここに至るまでの道のりでも、義務感から写真を撮った。だがそれは職務上の作業として必要だからであって、自分の志から湧き出てくるものではない。
●●はどうだろうか。ラドンに憧れ、ラドンを追うことにひたすら情熱を傾ける風変わりな女性。ラドン被災地復興記事も担当したその彼女が、ソニックブームがもたらす悲劇をこれまで想像しなかったわけがない。
ラドン出現以降、どんな思いを抱えながらここまでやってきたのか。彼女の胸中を正確に伺い知ることはできないが、彼女なりの信念がそうさせていることは間違いない。
そうか。
だから編集長は、彼女の葛藤を予想して「任せるな」と言ったのか……。もしかすると、心に傷を負ってカメラを持てない状態になっていることまで想像したのかもしれない。
だが、ここにいる●●はそうなってはいない。感情を押し留めて信念を貫こうとしている。書籍第二部に『怪獣公論』を編むための矜持があるように、彼女もラドンライターとしての矜持を心の支えにして——。
彼女の信念を尊重すべきだと千若は思った。一方で、無邪気なテンションでラドンについて話す、彼女をもう一度見たいとも思ってしまった。
大義が必要だった。
公民館ではそれを考える気力もなかったが。
今、ここにそれがあれば、撮った写真の数だけ擦り減っていくであろう彼女の精神に、いくらか防壁を与えられるのではないかと思えた。
近い将来、この災禍についていろいろな言説が飛び交うだろう。なかには事実を捻じ曲げて、自らの立場を補強するために都合の良い情報だけを拾い集めるものも現われる。この土地にいる彼らの苦痛や努力が無かったことにされる日が来ないとも限らない。だから、記録に残すのだ。
一人前のライターである彼女に対しても、この状況に対しても、新人編集者である自分が言うには出過ぎたことであるのは承知のうえで、そんな旨のことを●●に伝えた。
●●はファインダーから眼を離さずに言葉を返す。
「そうかもね。だけど、それは報道側の論理。それだけで被災地に寄り添えるなんて思ったら大間違い」
半壊した家屋の中に舞う埃が、屋根に開いた穴から射し込む陽の光を浴びて煌めいている。
「……でも、ありがとう」
それからは手分けをして別々の場所を写真に撮る。
半壊した家屋の中を総出で片付けている家族を至る所で見かけた。なかには歌を歌って息を合わせながら、道路を寸断している瓦礫を手作業で取り除く集団もあった。
そこには未来に向かって進もうとする人の営みが確かにあった。千若は身分を明かし、連絡先を聞いたうえで写真を撮らせてもらった。誌面に載せることになったとき、改めて掲載可否を問い合わせられるように。
次の話につづく↓
※この物語はフィクションです。登場する人物・企業・出来事は、実在する如何なるものとも無関係です。
◆ ◆ ◆
特撮怪獣映画『ゴジラ』(1954)でヒットを飛ばした東宝が、1956年に公開した『空の大怪獣ラドン』。いいですよね『空の大怪獣ラドン』。2年後、2026年には70周年です。
先日、調布シネマフェスティバルの『空の大怪獣ラドン<4Kデジタルリマスター版>』上映イベントに行ってきたのでレポも書きました。
★この小説は、本作のファンサークル「ラドン温泉」が2022年冬のコミックマーケットC101で頒布した合同誌に収録されたものです。ラドン70周年を盛り上げるべく、修正して公開します。
元ネタは友人のキミコさんによる短編の世界観です↓
元ネタ(聖典)↓
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