星色Tickets(ACT2)_SCENE14
※共通
//背景:演劇サークル部室
恭司・瑠奈「終わったぁ~」
六月の終わり間際。日に日に下がっていく冷房の温度は、まるで締め切りという名の巨人の足音のようで。
けれど、そんな不穏な気配に悶々とする日々とも今日でお別れらしく……
恭司「ついにやったんだな、俺たち」
藤沢は二週間ちょっとで原稿を書き上げた。
執筆期間と中間テストが重なっていたから、多少予定が後ろ倒しになるかと懸念していたけどそんなこともなく。
今まで保持してきた学年一位の座を捨ててまで脚本制作に傾倒してくれたのだから、藤沢には本当に頭が上がらない。
藤沢を脚本家に抜擢してよかったなって。懲りずに土下座してよかったなって。そう思わずにはいられない。
瑠奈「むせび泣いてるところ申し訳ないけれど、早くプリントアウトしてきてくれる?」
恭司「あ、はい」
と、泣くのも、打ち上げをするのも、脳内で『栄光の架け○』を流すのもまだ早い。
だって、俺たちの戦いはここからが本番なんだから。
瑠奈「ほわあ~、じゃ私はここで寝てるから。USBは使い終ったらパソコンのケーブルにでも差しといて。じゃ下校時間までおやすみ」
恭司「お疲れさま。ゆっくり休んでてくれ」
瑠奈「あと、寝込みに襲ってくれても一向に構わないけど、そのときはしっかりカーテンとドアを閉めてね。バレたら後々面倒だから」
恭司「しませんけどそんなこと?」
今日は旧校舎で活動している他の部活がことごとくオフで、実は今、旧校舎にいるのって俺と藤沢だけだったりする。
……だからどうしたって話だけど。
瑠奈「あっそ。ほんと忸怩くんって忸怩すぎて一周回ってダンゴムシ以下だわ」
恭司「毒舌がいつも通りの切れ味を持っててなによりだ。藤沢が健康だって証明するなによりの証だからな」
瑠奈「……これだから天然の忸怩虫は」
恭司「そうだよ。俺は忸怩虫だよ」
恭司「ひとりじゃなにもできない。恥じることを厭わないで誰かの手を借りなきゃなにもできない凡人だよ」
恭司「けどさ、すももがいて、雛鳥がいて、藤沢がいて。他にも俺の夢を応援してくれるたくさんの仲間がいるから、こうして今、夢を叶える目前までくることができた」
瑠奈「……」
恭司「ありがとな藤沢。お前を選んでほんとうによかった」
瑠奈「……」
恭司「……寝ちゃったか」
恭司「と、冷房の温度少し上げなきゃ風邪ひいちゃうな」
何しろここ数日は睡眠時間まで削ってくれてたみたいだし。
ほんと見かけによらずいいやつすぎるよ、お前はさ。
恭司「あとは俺にまかせろ。お前の脚本を最高の形で仕上げてやる」
//SE:扉の開く音
//背景:廊下_夕方
USBを握りしめて、俺は職員室に駆け出す。
夢が叶うまで、あと少しだ。
………。
……。
//背景:演劇サークル部室_夕方
瑠奈「……まったく、胸がうるさくて眠れないじゃないの」
………。
……。
//背景:校舎裏_夕方
恭司「お疲れさんふたりとも。ほら、差し入れだ」
一本は雛鳥に、もう一本はすももに向けて、スポーツドリンクを軽やかに投げる。
星「ととっ、ありがとせんぱい」
すもも「さすがは部長。気が利きますなぁ」
恭司「これくらいしか俺にできることはないからな」
恭司「最近、放置してばっかでごめんな」
ここ一か月、脚本制作と下準備で手一杯だったから、ふたりの練習をほとんど見ていない。
まぁ、雛鳥は言うまでもなく天下一品の演劇技術を兼ね備えているし、すももが頑張ってるってこともあげは先輩から聞いていたから、不安なんて微塵もなかったけどさ。
星「いいよいいよ。せんぱいは下準備で忙しいもん。それにわたし、ひとりに慣れてるし」
恭司「さらっと自虐する癖は直そうな?」
すもも「おっ! きーくんや、その手に持っているのはもしや、脚本の完成稿ではないですかな?」
恭司「ご名答。ついさっき、藤沢が書き上げた初稿だ」
星「わぁすごいっ! わたし、一読者として物語の結末がどうなるか楽しみで楽しみで! おかげで中間の数学、赤点ギリギリだったよ~」
雛鳥、お前も演劇のために成績を犠牲にした類か……
恭司「ごめんなほんとに。失った成績は、後で藤沢が補完するから」
すもも「いや人任せか~い」
恭司「だって俺、一年の頃から数学一桁代だし」
星「せんぱい、よく進級できたね……」
単位がなければ進学できないと言いつつも、留年されては新入生の枠、つまりは教育費を払うカモを一匹逃してしまうことになるので、学校側としてはなんとしても進級させたいというのが本音なんだろう。
……と、この辺は私立高校の闇だからあまり踏み込まずにここらでおしまいにして。
ふたりにプリントアウトした原稿を手渡し、段差に腰かけ目を通していく。
………。
……。
恭司「アリシアぁ……」
二十分ほどして、どことなく既視感のある言葉を漏らしたのはほかでもない俺自身で。
星「うぅ、せんぱい人前で泣いて恥ずかしくないんですかぁ」
恭司「そう言う雛鳥だって泣いてるじゃないかぁ」
星「だって……うぅ、アリシアぁ~」
これが、鬼才と謳われる藤沢瑠奈が書き下ろした脚本。
そりゃこのレベルなら二冠して当然だよなって、素人目にも思ってしまう。
だって、戯曲形式でキャラの葛藤がここまで伝わるなんて普通はありえない。
すもも「……そっかぁ。クレイシアはアリシアを救済しないのかぁ」
と、この場で唯一、アリシアの死というラストに着目せずに、サブヒロインの予想外の動向に唸っているのは、クレイシア役を演じる予定のすももである。
すもも「クレイシアは振られて、アリシアは恋が成就しないまま命を落として、シュピレシアは哀しみのどん底に落ちたまま命を絶って」
すもも「……これってどうなの監督?」
すももが疑問を覚えるのもわかる。仮にこれが万人受けを狙ったエンターテイメント作品なら、間違いなく企画落ちするだろう。
恭司「過程も含めて、悲劇としてみれば非常に完成度の高い作品だと思うよ。事実、読んだ人はアリシアかクレイシアか、どちらかに感情移入してる」
けど、俺たちがするのは演劇だ。大きく括ればエンターテイメントだけど、エンターテイメントとはちょっと違う。
だからバッドエンドの悲劇だって許されるし歓迎される。
むしろ、ミュージカルの名作のほとんどは悲劇だ。
すもも「そっか。……ならいいのかな」
肯定したにもかかわらず、依然としてすももは煮え切らない。
恭司「どうした? なにか不満でもあるのか?」
すもも「いやぁ、戯曲オタが歓喜してるだけなら考えものだなぁって思ったけど……」
すもも「ま、雛ちゃんのウケもいいなら問題ないのかな。あとは関ケ原まで驀進するだけだっ! 驀進驀進っ!」
恭司「……ならいいんだけどさ」
幼なじみという関係は便利で。そしてたまに厄介で。
言葉を交わさなくても、思いを通わせることができる。
それはメリットしかないように見えるけど、実はそうでもなくて……
星「どしたのせんぱい?」
と、声の先に意識を向けると、立ち上がった雛鳥が俺の顔を覗き込んでいた。
恭司「……ちょっと考えごと」
星「へぇ、ひとりで抱え込むなんてせんぱいらしくないね」
星「わたしでよければ、いつでも相談してよ。力になれるかはわからないけど、少なくとも気持ちは楽にはなるだろうからさ」
恭司「雛鳥……」
成長したなぁ……なんて親みたいなことを思いつつ、隣で指を絡めて頭上に伸ばす雛鳥を見上げると、偶然にも服と肌の間に生まれた隙間からへそ。そして白いブラ……
恭司「っし、じゃあふたりの稽古風景を見せてもらおうかな。さぁ! 俺を感動させてみろ!」
すもも「いや立ち上がった意味よきーくん。座ってなさいな」
恭司「いいや! 役者と演出は一連托生! 俺には不動明王の如く仁王立ちしてふたりを見守る義務があるんだ! ふんッ!」
そう、決して眼福なんて思っちゃいけない。そういう邪な考えが部の空中分解を誘致するんだってあげは先輩も言ってたし。
星「うん。立派な姿勢だと思うよ、せんぱい」
と、隣から見上げてくる雛鳥は屈伸運動をしていて、動くたびにちらちらと服と生肌の間に生まれた空間から思っていたよりも大きく立派なふたつの膨らみが……
恭司「……成長したな雛鳥」
ここまで来たら、もはや疑う余地もない。
敗北を意味するため息をつき、俺は雛鳥の両肩を掴んで噛んで含めるように言う。
恭司「だが安心しろ。俺はおおかみじゃない。後輩の下着が見えたって絶対に発情しないから」
星「後輩の下着? …………ぁ」
てっきり俺をからかっているんだとばかり思っていたが、どうやら今のは雛鳥にとって不慮の事故だったらしい。
雛鳥はみるみる顔を赤く染め上げ、片手で胸を覆いながらキッと俺を睨み据えてくる。
星「せ、せんぱいのえっち……」
恭司「……まぁこの状況で頑なに否定はできないよな」
偶然とはいえ、見ちゃったわけだし。
すもも「きーくんさぁ、そういうことは思っても言わない努力しようよ」
恭司「なに言ってる。仲間内で隠しごとはダメだろ」
すもも「どの口が言うんだか……」
なに呆れてるんだお前は……と思ったけど、そういえば俺はずっと隠しごとをしたままだった。
その時が来たら明かそうと思っているけど……この調子ならその瞬間は訪れなさそうだ。
………。
……。
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