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「なんだかんだでカップラーメンが至高です」_第1話

〇登場人物
五津光(いつつ・ひかる/23歳)
 主人公。料理評論家になるという夢に破れたフリーター。なんだかんだでカップ麺が一番うまいと気づき、カップ麺を愛している。
榊原仁枝(さかきばら・ひとえ/24歳)
 大手出版社に所属する編集。早くも落伍危機にある入社二年目。
東雲ルイス(しののめ・るいす/19歳)
『自称』家出少女。『自称』日本と欧米のハーフ。光の腹違いの妹。
美川井御菊(みかわい・おきく/23歳)
 ライター志望。大学時代の光の彼女。現在は不明。どちらも別れ話を切り出してはいないが、連絡を取り合ってもいない。そんな期間が早半年。
五津道雄(いつつ・みちお/49歳)
 光の父親。料理評論界隈の重鎮。

〇コンビニ_夜
光「ありがとうございました」

店を出ていく客に頭を下げる光。

店長「お疲れさん。今日はもうあがっていいよ」
光「はい。お疲れ様です」
店長「にしても、あのカップラーメン即完売だったなぁ」

カップラーメンコーナーの棚のひとつが空になっている。

光「ま、あれを買わなきゃ通とは言えませんよねぇ」
店長「さすがカップラーメンとストロングさえあれば生きていける意識低いい系フリーター」
光「あはは」
光「今のパワハラ、ストロング奢ってくれるなら聞かなかったことにしますよ」
店長「そう言うと思って既に冷蔵庫に入ってる」
光「さっすが。ではお先です」

〇帰路_夜
人気のない静かな夜の街。季節は九月。

光「もう半年か」

カップラーメンとストロングの入った袋を見やる。

光「…なんだかんだカップラーメンが一番うまいんだよな」

御菊(過去)『たった一社で諦めちゃうわけ!?』

光「…その一社にすべてを賭けてたんだよ」

光「(カップラーメンとストロングさえあれば俺は生きていける)」
光「(後悔なんてするだけ時間の無駄だ)」

高層マンション。
オートロックを解除しエレベーターに乗る。

〇光の家の前_夜
家の前に糊の効いたスーツを着た女性がいる。

光に軽く視線を流す女性。
口を「あ」の形にし、光に迫る。

仁枝「夜分遅くにすみません。五津光さん、でまちがいありませんか?」
光「あ、はい。そうですけど」
光「(誰だ? ここまで来れたってことは親父の関係者か?)」

ほっと息をつく仁枝。
名刺を差し出して、
仁枝「申し遅れました。私は榊原仁枝と申します」
仁枝「この度は光さんにお依頼したいことがあり足を運びました」

光「(し、清朝社!? え、超大手出版社じゃん! たしかあいつも…)」
光「(…今頃なにしてんのかなあいつ)」

光「えと、改めてにはなりますが五津光です。申し訳ないですが、親父なら今不在で…」

キッとまなざしを鋭くする仁衣。ぎょっとする光。

仁衣、はっとし、
仁枝「失礼致しました。まぁあの放蕩ジジイには初めから期待しておりませんのでご安心ください」
光「(今、放蕩ジジイって言わなかったか?)」

仁枝「私が期待しているのはご子息である光さんです」

仁枝、光の手を握りしめて、
仁枝「私のパートナーになっていただけませんか?」
光「え?」

〇光の家
広々とした部屋。最低限の家具しかない。

仁枝「――というわけでして」
光「なるほどなるほど」

光「(俺の親父は国内屈指の実績と知名度を持つ料理評論家だ)」
光「(その親父が音信不通になったようで、その穴埋めという形で、俺に手を貸してもらいたいらしい)」

光「(親父の音信普通は珍しくない。が、今回ばかりは期間が長すぎてじっとして居られないとのことだ)」
光「(契約条件は悪くない。ただ……)」

光「申し訳ありませんが、お断りさせていただきます」
仁枝「っ! 条件に不安があるのですか?」
光「いいえ、俺の私情です」

光「(料理評論家の仕事――料理評論にその評論を踏まえての本の執筆」
光「(どちらも俺がやりたかったことで…)」
光「(そしてどちらも半年前に潰れた夢だ)」

光「(その夢を親父の威光で叶えるだなんて…)」

御菊(過去)『いいわよね。七光りは名前を売る手間が省けて』
光(過去)『いやいや、俺は自分の実力で成り上がるから見てろって』

歯を噛み締める光。

光「ご期待に沿えず申し訳ございません」
仁枝「…んなの」
光「え?」
仁枝「黙って聞いていればなによそれ!」

勢いよく立ち上がる仁枝。

仁枝「私情? はっ、そんなのが社会で通用するわけないじゃない」
仁枝「GW休み返上、お盆休み返上、新年を家族と明かすのなんて甘い蜜を吸ってる上層部の偉い連中だけ」
光「(うわぁ~、ブラック~)」

踵を光の顔の真横に叩きつける仁枝。
タイツの下のパンツがうっすら見えることも厭わずに光を睨みつける。

仁枝「あたし、新卒二年目でリストラなんてごめんなの。だから手伝いなさい」
光「それこそ私情なんじゃ…」
仁枝「返事は〝はい〟よ?」

光「(あ、この感じ知ってる)

御菊(過去)「〝やる〟か〝やらないか〟じゃない。〝やる〟しか返事は認めないんだから」

光、頬をやわらげて、
光「…はぁ、わかりましたよ」
仁枝「返事は?」
光「…はい」
仁枝「よろしい」

にっこりとご満悦の仁枝。

〇オフィス街
スーツ姿の光。高層ビルの前に落ち着かない様子でいる。
光「…ここでいいんだよな?」

道路の脇にタクシーが止まる。仁枝が降りてくる。

仁枝「おはよう。ちゃんと時間守れて偉いじゃない」
光「社会人なら当然のマナーですよ」
光「(まぁカップラーメンとストロングを禁止されてなかったら、今頃部屋でいびきをかいてるだろうけど)」
仁枝「ではいきましょうか」

エントランスでたじたじの光と一切物怖じしない仁枝。
エレベーターで最上階に。

〇評論部屋
広々とした部屋には、コック帽をかぶったシェフが大勢いる。

仁枝「お待たせいたしました。五津様をお連れいたしました」
光「ちょ、榊原さん」
仁枝「しっ、黙ってなさい」
光「(昨夜あなた老舗の新作を味見するだけって言ってましたよね?)」

シェフ1「彼がミスター五津か? こりゃまた随分若いな」
シェフ2「自分ももっと老成された方だと思っていました」
シェフ3「うわ、男かよ。女かと思ってたのに」

光「(よかった。親父が顔出ししてないおかげで怪しまれていないみたいだ)」
胡乱な目を向ける何人かのシェフ。
光「(…いや怪しまれてはいるか)」

仁枝「では早速、五津様のご講評に入らせていただきます」
光「(この人、編集なんだよな?)」

机に並ぶ煌びやかな料理の数々。
咽喉を鳴らす光。

光「(見ればわかる。どれも俺が食べたことのない超高級料理だ。たぶん、一口で俺の時給が溶けるほどの)」

スプーンでフカヒレスープをすくう。

光「(所作のひとつひとつに気を配って…)」
シェフ1「ん?」
若干訝る。

丁寧にスープをすする光。

光「っ!?」
光「(おいおい、なんだこれうますぎんだろ! うますぎてうまい以外の言葉が出てこないぞ!)」

仁枝「んんっ、五津様。ご講評を」
光「はっ!?」

じっと光を見つめるシェフ1。

光「…えっと」
光「(どんな感想を求めてるんだ? そもそもこの料理のコンセプトはなんだ? 考えろ考えろ……)」
光「…まず第一印象なのですが――」

〇帰路_夜
仁枝「ふぅ。なんとか乗り切れたわね」
光「乗り切れたんですかね…」

光「(初陣は散々な結果となった)」
光「(緊張で頭がまわらなくて、そもそも知識不足で見当違いなことを言ってしまって)」
光「(それでもやり過ごせたのは、榊原さんのサポートがあったからだ)」

光「…やっぱり俺、この仕事向いてないんだと思います」

光に視線を送る仁枝。

光「半年前も三次面接で落ちてるし…」
光「榊原さんも俺が親父の息子だから雇いにきたんですよね?」

ため息をつく仁枝。

仁枝「…ま、それも一因だったのは事実よ」
光「(やっぱりか)」
仁枝「けど、それだけじゃない」

仁枝「あなたがこれまでネットに投稿したコラム、惜しくも落選してしまった会社の採用担当の総評、そして道雄さんが語るあなたの人物像を聞いて、この役はあなたが適任だと思ったの」
光「え?」

コンビニ袋をあさる仁枝。
光の頬にストロング酎ハイを当てて、

仁枝「今日はお疲れ様。これからもよろしく頼むわね」

満面の笑みの仁枝。

光「榊原さん…」
光「(いつ以来だろう。料理方面で、父親という比較対象なしに評価されたのは)」

仁枝「あと、これからあたし光くんの家で暮らすから」
光「は?」
仁枝「あなた、放っておいたらカップラーメン食べそうだし。まずは味蕾を鍛えるところからよ。金輪際、カップラーメンは禁止ね」
光「ちょちょ、え? それはちょっと違いません?」
仁枝「返事は〝はい〟だけしか認めないから」

にっこり笑う仁枝。

光「…はぁ。わかりましたよ」

光「(こうして、俺の夢の続きと、榊原さんのリストラを回避するための物語が…)」

ゴミ捨て場で、キャリーケースを枕にして寝つく金髪の少女。
光&仁枝「…」
光「どうします?」
仁枝「とりあえず、家に連れていきましょうか」
光「あの、俺の家なんですけど」
光「…これって誘拐にはなりませんよね」
仁枝「な~んか匂うのよねえ」
光「俺の話聞いてます?」

光「(訂正。俺たちの物語がはじまった――)」

―第1話_FIN―











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