![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/138874744/rectangle_large_type_2_2ec6685abe5d6ecea6afc48110e6e9d5.png?width=800)
星色Tickets(ACT2)_SCENE25
※共通(シナリオ分岐あり)
//背景:演劇会場_舞台
緞帳が上がり、演劇がはじまってから五分が経過していた。
アリシア「見渡す限り広がる薄桃色。右足を前に進めれば桜の雨が頬を濡らし、左足を進めれば暖気を孕んだ柔らかな風が憂鬱を遥か遠くに運んでいく……あぁ、春って素晴らしいわ!」
五分間、舞台上で繰り広げられているのはアリシアの一人芝居。
しかし、正確にはひとりじゃない。
春の精であるアリシアが生きる春の国には、当然、彼女の他にも生命を宿し、自我を宿した妖精がいる。
アリシア「もし、ちょうちょうさん? なにを探しているのかしら?」
妖精以外の生物だっている。
そんなめちゃくちゃなファンタジー設定で、おまけに序盤だから盛り上がりに欠けていて、さらには一人芝居が永遠に続くという、つかみとしては絶望的と思われる構成。
……小波は気づいてるかもな。これは自分の創造した場面だって。
アリシア「あっ、アリさんの行列よ! いったい、なにを運んでいるのかしら?」
この場面の加筆の際に、モノローグが必要だと瑠奈は言った。
その提案に、俺はそんなものは必要ないと首を振った。
だって雛鳥がいれば、モノローグなんてなくとも世界観を観客に伝えられるから。
観客の誰もが、固唾を呑んで雛鳥の一挙手一投足を見守ってる。
雛鳥が――アリシアが、春の国でのびのびと暮らす様子を見守ってる。
きっと観客も感じているのだろう。
アリシアが目にする世界を、吹き抜けるあたたかな風を、春の国ののどかな雰囲気を……
………。
……。
//背景:合宿中の練習所
恭司『……気のせいかもしれないけど、前よりも演技の腕が上がってないか?』
星『へへ、おかあさんに頼んで色々教えてもらったんだっ』
恭司『お母さんって……たしか演劇にトラウマがあるんだよな?』
星『うん、最初は抵抗があったみたい。けど、演劇の世界で輝きたいって伝えたら、あっさり受け入れてくれたんだ。変な話だよね』
恭司『いいや変なんかじゃないよ。俺には雛鳥のお母さんの気持ちがわかる』
星『え?』
恭司『結局のところ、子供の成長がなにより嬉しいんだよ、親ってやつは』恭司『……ありがとな雛鳥。俺のために無茶してくれて』
//演出:星ルート選択時のみ再生
星『……ねぇせんぱい、大会が終わったら話したいことがあるんだけどいいかな?』
恭司『ん。今でも全然構わないよ。ちょうど休憩中だし』
星『今じゃだめ。だから約束して』
恭司『わかった。そのときはしっかり雛鳥の話を聞くよ』
星『うん、約束だよ。……よしっ、もっとがんばらなきゃ!』
恭司『今のどこにがんばる要素が?』
………。
……。
//共通
//背景:演劇会場_舞台
恭司「雛鳥……」
合宿のときに交わした会話が蘇り、ちょっとだけ泣きそうになってしまった。
……って、いけないいけない。俺が泣いてどうするんだよ。
……ほんと、すごいやつだよ雛鳥は。
これだけ大勢の観客の前でも普段通りに、いや、それ以上の完成度で舞うように演技して。
親に将来の展望を伝えるなんて誰もが二の足を踏んでしまうであろうことを、演技力の向上のために勇気を振り絞って実行して。
アリシア「……あいたい。シュピレシアにあいたいわ。けど、わたしは夏の国には……」
やっぱり雛鳥は、俺の自慢の星だよ。
アリシア「……だからって、このわだかまりを看過しろっていうの? この、熾火のように胸の内側を執拗に燻る感情を無碍にしろっていうの?」
アリシア「……そんなのいや。絶対、いやよ!」
第一幕。
その間は、雛鳥の無敵の時間。
観客は徐々に物語の世界に没頭し、呼吸をすることさえも忘れて。
アリシア「シュピレシア……わたしの想い、あなたに届くかしら?」
//演出:暗転
舞台移動のために一時的に暗転すれば、会場の某所からすすり泣く声が聞こえてくる。
会場のボルテージが最高潮に達した第一幕。
しかし、物語はまだまだ序盤。
この物語の真骨頂はこれからだ。
………。
……。
//背景:演劇会場_客席
志那「す、すごい……先輩が言ってた後輩ってことは、私と同い年だよねあの子?」
??「お知り合いなんですか?」
志那「え?」
??「わわっ、すいません。初対面なのに図々しかったですよね。永遠に黙って木になります」
志那「黙っても木にはなれないと思うけど……」
志那「ごめんなさい、棘のある反応になってしまって。今はちょうど舞台移動の時間だから、少しだけなら話しても大丈夫だよ」
未色「わわっ、優しいお姉さんだぁ! 未色ね未色ねっ、那須未色っていうの! 中学二年生!」
志那「ちょっ!? しーしー! もうちょっとボリューム下げてっ」
未色「わわっ、ご、ごめんなさい……」
未色「それで優しいお姉さんは何て言うんですか?」
志那「喜多川志那。高校一年生。あの舞台の演出やってる先輩にデートの約束をすっぽかされた挙句昨日いきなりチケットを渡されて真夏の炎天下に焼かれながらここまで歩いてきたの」
未色「わわっ、怖い人かも……」
志那「でもまぁ、こんないいもの見せられたら文句どころか絶賛の言葉しか送れないなぁ」
志那「……ところで未色ちゃんは先輩と知り合い?」
未色「せんぱい?」
志那「あ、よかった。てっきり先輩、シスコンとロリコンの二冠を達成しているのかと」
未色「しすこんとろりこん?」
志那「なんでもないわよ気にしないで頂戴」
未色「未色ね未色ねっ、おねーちゃんの演劇を見に来たの! でねでね、おねーちゃんの演劇見終わって帰ろうとしたら、もうちょっとしたら自慢の後輩がすんごい演劇するからそれだけ見て行きなさいって言われて」
未色「……ほんとにすごいなぁ。帰らなくてよかったぁ」
志那「……自慢の後輩」
未色「どうしたのおねーちゃん?」
志那「ん。なんでもないよ」
志那「……その先輩、絶対私の競争相手だ」
………。
……。
//背景:演劇会場_舞台
クレイシア「んん~燦々と輝く太陽が如何にも夏って感じ! さて! シュピレシアさまを起こしにいかなきゃ!」
第二幕。夏の国の物語。
春の国の物語が初期プロットから大きく変化しなかった一方で、夏の国の物語は大きく変化し……
クレイシア「……この子、春の精?」
たとえば、アリシアの密かな恋心にまず気づくのがシュピレシアではなく、クレイシアに変更されたり……
………。
……。
//背景_合宿中の練習所
すもも『やっぱり、モモさんの勘が正しかったってワケだ』
恭司『返す言葉もないよ……ごめんな。負担かけちゃって』
すもも『別に気にしてないよ。むしろ鍛錬の日々をくれたことを褒めて遣わすぞよ。おかげで成長できたし』
恭司『お前って、ほんとポジティブ思考だよな』
すもも『そりゃモモさんも第三惑星として、きーくんを照らす使命がありますからなぁ』
恭司『そっか……そうだよな。すももも立派な星だよな』
//演出:すももルート選択時のみ再生
すもも『……きーくん。わたし、絶対きーくんの夢を叶えるからね』
恭司『すもも?』
すもも『きーくんにも小波ちゃんにも笑顔でいてほしいから、わたし精いっぱいがんばるね』
恭司『俺の知る幼なじみの青海すももはこんなキャラじゃないんだけどなぁ』
すもも『きーくんの夢が叶うのなら、わたしはキャラだってなんだって捨てるよ』
恭司『すもも……』
………。
……。
//共通
//背景:演劇会場_舞台
思い返せば、合宿中、すももはずっと本気で真剣で真面目だった気がする。
クレイシア「そんな……季節渡りなんて無謀な挑戦を、たかだか恋情を伝えるために行ったって言うの?」
クレイシア「そんなことって……どれほどの想いがあれば実行に移せるの?」
雛鳥の演技には劣るものの、すももの演技にも胸にぐっとくるものがある。
普段のちゃらんぽらんなふるまいが嘘であるかのような迫真の演技に、俺は胸が締めつけられるような感覚を覚える。
クレイシア「どうしよ……とりあえず肉体を保持しなきゃ。肉体がある限り可能性はあるし……」
すもも……お前、演技経験なんてなかったんじゃないのかよ。
なのになんで、そんな堂々と演技できるんだよ……
クレイシア「わたしの魔法を使えばあるいは。……けど、あの魔法は……」
ありがとうすもも。俺のために必死になってくれて。
………。
……。
//背景:演劇会場_舞台
クレイシアが単独で活躍するパートは短く、やがてステージ中央を照らしていた照明が舞台袖の方に動き、最後の登場人物に焦点が当てられる。
第二幕。第二場のはじまりだ。
シュピレシア「クレイシア? 今日は目覚めの日だというのに、憂鬱な顔してどうしたんだい?」
照明に釣られるように観客は視線を動かし、そして多少なりとも驚いたと思う。
クレイシア「シュピレシアさま……いえ、なんでもないのです」
シュピレシア「そう? ならいいんだけど」
だってそこに立つのは、腰付近まで艶やかな黒髪を垂らした女性で。
なのに彼女は、まるで女性に見えず、男性にしか見えないのだから。
シュピレシア「クレイシア。謁見がまだ済んでいないだろう? 早く起床報告に行きなさい」
口調が、一挙手一投足が、男性のそれにしか思えない。
そんなからくりに観客は目を疑い、そしてますます物語の世界に引き込まれていく……
//背景:合宿中の練習所
瑠奈『ねぇ恭司。私やっぱり、クレイシアがいい』
恭司『ダメだ。シュピレシアは瑠奈以外にありえない』
瑠奈『どうして? やっぱりふたりの方がふくよかな体格をしてるから?』
恭司『監督が役者をそんな目で見るわけないだろ……』
恭司『純粋に適任だからだよ』
瑠奈『そう? アリシア役が雛鳥さんに好適ってことはわかるけど、私と青海さんは、どっちがどっちでもいいんじゃない? それに、クレイシアの方が台詞変更も多いし』
恭司『いいや、すももじゃシュピレシアになりきれない。なりきれないっていうよりも、瑠奈が演じるからこそ、客の目を惹くことができるんだよ』
瑠奈『なるほど。衆人環視の中で脱げと』
恭司『そんなシーンなかったよね?』
恭司『……瑠奈ならウィッグなしでいけると思うんだ』
瑠奈『長髪を靡かせながら、シュピレシアを演じろと?』
恭司『うん。シュピレシアは男性キャラなのに、演じてるのはどう見ても女の子ってギャップで、注目を掻き立てるんだ。瑠奈は演劇サークルの面子でいちばん男っ気が強いからな』
瑠奈『それ褒めてる?』
恭司『褒めてるに決まってるだろ。それだけ頼りになるんだよ、瑠奈はさ』
瑠奈『……はぁ、仕方ない。せっかく露出多めの衣装を設定したのに……』
恭司『瑠奈?』
//演出:瑠奈ルート選択時のみ再生
瑠奈『恭司、今度海行きましょ。はい、言質取ったから』
恭司『なにも言ってないんだけど?』
恭司『でも海か。……そうだな。大会が終わったら、気晴らしにみんなで行こうか』
瑠奈『誰もみんなでなんて言ってないのに……』
………。
……。
//共通
//背景:演劇会場_舞台
合宿で何度もクレイシア役がやりたいと懇願されたけど、頑なにシュピレシア役は瑠奈以外にありえないと断り続けて正解だったみたいだ。
といっても、からくりは永遠には続かない。
ここからは実力勝負。
三人の演技力と、物語と、そして演出の戦い。
シュピレシア「ねぇクレイシア、なにか隠してるんじゃないか?」
クレイシア「…………」
シュピレシア「夏に太陽めがけて咲く向日葵の如く、君のふりまく笑顔は華やかで、魅力的で」
シュピレシア「ところがどうだ、最近はまるで花壇が田園に化したかのように一輪の笑顔さえも見せない」
クレイシア「シュピレシアさま……」
シュピレシア「いつも献身的な君のことだ、きっとぼくの知らないことを知っているのだろう」
シュピレシア「さぁ、わだかまりを打ち明けたまえ。どんな過失も、ぼくは許そう」
シュピレシア「……その、アリシ……春の精のことなのですが……」
クレイシア「春の精? クレイシア、今は夏だよ?」
そして物語は最終章に差し掛かる。
………。
……。
//背景:演劇会場_舞台
俺は悲劇の方が好きだ。
だって、そっちの方が如何にも演劇って感じがするから。
救済なんて必要ない。バッドエンドでいいじゃないか。
それが俺のモットーで。
クレイシア「ねぇアリシア。あなたはシュピレシアさまのどんなところを好いていたの?」
アリシア「…………」
クレイシア「まっすぐなところ? 努力家なところ? それともやっぱり、自分の不幸を厭わずに救いの手を差し伸べる王子さまみたいなところ?」
アリシア「…………」
クレイシア「ねぇアリシア。シュピレシアさまって、春の精の頃から、今のようなやさしい気質をお持ちだったの?」
アリシア「…………」
クレイシア「わたしのしってるシュピレシアさま。わたしのしらないシュピレシアさま。全部全部、あなたとお話できればしれるのにね」
クレイシア「……あぁ、わたしってほんとうに醜い子。アリシアの手紙を隠して、彼をひとりで独占しようとして……ほんとうに救いようがない」
けどそれは、俺にとっての理想の結末でしかなくて。
仮に悲劇の方向で進めたとしても、それはただの自己満足で終わってしまう。
小波を泣かせるなんて夢のまた夢だって思ったから、俺は脚本にケチをつけた。
クレイシア「わたしなんかより、アリシアの方がシュピレシアさまにお似合いだよ」
クレイシア「……だから決めた。わたしの命、あなたに授けるわ」
そして紡がれた新たな物語では、誰もが悲劇に見舞われるのではなく。
クレイシア「アリシア……幸せになってね?」
クレイシア「……さようならシュピレシアさま」
報われないのはただひとり、クレイシアだけ。
アリシア「……あなたは誰かしら?」
クレイシア「わたしはクレイシア。夏の精よ」
アリシア「あぁ! わたし、ほんとうに夏の国にくることができたのね!」
アリシア「……ところであなた、さっきからずっと唇を真一文字に結んでいてこわいわよ? 笑わないと幸福はこないわよ?」
クレイシア「……笑えないの」
アリシア「え?」
クレイシア「わたしはもう、笑うことができないの」
といっても、命を落として逝去するわけではなくて。
アリシア「笑えない? そんなはずないわ。わたしたちには、生まれながらに喜怒哀楽が宿っているんだもの」
クレイシア「わたしにはもう〝喜〟にあたる感情がないの」
失われたのは〝笑顔〟というかけがえのない財産。
クレイシアの宝もの。
何度もシュピレシアが賞賛した輝かしい笑顔は、アリシアを蘇生した代償として、二度と見ることが叶わなくなってしまう。
感情の欠如。
果たしてこの展開の大衆受けがいいのかはわからないが、少なくとも、今会場の最前列にいるひとりの客には刺さると断言できる。
だって、クレイシアが自分と似た境遇にあるから。
〝哀〟を失った女の子は、〝喜〟を失ったクレイシアに感情移入するはずだから……
シュピレシア「アリシア、なのか? 春の精である君がどうやってここに……」
アリシア「そんなことより大変なのシュピレシア! クレイシアが笑えなくなってしまったの!」
シュピレシア「笑えなくなった? それはどういう……っ!? まさかあの魔法を……!」
クレイシア「ごめんなさいシュピレシアさま。けど、こうする以外に贖罪する方法を思いつかなくて」
シュピレシア「なんでぼくに相談しなかったんだ……! 君の笑顔には、宝石なんて目じゃないほどの価値があるというのにっ!」
誰もが、アリシアとシュピレシアの熱愛を期待していたと思う。俺だって、自分が観客なら最後はそうなるんだろうなって見当をつけるし、逆に予想外の展開になれば興醒めしてしまうだろう。思ってたテーマと違うなって。
表面上は〝恋愛〟。
しかし、この物語の真のテーマは〝誰もが幸福になること〟だ。
誰も不幸で終わらせない。
これは幸福の物語。
『さざ波に捧ぐ希望に満ちた明日への詩』
瑠奈は、この作品をそう命名した。
さすがに狙い過ぎだろって思ったけどさ。
クレイシア「アリシア、もう諦めて……」
アリシア「絶対、諦めるもんですか。シュピレシアがあそこまで絶賛する笑顔ですもの。きっと多くの民に希望を与えるものであったはず」
アリシア「それに、わたしも笑ったあなたを見てみたいの」
クレイシア「アリシア……」
国中を奔走し、けれども打開策は見つからず。
それでもふたりは足を止めない。
クレイシア「シュピレシアさま、もう諦めて……」
シュピレシア「諦めるわけないだろう。だってぼくは、君の笑顔が大好きなんだから」
クレイシア「でも……」
シュピレシア「君は、泣くことができる。怒ることができる。なら、当然笑うことだってできるはずだ」
シュピレシア「大丈夫、ぼくたちが絶対、君を笑顔にしてみせるよ」
国民に相談して、妖精に相談して、ついには国境さえも超えて。
それでも打開策は見つからない。
シュピレシア「……すまないクレイシア。約束したのにこんなザマで……」
クレイシア「とんでもありません。シュピレシアさまもアリシアも、こんなわたしなんかのために躍起になってくれて感謝しかございません」
アリシア「わたしなんて、と、自身を低く評価するのはおやめなさい」
これは小波の以前までの悪い癖だ。俺の要望で、瑠奈に無理やりこのセリフをねじ込んでもらった。
アリシア「クレイシア、あなたは素敵なおひとよ」
クレイシア「アリシア……わたしは恋敵じゃないの? 邪魔じゃないの?」
アリシア「そんなこと思うわけないじゃない。あなたは大切なお友達よ」
恋情と友情。
このふたつの感情を両立させることはできない。
アリシア「シュピレシアかクレイシアかなんて選べない。だってどちらも大切だもの」
それはつまり、片方を捨てたということで。
クレイシア「あ……」
シュピレシア「ぼくもだよクレイシア。ぼくはふたりを愛してる。どちらか片方を切り捨てる必要なんてないだろう?」
アリシアとシュピレシアは、クレイシアのために恋情を捨てた。
恋の成就よりも、たったひとりの友人の回復を望んだ。
クレイシア「……へ、へへっ」
そんな清らかな友情が、小さな軌跡を呼び起こす。
すもも……最高に痺れる演技だよ。
アリシア「……え? クレイシア、あなた今笑って……」
クレイシア「そんなうれしいこと言われたら誰だって笑っちゃうよ……」
泣き笑うのは、はたして笑顔と判定されるのか。
シュピレシア「あぁ、その笑顔だ。その笑顔をぼくは待ちかねてたんだ……っ!」
そんな曖昧な基準など一切気にせず、三人は泣き笑いしながら抱き合う。
クレイシア「ありがとう……ありがとうふたりとも。わたし……ふたりのことがだいすきだよ!」
アリシア「えぇ、わたしもふたりを愛してるわ。……あなたの笑顔、とっても綺麗よクレイシア」
シュピレシア「ぼくもふたりを愛してる。ふたりと結婚なんて異例の事態だけれど、絶対になんとかしてみせるよ」
シュピレシア「……あぁ、もうすぐ秋だ。冬眠のときも近い」
クレイシア「ふふ、寝るときは三人いっしょに寝ましょ」
アリシア「もちろん。まんなかはクレイシアに譲るわ」
クレイシア「ふふ、ありがとアリシア」
シュピレシア「あぁ、やはり君の笑顔は美しい」
シュピレシア「笑顔、それは例外なく幸福を与えるもの。欠落している? そんなはずはない。ぼくたちの胸には平等に喜怒哀楽が宿っている」
シュピレシア「喜ぶことができない? それなら、起床後に五体満足であることを確認しよう。五体満足であることは当然ではないから」
シュピレシア「怒ることができない? それなら、気持ちに正直になろう。自分に嘘をつかず、感情の赴くままにくちびるから言葉を発してみよう」
シュピレシア「……泣くことができない?」
と、壇上を照らしていたスポットライトが、最前列のひとりの観客に当てられる。
萩原、完璧なタイミングだ。よくやった。
これは俺たちの演劇の締めくくりであり、ひとりの女の子に向けられたメッセージ。
シュピレシア「それなら、喜びを噛み締めよう。向けられた愛を、胸に抱いた感謝を、申し訳ないなんて思わずそのままに受け止めよう」
シュピレシア「だってそうだろう? 泣くことと笑うこと。そのふたつの感情は、両立させることができるんだから」
………。
……。
//背景:演劇会場_舞台
長い長い四十分。
俺たちの積み上げた三か月がついに終わりを迎える。
アリシア・クレイシア・シュピレシア「ありがとうございました!」
三人が観客席に頭を下げる姿をぼんやりと見ながら、俺はかれこれ一分くらい流れ続けている涙に視界を曇らせながら緞帳を降ろす。
恭司「……ぁ、ああぁあ……」
最前列がぎりぎり見える、舞台装置を操作するボタンのある個室。
……ひとりでよかった。
だってこんな情けない姿、みんなには晒せない。
恭司「うぅ……ぁ、ああぁ、よかったなぁ小波。はじめて泣けたなぁ……」
スポットライトに照らされた女の子。
その子は間違いなく、ぽろぽろと瞳から涙を流していた。
あげは「ちょっと岸本! 余韻に浸るのもいいけど、舞台片づけないと失格になっちゃうよ!」
切羽詰まった先輩の声に振り返ると、そこには先輩だけではなく、この最高の舞台をいっしょに作り上げてくれた最高の仲間がいた。
みんな優しく、微笑んで、俺を見つめていた。
恭司「……みんな、ほんとうにありがとな」
俺が、ずっと追い続けた夢。
ひとりでは絶対に叶えることのできなかった夢。
その夢が今日、ようやく叶った。
後悔なんてない。
全国大会最優秀賞受賞というもうひとつの夢を忘れてしまうくらいに、俺は強い感動を覚えていて、やっぱり撤収作業中も涙が止まらなくて。
そんな俺を苦笑しながら見つめる小波の瞳は、最後まで涙で輝きつづけていた。
………。
……。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?