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星色Tickets(ACT2)_SCENE6

※共通

//背景:恭司の家(リビング)_夜

恭司「小波」
小波「ん」
恭司「なんかさ……『あ、これよかったわ~!』みたいな作品ある?」
小波「抽象的な質問だね」

夕食後。皿洗いをしながらいまひとつ意図のつかめない質問を投げかけた俺に、小波はとりわけ違和感を覚えることはなかったようで、うーんうーんとしきりに唸っている。

小波「……『こころ』かな」
恭司「そうきたか」

たしかによかったわってなりそうだけど、俺の求めるよかったわとはベクトルが違う。

小波「教科書に載ってるのは全体の一部分なんだけど、それでも先生の葛藤がひしひし伝わってきてね。それから気になって全文読んだら……っと、そういえばお兄ちゃん、まだ日本文学には触れてないんだったね」
恭司「お恥ずかしながら」

狂言とか能は少しかじったけど、伝統芸能と日本文学はちょっと違う。

……と、そんなことより葛藤葛藤。この要素は藤沢もわりかし得意そうだ。

放課後。この脚本で決定! とはならなかったが、藤沢の用意した作品はどれもいいものだった。そして作品の多くは、心理描写に重きを置いていたように思う。
 
二冠した作品はどちらも繊細で緻密な心理描写が高く評価されていたし、きっと藤沢は心の動きを書くのが得意なんだろう。普段の毒舌は、藤沢のセンシティブな一面の表れなのかもしれない。

小波「でも、どうして急にそんなこと聞いてきたの?」
恭司「来週の現代文の授業で印象に残った作品の紹介をしなくちゃいけなくてさ。けど日本文学限定みたいで」
恭司「小波ならその方面に精通してるから、いい作品知ってるんじゃないか……なんて。あわよくばそのまんま引用しようとしてた」
小波「ははは、お兄ちゃんずっるーい」
恭司「ずるじゃないぞ。こういうのは『老獪』って言うんだ」

現代文の成績が壊滅的な癖してやたらと難しい言葉を知っているのは、戯曲で難解語句を目にするたびに頭を悩ませ、面倒だと思いつつもその言葉の意味をネットで調べたからだ。

おかげでたまに漢字マウントが取れたりする。……ヤなやつだなぁ。

小波「ろうかい?」
恭司「そ、いろいろ経験を積んで悪賢いって意味だ」
小波「へぇ……お兄ちゃんは『碩学』だね」
恭司「せ、せきがく?」

なにその言葉全然知らないんだけど。

小波「うん、碩学」
恭司「……はは、そう褒めるなって」

とまぁ、たまに無自覚に妹から漢字マウントを取られたりするけど、いつも笑って誤魔化すのがお兄ちゃんの特技だ。全然誇れないんだよなぁ。

満更でもない素振りをする俺は、本気を出していないだけで、本気を出せばテストなんてお茶の子さいさいだと大言壮語を吐いていて、そして小波はそれを真に受けている。

実際は現文赤点常習犯なんだとは、口が裂けても言えないよね。

その、なんだ……お兄ちゃんとしての尊厳のために。

小波「わたし、お兄ちゃんみたいに立派な高校生になれるように頑張るね!」
恭司「頑張らなくても小波は既に俺より立派だよ」

小波は現在中学二年生。

再来年の今頃は同じ後輩に通う後輩に……ん、俺卒業してない?

よかったぁ。どうやら俺の偽りの尊厳は、小波が純真無垢であり続ける限り崩壊することがなさそうだ。

小波「ううん、お兄ちゃんのほうが全然立派。勉強だけじゃなく、毎日バイトまでしてるんだもん。ほんとうにすごいなって思うよ」
恭司「小波は理想の妹だなぁ」
小波「えへへ~、お兄ちゃんにそう言ってもらえると嬉しいなぁ」

俺の妹、可愛すぎないか?

……まだ反抗期来てないけど、ちょっと遅れてやってきたりしないよな?


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