見出し画像

星色Tickets(ACT2)_SCENE24

※共通(シナリオ分岐あり)

//背景:演劇会場_客席

小波「A7、A7……」
アリス「こんにちは。岸本小波ちゃん……で合ってるかな?」
小波「あっ、こ、こんにちはっ! はい、岸本小波です!」
小波「そう尋ねてくるってことは……」
アリス「恭司くんの担任をしています。千代崎アリスです」
小波「うわぁ~お兄ちゃんから聞いてたけど、想像以上に綺麗なひとだなぁ……」
アリス「ふふ、ありがと。思ったことがすぐ口に出ちゃうのはお兄ちゃん譲りなのかな」
小波「あ、すいませんっ! ……えーと、アリス先生って呼べばいいですか?」
アリス「アリスちゃんでもいいよ」
小波「いや、それはちょっと馴れ馴れしすぎるのでアリス先生で」
アリス「ふふ、そう気を使わなくていいのに」
アリス「ところで小波ちゃん、座らないの?」
小波「その、ここって来賓のひととかが並ぶ席ですよね? 改めて考えてみたら、わたしなんかが末席を汚すような真似しちゃっていいのかなって……」
アリス「末席を汚すって、中学二年生なのによくそんな難しい言葉知ってるね」
アリス「……内緒の話だけどね、この席は恭司くんが主催者の人に頭を下げて用意してもらった席なんだよ」
小波「……そんな気はしてたけど、お兄ちゃん、またわたしのために無理して……」
アリス「小波ちゃんが落ち込んでたら、恭司くんの苦労が報われないよ?」
アリス「それに恭司くんだけじゃない。青海さんも藤沢さんも雛鳥さんも、みんなみんな、小波ちゃんを想って毎日必死に演劇のお稽古をしてた。だからきっと、みんなの想いが小波ちゃんの胸に届くはずだよ」
小波「……わたし、泣けるかな。お兄ちゃんのためにがんばって泣かないと……」
アリス「大丈夫、小波ちゃんは泣けるよ」
小波「どうしてそう言い切れるんですか?」
アリス「だってあの子たちは、これから小波ちゃんのために演劇をするんだもの」

………。

……。

//演劇会場_控室

落ちていく桜の花びらを部室からぼんやりと眺めていた放課後。

あの頃は、夢を抱き、周囲に熱烈に夢を語りながらも、心のどこかで疑っていた。誰も俺についてきてはくれないんじゃないかって。

自信満々で向こう見ずに突っ走りながらも、俺は不安に駆られていた。

米山「お待たせしました。すいません、時間を掛けてしまって」
恭司「いいや、全然早いよ」
恭司「米山さんがいなきゃ、間違いなく着付けにもっと時間がかかってた。ありがとう。夏休みの貴重な時間を割いてまで手伝ってくれて」
米山「福原先輩の頼みですから」
米山「それに、私も見たいんです。誰より懸命に努力した岸本くんの青春劇がどんな結末を迎えるのか」
恭司「それは三人の役者次第かな」

だから、舞台衣装に着替えた三人の姿を見てほんのり涙ぐんでしまう。

あぁ、ついにここまで来たんだなぁって。

瑠奈「しくじったなぁ。やっぱりシュピレシア役は青海さんに押しつけるんだった」

作中、唯一の男性であるシュピレシアを演じる瑠奈は、糊の効いたタキシードを着ていて、今の彼女は俺なんかよりよっぽど男前に見える。

ここに演技が加われば、誰もが彼女を男性と錯覚することだろう。

すもも「ひーん。肩からうなじまで全開だよぉ~。これはちょっと恥ずかしいなぁ……」

シュピレシアに好意を抱く夏の精、クレイシアを演じるすももは、顔を赤らめながら自分の身体を抱き締めている。

繊細なレースとフリルがあしらわれた空色のドレスは、まさに俺が理想としていたもので、ここまで完璧に要望に沿ってドレスを仕上げた家庭部の技量には脱帽してしまう。

ちなみに肩からうなじまで大きく開けるようにしてほしいと頼んできたのは脚本家で、そこにどんな意図があるのかは最後まで教えてくれなかった。

天才の考えることは、凡人にはよくわからんのですよ。

星「うわぁ~! すごいすごいすごいっ!」

きゃっきゃっと騒ぎながらくるくる回る雛鳥は、まさしくアリシアそのもの。

雛鳥にあてがわれた桃色のドレスは、すもものドレスとほぼ変わらない構造をしているが、さすがというべきか、露出云々などと言うことなく当人は衣装の完成度に感動している。

米山「どうでしょう? 三着とも我々家庭部の総力をもって仕上げた自信作なのですが」
恭司「最高だよ米山さん。みんな最高に似合ってる」

たった三人。けれども、これで総キャスト。

三人で物語を完結させたいっていう脚本家の大言壮語にも思える初志は、結局最後まで揺らぐことなく、最高の物語を紡ぎ終えてしまった。
 
だから、これが俺たちのベスト。
 
ほかの出場校に比べて、圧倒的に役者が少なく、部員も少なく、練習量も少なく……

そんな少ない尽くしの俺たちだけど、この二週間だけは、誰よりも努力したって自負してる。

恭司「すもも、雛鳥、瑠奈。絶対勝ち進もうな。全国最優秀賞目指してがんばるぞー!」
すもも・星・瑠奈「…………」
恭司「おー……ってみんな反応薄くない?」
瑠奈「そんな今更な激励よりも、衣装を見て恭司がどう思ったか感想を伝える方が、断然効果があると思うんだけど」
恭司「? まぁ三人が望むならお安い御用だけど……」

瑠奈の助言に従って、三人の衣装を見ての率直な感想を告げると、すももと雛鳥は照れて、瑠奈は剥れた。

なんで発案者の反応がイマイチなんだよ……

………。

……。

//演劇会場_ステージ裏

緞帳が下りている間に鳥かごで早着替えした役者は、そこで小さなトラブルがあっても、緞帳が上がれば、不安なんてまるで感じさせない清々しい表情で演技をはじめる。

これで三校目。

七月の末に二日間かけて行われる地区大会には総勢十一の学校が参加しており、その中で風宮高校だけは演劇部と演劇サークルが別々に出場しているので、総勢十二の演劇部がこの大会で競い合っている。

今日は大会二日目。校数はちょうど半々になっているので残すは三校となる。

県大会行きの切符を手にできるのは、地区大会に出場する十二校中六校。

で、全国行きの栄えある賞を入れられるのは、県大会に出場する十七校中三校。

そして、全国最優秀賞の栄冠を勝ち取れるのは、全国大会に出場する十二校中一校。

とまぁ、これは去年の情報だからちょっと誤差があるだろうけどだいたいこんな感じだ。

こうやって羅列してみると、通過率が五十パーセントある地区大会はイージーに思えるがそんなことはなく、というのも俺たちのいる地区は演劇激戦区で、過去に全国最優秀賞を獲得した実績もあるお隣の農林高校が、たった今上演していたりする。

恭司「……」

さすがは全国常連校といったところか。遠目からでもわかるくらい、これまでの演劇とは熱の入れ具合が違う。

と、ちょっと次元の違うあの高校は置いといて。

舞台裏に徹し続けて気づいたけど、どうやら本番で恙なく進行できるのは稀のようだ。

どの高校も、なにかしらのイレギュラーが起きている。照明器具の不具合だったり、暗転している間に転んでしまったり。

ほんと悪魔でも潜んでるんじゃないかってくらいに多種多様な困難が、この日のために努力してきた役者たちを襲っている。

恭司「……」

たぶんというかほぼ間違いなく、緊張が原因だろうな。むしろこんな大人数の前でも少しも緊張しない肝の据わった役者がどれだけいるのか。

きっと多くはいないはずだ。本番で百パーセントが発揮できるのなら、それは立派に才能と呼べるものだろう。

劇伴が悲調を帯び、照明の光量が落とされる。

おそらくは起承転結の〝転〟にあたる部分。終わりのときは近い。

次は四校目。つまり俺たちの番だ。

恭司「……」

//背景:演劇会場_関係者通路

この物語がどんな結末を迎えるのかすごく気になるけど、心を鬼にして控室に戻る。

今日の俺は、風宮高校演劇サークル部の監督兼演出だ。お客さんをするために、この場所に足を運んだんじゃない。

だから、今、俺がすべきことは、本番を前に緊張している役者の肩の荷を下ろすこと。

//SE:扉の開く音
//背景:演劇会場_控室

こんなこともあろうかとアイスブレイクのためにすべらない話を用意して……

星「そこのガトーショコラがすっごくおいしいんです! その……なんていうのかな、ふわふわ感? がすごくてすごくてっ!」
瑠奈「で、いつも通りせどりさんしたわけね。ほんと、すごい技量だこと」
星「本家に勝るか劣るかはわかりませんけど、まぁ模倣はできたかな」
星「けど、な~んか違うんです。その……しっとり感? がうまく出せなくて」
すもも「ふわふわ感にしっとり感かぁ。うーん、モモさんにはよくわからん次元の話ですなぁ」
瑠奈「なるほど。青海さんは、バレンタインを出来合いで済ますとかいう近代の若者の感性の欠如が露骨に表れた残念系女子高生のひとりなのね。まぁ私もその予定だけど」
すもも「いや、藤ちゃんもかーい。……って予定?」
星「大丈夫ですよ。わたしが教えますから」
星「あ、明日って予定ありますか? よかったら打ち上げで食べるイタリア菓子いっしょに作りませんか?」
瑠奈「雛鳥さんがそこまでしてイタリア菓子に執着する理由が私の中で永遠の謎になりつつあるんだけど……」
恭司「……あいつらすげぇな」

ドアを開けてすぐ、三人が雑談に花を咲かせていることに気づき耳を傾けてみれば、いや、まさかおかしお菓子な話をできるくらいに余裕があるとは。

恭司「……ふぅ」

となれば、あとは監督次第だな。

落ちつけ。落ちつくんだ俺……

こんなときはアレだ。マインドフルネスだ。

//演出:暗転

目を閉じて、全神経を血流の巡りにフォーカスして、まずは爪先から……

??「ふ~」

//演出:暗転解除

恭司「ひゃんっ」
??「はは、猫みたいな鳴き声」

そりゃ突然耳に生ぬるい息を吹きかけられたら、誰だって変な声をあげちゃうよ。

と、そんなフランクな接触を図った時点で、声を掛けてきた人物が知り合いであることは明確で、こんな馴れ馴れしく話しかけてくる部外の女の子は、ひとりしか思い当たらない。

あげは「それで岸本。いつから覗きに目覚めたの?」
恭司「役者をそんな目で見てちゃ監督失格でしょ……」

あげは先輩はけらけらと笑い声をあげる。

久しく顔を合わせていなかったけど、先輩はいつも通りだ。

……そう、いつも通り。

恭司「お疲れさまでした」

だからその話題を避けるという道もあったけど、やっぱり礼儀として……いや、先輩の努力を賞賛するために、俺は頭を下げて労いの言葉を口にした。

先輩の所属する風宮高校演劇部の上演は、今日の朝一番に行われた。

結果は聞かずとわかっているようなものだった。

役者の演技と演出がまるで噛み合っていなくて。それは結果が絶望的ってことと同義で。

そのことは、舞台に立って主役を演じてた先輩が誰よりもわかっているはずなんだ。

夏が終わったって。青春が終わったって。県大会出場の夢が潰えたって。

誰よりも、先輩自身が、自覚しているはずなんだ……

あげは「そんな顔で労われちゃ、お疲れさまってよりもご愁傷さまって感じなんだけど?」

そう言ってからかうように微笑みかけてくる姿に、俺は堪らなく苦しさを覚える。

目尻が真っ赤だから。傷跡が見えているから。

言われなくとも、先輩の心が不安定だってわかってしまう。

あげは「ねぇ岸本」

壁に背中を預け、遥か彼方で瞬く星々を見つめるように、先輩は通路の照明を見上げる。

あげは「約束、覚えてる?」
恭司「もちろん。俺、約束絶対守るマンですから」
あげは「はは、責任お化けかよ~」

楽しげに微笑んだかと思えば、先輩は少し寂しさの滲んだ真面目な面持ちになった。

あげは「よかった。あたしとの約束以外にもがんばる理由ができたみたいだね」
恭司「はい。俺、全国最優秀賞を目指して、みんなと少しでも長く過ごしたいです。だから絶対県大会出場権を勝ち獲ります」
あげは「うはぁ~。強気だなぁ~。……ねぇ、ひとつわがまま言っていい?」
恭司「構いませんよ。できる限り善処します」
あげは「ありがと」

先輩は、今にも泣き出しそうな笑顔を向けてきた。

あげは「……あたしの夢、岸本に託してもいいかな?」
恭司「なに言ってるんです。先輩も明日から岸本海賊団の一員ですよ」

最初からわかっていた。ほんとはこんなことをする気持ちの余裕はないんだって。

けど先輩は俺のために、自分の気持ちを棚に上げてくれた。俺がまだ迷ってるんじゃないかって、心配してここまで駆けつけてくれたんだ。

恭司「今日は先輩がいないから萩原にバーターしてもらうけど、次に県で公演するときは先輩も俺と同じ演出家です」

それほどまでに、俺たち演劇サークルの行く末を気に掛けてくれたんだ。

恭司「だから先輩、託すなんて言わないでよ。それじゃまるで諦めるみたいじゃないですか」

だから先輩はもう……いやかなり前から俺たちの〝仲間〟で。

恭司「先輩には何度も助けてもらいました。次は俺が助ける番です」

となれば、悲しみに暮れる仲間を放っておくわけにはいかない。

まぁ仲間だろうがなかろうが、先輩が困ってるなら無条件に助けるんだけどさ。

あげは「……は、はは、助けるって、なんだよぉ……」
恭司「先輩の努力を無駄にしないってことです。今日は、演劇部部長としての終着点であると同時に、演劇サークル部の一員としての出発点です」
あげは「やめてよ岸本……それ以上優しくされたらあたし本気で岸本に惚れ――」
恭司「大丈夫、俺たちは先輩の努力を蔑ろにしたりなんかしないよ」
あげは「~~っ! ああもうっ! 岸本のばかぁ! ばかばかばかぁ~」

そっぽを向いていた先輩が、勢いよく俺の胸に顔を埋めてくる。

あげは「全部岸本のせいなんだからね? あたしはちゃんと一線引いてたんだからね?」
恭司「そんな線引かないでよ先輩。そんなことされたら先輩に寄り添えないじゃん」
あげは「は、はは岸本ってほんと鈍感すぎて……ひぐっ、あ、やばいかも。涙が……」

常に俺を先導し続けた先輩。けど、人間である以上無敵じゃない。

俺はずっと舞台裏に控えていたから、先輩と演劇部員のやり取りを耳にしていた。

先輩の指示を、演劇部員はことごとく理解していなかった。だから、演技と演出はまるで噛み合わなかった。

緊張が原因だなんて言い訳はできない。準備不足が招いた予定調和だった。

恭司「堪えなくていいですよ。好きなだけ泣いちゃってください」

そんな一幕を見て、俺は死にたいくらいに悔しくて苦しくて泣きそうになった。

どうして青春を削って本気で部活に打ち込んだ先輩がこんな目に遭うんだろうって。

恭司「先輩はよくがんばったよ。俺はずっと見てたから知ってるんだ」
あげは「ぅううう……あ、あああぁ……」
恭司「がんばったね、あげは。涙は精いっぱい努力した証だよ」
あげは「あぁあああぁあああ!」

先輩の涙が、俺の胸に染み渡っていく。

涙という努力の結晶体が、俺の覚悟をより熱く、煮えたぎらせていく……

星「じゃ、わたしせんぱい呼んで……せんぱい?」
恭司「悪い雛鳥。すぐに戻るから、少しだけ俺なしでミーティングしてて」
星「……うん、わかった。えへへ、いいもの見ちゃった」

はて、なにがいいものなんだか。

控室の扉が厚くて外部からの音が届かない構造になっているのは救いだった。そうでもなきゃ先輩は、三人を気遣って涙を無理やり堪えてしまうだろうから。

悲しいときに泣かないと、心はパンクしてしまう。

我慢は強さなんかじゃない。

楽しいときに笑って。悲しいときに泣いて。

それでいいんだ。

感情に正直でなくちゃ、ひとは自分を見失ってしまう。

あげは「ごめん……ごめんね、岸本ぉ……」
恭司「気にしないでください。あいつらは俺がいなくても大丈夫ですから」

小波が自信も自身も見失ってしまったように……

………。

……。

//演劇会場_ステージ

演劇部員1「舞台配置終わりましたー。確認お願いしまーす」
恭司「はーい。……うん、問題なし。いい働きぶりだぞふたりとも」
演劇部員2「へへっ、わたしたちは恭司先輩の助っ人隊なのでっ! じゃ、ご褒美になでなで!」
恭司「しません」

先輩と、惜しくもメンバー入りできなかった演劇部の一年生ふたりが、設営担当の主軸。

なにぶん人手が足りないので、設営は手の空いているひと全員で協力して行う予定だ。

設営と撤去は三十分以内にしないと減点か失格になるっていう大会ルールがなかなか酷だなぁと思っていたが、これだけ人手が集まれば問題なさそうだ。

隼人「なぁ恭司、ほんとに俺がこんな重要な役割を担っていいのか?」
恭司「むしろ萩原の他に適任はいないよ。この物語はわりかしシェイクスピアの影響を受けてるからさ。となれば、お前の出番だろ?」
隼人「なるほど。……まかせろロミオ。俺がお前をジュリエットの元に連れてってやる!」
恭司「マキューシオもベンヴォーリオも否定的だったけどな」
隼人「そこは乗ってくれよ……」

で、突き出した拳を下ろしてがくんと項垂れる萩原が照明担当。

恭司「わざわざ悪いね米山さん」
米山「私が好きで来ているんです。それに、本番にトラブルは付きものですから」

そして、舞台裏には衣装担当の米山さんが控えていて。

恭司「久松、どうだ?」
久松「うん、問題なし。で、恭ちゃんの指示通り劇伴流すのは俺でいいよね?」
門田「は? 俺だけど。お前、恭司からの指示の行間読めんの?」
久松「は? 行間なんて読まずに指示通り動くのが一流のプロフェッショナルでしょ?」
門田「っし、ちょっと表出ろ久松」
久松「上等じゃん。いい加減ぶちのめしてやるよこのデコ助」
恭司「頼むから本番中は喧嘩するなよ?」

音響担当の門松コンビもバックに控えてくれている。

恭司「三人とも調子はどうだ?」
星「さい~っこう! 早く演じたくて心臓爆発しそう! ワクワク!」
瑠奈「雛鳥さん、あなたそんなキャラだったっけ? ま、元気なのはいいことだけどね」
すもも「あれあれ? いつもの毒舌がないけど藤ちゃん、さては緊張してる?」
瑠奈「そんなはずないでしょ。だって観客は実質ひとりだもの」

そんな万全……とはいいがたいけど、最低限度のバックアップがある中で演じる三人も、どうやら心身ともに問題はなさそうで、準備はこれ以上にないほど整ったと言える。

残り二分。

幕が上がれば、俺たちの時間がはじまる。

小波を泣かし、県大会出場権を勝ち獲る戦いがはじまる……

恭司「すもも、雛鳥、瑠奈。こんなときに言うのもなんだけど、ほんとうにありがとう」
すもも「ほんと今更だなぁ……でもまぁ、きーくんらしいっちゃきーくんらしいか」
恭司「俺、ずっと舞台裏で他の高校の演劇見てたけどさ、正直、どこも俺たち以下だと思ったよ」
瑠奈「親馬鹿みたいなこと言うのね。けどまぁ、妹ちゃんの件を除けば恭司の言うことに嘘偽りはないから、それが事実なのかもしれないわね」
恭司「なのかもじゃないよ。事実そうなんだ。お前たちは最高で最強なんだ」
星「はは、せんぱい、強豪校のコーチみたいになってる」
恭司「監督はコーチみたいなもんだからな」
恭司「だからさみんな。自信をもって暴れてこい」

俺が拳を突き出すと、三人がこつんこつんと拳をぶつけてくる。

恭司「大丈夫、俺たちは絶対に負けない」

そう、俺たちはこんなところで負けたりしない。

恭司「俺たち演劇サークルの物語は、ここからはじまるんだ」

………。

……。

この記事が参加している募集

#創作大賞2024

書いてみる

締切:

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?