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上海発、南京行き――驚きと教訓の3時間旅

巨大な上海駅

空港から上海駅まではタクシーで約1時間。
近代的なビル群を抜け、百貨店やホテルが立ち並ぶ繁華街に入っていくタクシー。ぎっしり並んだタクシーの列と誘導係の大声には驚かされました。

私のように大荷物を抱えた客がタクシーからエスカレーターへと誘導されていきます。エスカレーターを上った先には上海駅前広場が広がっており、人、人、人の群れ。まるでお祭りのような賑わいだけど、その日はまだ平日で、これが週末や祝日、正月になるとどんな状況になるのだろう、と想像せずにはいられませんでした。

圧倒されて立ち尽くしていると、よそ者の雰囲気を察してか、客引きやダフ屋に囲まれました。彼らを押しのけながら、足早にチケット売り場へ向かい、筆談を交えて南京行きの列車のチケットを購入しました。

待合室は巨大なホールのようになっていて、各列車の出発番号が示される前には何メートルものベンチが縦に並んでいました。ベンチには既にたくさんの乗客が座り、そのすぐ横には座れなかった乗客の長い列ができています。私も大きなスーツケースを押しながら列の最後尾に加わりました。

常に競争しているように見える人々

出発の時刻が近づくと、駅員がホームへと続く柵を取り外し、チケットの確認が始まりました。その瞬間、みんなが押し合いへし合い、我先にとなだれ込み、その様子はさながらパニック映画のようです。
一体どうしたんだ、何が始まったんだ…と思わず息を呑みました。

まだ発車まで充分な時間はありましたが、もしや中国ルールでは定刻前に発車してしまうのでしょうか。私も訳も分からず皆と共に疾走しました。

実際、列車の出発は定刻で、焦る必要などなかったのですが、その時の彼らは迅速な行動に利がある、とでも考えていたのかもしれません。
急速な経済発展や人口密度の多さから、早く行かなかったせいでデメリットを被った経験があるのかもしれません。そう思わずにはいられないほど、彼らは非常に焦っていました。

エレベーターは、どこ?

時間に間に合ったのはよいものの、困ったことに、ホームに降りるためのエレベーターが見当たりませんでした。

当時の上海駅は大都会であるはずなのにバリアフリーがあまりすすんでおらず、エレベーターはほとんど設置されていなかったのです。主要な改札やプラットフォームへ移動するためには、エスカレーターや階段を利用することが一般的だったため、重い荷物を持った旅行者や足の不自由な方にとっては、移動が不便な場所でした。

そうとは知らずに、きょろきょろエレベーターの表示を探していると、突然、駅の清掃員風の手ぶらのおじさんが現れ、無言で私のスーツケースを持ち上げ、肩に乗せて一気に階段を駆け下りました。

一瞬、荷物を奪われたのかと驚き、「待って!」と叫んで追いかけましたが、そんなことはありませんでした。なんとおじさんは、親切にも私のチケットを確認し、座席まで案内してくれたのです。

小柄なおじさんは痩せているように見えましたが、そのパワーには驚きました。中国に来て初めての人の優しさに感激し、「シェイシェイ」と頭を下げましたが、おじさんは無表情で「全部で100元」と言いました。

搬运工、又の名を小红帽

後から知ったのですが、駅には搬运工と呼ばれる荷物運びの仕事をする人たちがいました。設備の不足を補うのはマンパワーです。彼らは赤い帽子をかぶり、ベストを着ていて、定められた料金を取ります。料金は荷物の量や距離によって変動しますが、5~20元ほどが相場のようです。

もし料金やサービスに不満があれば、服に表示されている電話番号に申し立てができるサービスです。しかしおじさんは赤い服など着ておらず、どうやら「もぐり」の荷物運びだったのでしょう。

「100元。」

上海から南京までのおよそ300kmの列車のチケットが48元。
上海浦東空港から上海駅までのタクシーが80元。
なのに、わずか数10メートルほどのスーツケースの移動に100元は高すぎます。

「頼んでないのに払えない」と日本語で困惑する私に、おじさんは怒りをあらわにしてこちらを指さしながら何事かまくし立てました。

他の乗客が何事かと振り返ります。

教科書的ではない、訛りのある中国語はうまく聞き取れないけれど、何を言っているのかくらいは空気で分かります。

「無理、無理」と首を振ると、おじさんはさらに激高して唾を飛ばしながら罵ってきます。

ポケットを探ってコイン1元ちょっとを渡しましたが、おじさんは「おい、お前ふざけてんのか?」という顔でさらに盛大に叫ぶので、プラス2元渡しました。

そんなやり取りをしていると、とうとう列車のアナウンスが鳴りました。なかなか引き下がらないおじさんでしたが、何事か捨て台詞を吐いて列車から飛ぶように降りて行きました。

南京到着までの3時間、神経が高ぶり、様々な思いが頭をよぎりました。

もう絶対に困っている様子を人に見せたりはしない。
親切に見えるものには詐欺を疑え…。

乗客がすすっているカップ麺の匂いが漂う中、私は4人掛けの向かい席に座っていました。通路側の席だったため、窓の外の景色を眺めることもできず、ただ上を向いたり下を向いたり。その日の、関空から列車までの一連の移動を反芻し、これから始まる留学生活の緊張と興奮で満ちていました。

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