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星色Tickets(ACT2)_SCENE23

※共通(シナリオ分岐あり)

//駅_朝

恭司「おはようふたりとも。ごめんな遅れちゃって」
星「おはよせんぱい。体調はもう大丈夫?」
恭司「うん、もうすっかり元気だよ。瑠奈が脚本仕上げてくれたおかげで胸も軽くなったし」
星「……瑠奈?」

と、目をぱちぱちする雛鳥の反応は、さっきすももが見せた反応と酷似していて……

恭司「藤沢の名前だけど、知らなかった?」
星「ううん、それは知ってるけど……ふぅん、そうなんだ」
恭司「?」
瑠奈「ま、私と恭司にどんな進展があったかはさておき。今は演劇に集中しなきゃね」

そう言う瑠奈の声は弾み、笑顔で、とりあえずほっと胸を撫で下ろす。

機嫌を損ねたら面倒だからなぁ。仮にそうなってても、悪いのは全面的に俺だし。

すもも・星「恭司……」

雛鳥とすももは何故か戦慄するように、それも何故か同時に俺の名前を呟く。

え、真夏のホラーとか勘弁してよ。そんなに俺をじっと見つめて背後になにかいるの? ま、俺は幽霊を信じていない類の人間なんだけどね。

瑠奈「じゃ行こ恭司。はい、荷物」
恭司「当然のように荷物持ちなのな……。ま、いいけど」
瑠奈「な~んて、冗談に決まってるでしょ。自分のものくらい自分で持つわよ」
恭司「……お前、朝から変なものでも食べたか?」
瑠奈「ん。朝食はこれから摂る予定だけど……」
瑠奈「と、いけない、危うく買い忘れるところだった。行きましょ恭司、あの店のパン、すっごくおいしいのよ」
恭司「……へぇ、そうなんだ……」

一連のやり取りをすももと雛鳥は唖然と眺めてたけど……うん、そうなるのもわかる。

だって、こんなキラキラしてる瑠奈、俺もはじめて見るもん。

恭司「……ちなみにふたりは朝ごはん食べた?」
星「こんな状況じゃ食欲なんて湧かないよ。……はぁ、戦わずして負けちゃったなぁ」
すもも「うん、モモさんも今はちょっと無理。……精神的にきつい。泣きそう」
恭司「……えと、食べたってことでいいのかな?」

なんだこの盛大な失恋直後みたいな地獄の空気。窒息しそうなんだけど。

恭司「……雛鳥。お前は俺の星だよな?」
星「星……はは、今となっては六等星並みの微光しか放てない、消えかけの豆電球以下の輝きだけどね。ははは」

目が死んでるぞ大女優。

恭司「なんで鬱鳥に逆戻りしてんだよ……それで、さっきからなにを勘違いしてるんだ?」
すもも「きーくんのその勘の良さは、どうしてありとあらゆる方面に生かされないのかなぁ」
恭司「すもももだ。早朝のバイタリティはどうした。もう燃料切れか?」
すもも「まぁ、燃料切れって喩えてもあながち間違いじゃないっていうか……ねぇ雛ちゃん」
星「はい。こうやって部は空中分解していくんですね……」

さっきから、ふたりの目が死んでいる。生気がないというか希望がないというか……

ともかくだ。

そんな状態で稽古に励んでも高い生産性を生み出せるはずがない。役者の心身状態を常に健康に保つのは、監督として当然の務めだ。放っておけない。

恭司「空中分解なんてしないよ。俺たちの絆は、そんなちっぽけなもんじゃない」
星「じゃあさせんぱい、なんで藤沢せんぱいだけ特別扱いしてるの?」
恭司「え?」

ようやく雛鳥が口にしたこの状況の原因っぽい指摘は、いつか瑠奈が口にしていた不満と似ていた。

星「いつから藤沢せんぱいと付き合ってるの?」

なんだ嫉妬かぁ、愛いやつめ。

……なんて有頂天になってる場合じゃない。

恭司「俺と瑠奈が付き合ってる?」

なにを根拠にその結論が導き出されたのかまるでわからず唖然としていると、すももが俺の肩をぽんと叩き、柔らかく微笑みかけてくる。

すもも「隠さなくていいんだよきーくん。それでもわたしたちは、最後までついていくからさ」
恭司「いやなにも隠してなんか……」
星「わたしもせんぱいの星としての使命があるからさ。たとえ、せんぱいと藤沢せんぱいが、恭司と瑠奈って呼び合ってても、役者を降りるなんて真似はしないよ」
恭司「……なるほど。そういうことか」

ようやく合点がいった。

今まですももと付き合ってると勘違いされたり、雛鳥と付き合っていると勘違いされたりしたときは、男女の距離感が近いってだけでなんでもかんでも恋愛脳で処理するなよって思ってたけど……そっか呼称変化。

たしかに、これは誤解されてもおかしくない。

恭司「安心しろ。俺は瑠奈と付き合ってない」
星「じゃあなんで呼び方が変わってるの?」
恭司「忸怩くんって呼び方が恭司に変わったから、俺も藤沢から瑠奈に呼び方を変えたんだ。ま、あいつが心を開いてくれた証なのかな。ああ見えて、瑠奈はセンシティブなやつなんだ」

//演出:瑠奈ルート選択時のみ再生

排他的に見えるのは、誰かと関わって傷つくことを恐れているから。張り子の虎なんだよ、藤沢瑠奈って女の子は。

……と、今まで彼女を客観視してきた俺はそう結論を出しているけれど、実際のところは瑠奈本人のみが知るところだ。

当たらずとも遠からずって感じなんじゃないかって、藤沢瑠奈という女の子をよく知る俺は勝手に思ってる。

すもも「なんだぁ。取り越し苦労かぁ……」
恭司「なんだすもも? 俺が瑠奈と付き合ってたら嫉妬しちゃうのか?」
すもも「…………はぁ、ほんとこれだからきーくんは」
恭司「今の間はいったい?」

というか、なにに呆れてるんだ?

ま、なんにせよいつもの調子に戻ったみたいでなによりだ。騒がしくないすももなんて、歌わないオフィーリアみたいなもんだからな。

……いや、オフィーリアは歌わなきゃ死ななかったかもしれないから、そっちの方がいいのかもしれない。

というかこの喩え、ハムレット読んでない人には通じないし、そもそも普通にネタバレなんだよな。

瑠奈「ついてきてって言ったのに……ほんと、恭司ってええかっこしいコウモリ野郎よね」

ふたりの誤解を解いている内に、瑠奈がパン屋から戻ってきた。

星「わたし、これまで勘違いしてました。藤沢せんぱいも普通の女の子なんですね」
瑠奈「……それはどういう意味合いかしら雛鳥さん?」

メロンパンをごくんと飲み下し、瑠奈は射貫くような視線を雛鳥に向ける。

星「わたしにはできないです。二日もせんぱいを独り占めするなんて」
瑠奈「っ!? べ、別に下心があったわけじゃ……っ」
星「へぇ……じゃあなんで呼び方を変えたこと隠してたんですか?」
瑠奈「い、いいじゃないのそれくらいっ!」
瑠奈「……な、生意気っ! ポコ鳥さんのくせにっ!」
恭司「あ、あの雛鳥が優位に立っている……」
星「はは、藤沢せんぱいは可愛いなぁ。そのパン、おいしいんですか?」
瑠奈「可愛いってあなた……はぁ、ほんっと厄介な星だわ」

と、会話だけ切り取ればアグレッシブな後輩が、めんどくさがり屋の先輩にしつこく迫っている場面のように感じるけど、実際は、気弱な性格をコンプレックスに感じていた後輩が、人付き合いが苦手な先輩に甘えている場面で。

恭司「……はは」

なんだか物思いにふけってしまう。

だって、俺のわがままがふたりを変えていたんだから。

俺のわがままが、他の面でもいい方向に循環してるんだって、目に見えてわかったから。

すもも「部長さんや。いとをかしするには、まだ早いのではないですかいな?」

けど、それは俺たちの目指す到着点じゃない。

恭司「……だな。よしっ! この四人で夢を叶えに――」
星「ところでせんぱい」

と、如何にも青春っぽい掛け声をあげようと拳を握りしめた俺の勢いに水を差したのは、本日やたら積極的な大女優。

恭司「なにかな雛鳥隊員」
星「はっ、わたしだけ苗字呼びなのは不公平であります」
恭司「だって、星って呼ぶよりも、雛鳥って呼ぶほうがなんかいい感じじゃん」
星「そんなあやふやな感覚でわたしだけ仲間外れに……」
恭司「っていうのは冗談で。……雛鳥」

雛鳥を星って呼ばないのには、一応、それなりの理由がある。

恭司「雛鳥が自分に自信を持てる日がきたら、星って呼ぶよ。だからその日まではお預けだ」
星「せんぱい……」
恭司「お星さまみたいに輝くんだろ? 俺は知ってる。お前ならもっと輝けるはずだ」
H氏「うん! わたしがんばる! せんぱいに名前で呼んでもらえるようがんばるねっ!」

輝かしい笑顔を振りまきながら、雛鳥は元気いっぱい宣誓する。

……明るくなったな雛鳥。

//演出:星ルート選択時のみ再生

ほんとは恥ずかしくて星って呼べないなんて、口が裂けても言えない。

//共通

すもも「へ~、イニシアチブを取ったにもかかわらず、瞬く間にリードを詰められてしまった今の心境はいかがでしょうか藤沢選手!」
瑠奈「ま、これくらい想定内だけどね。……ところで青海さん、なんでそんなに上機嫌なの?」
すもも「そうかな? ははは、いやぁ抜け駆けした藤ちゃんが落伍する様が面白くて面白くて!」
瑠奈「よ~くわかったわ青海さん。とりあえず、ムカつくから死合いましょうか」
恭司「そこ! 喧嘩しない!」

笑ったり、喧嘩したり、こんな騒がしい毎日もあと二週間で終わってしまうかもしれない。

小波が泣こうが泣くまいが、地区大会で県大会行きの切符を掴めなければそこで終わり。

俺たちが演劇サークルである理由はなくなってしまう。

恭司「……勝ち進みたいなぁ」

それは不純な動機で。

本気で演劇をしている人たちに、お前に舞台に立つ資格はないって、激怒されてもおかしくないほどに目的と手段が一致していなくて。

けど、それは疑いようのない俺の本音で。

小波を泣かせるという夢も、この先も俺たち演劇サークルが続いてほしいという願いも、どちらも叶える星色のチケットを、俺は心の底から掴み取りたいと思っていて……

瑠奈「なに今更なこと言ってるの。勝ち進みたいなぁ……じゃない。勝ち進むんでしょ?」
恭司「え?」

今更何言ってんだ。

それがほんとうの目的じゃないって、改めたのは俺だろ?

星「小波ちゃんを泣かせて、全国でも最優秀賞を獲る。わたしははじめからそのつもりだよ」

それは仮初めの目標だって。

そう結論づけて一時は掲げていた目標を破棄したのは、他でもない俺だろ?

すもも「きーくんはバイナリ思考だからなぁ。1か0でしか物事を捉えることができないその癖、そろそろ直した方がいいよ」
恭司「……いやだって」

だから、三人がなに言ってんだこいつ……って、冷めた目で見るのが当然のはずなんだ。

まさかこんなあたたかい目で歓迎されるなんて思わないだろ普通。

すもも「どっちも獲れば解決じゃん? 傲慢にいこうよ、きーくん。どっちかを諦めなきゃ、どっちが叶わないってわけでもないんだからさ」
恭司「……なんだよみんな。いつからそんな本気で演劇に打ち込んでたんだよ」

三人は顔を見合わせて、ふっと顔をほころばせる。

瑠奈「誰よりも必死な恭司を側で見てたからかな」
星「輝いてほしいって言ったのはせんぱいの方だよ」
すもも「一度でも目標として掲げた以上、絶対に叶えたいと思うのがモモさんスピリッツなので」
恭司「まったくお前らは……」

最高の仲間に恵まれて、俺は幸せ者だ。

小波を泣かせて、全国最優秀賞もかっさらう。

それは誰が見ても夢物語だと鼻で笑いそうな理想で、結成三か月のひよっこ演劇サークルが目指すには不相応がすぎる目標だろうけど、不思議と達成できない気はまるでしない。

だってそうだろ?

恭司「よしっ! 俺たち演劇サークルの名を全国に轟かせてやろうぜっ!」
すもも・星・瑠奈「おー!」

俺たちより強い絆で結ばれた演劇部なんてあるはずがないから。

………。

……。

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