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星色Tickets(ACT2)_SCENE20

※共通(シナリオ分岐あり)

//背景:病院_夜

恭司「じゃあふたりとも、いい時間だから気をつけて帰るんだぞ」
すもも「えぇ~めんどいっ! 泊めてっ!」
恭司「公共施設だから云々って言ってたのお前だろ……」
恭司「それともなんだ、俺と一緒に寝るのか?」
すもも「アリよりのアリですな。子供の頃はよく一緒に寝てたし」
恭司「いや、子供の頃の話だし。もう高校生だし」
星「青海せんぱいが泊まってくなら、わたしも泊まっていこうかな」
恭司「なんで泊まる方向で話が進んでるんだよ……」

時刻はいよいよ二十三時を回り、明日まで残すところ一時間弱。

こんな夜間に女子高生ふたりを帰すのは若干……いや、かなり気が引けるが、生憎ここは俺の家ではないので、じゃあ泊まっていいよと二つ返事するわけにもいかず。

すもも「なんて冗談冗談。じゃあ雛ちゃん、帰ろっか」
星「え、泊まっていくんじゃないですか?」
恭司「本気だったのかよ……」

//演出:星ルート選択時のみ再生

本気で戸惑っている雛鳥を見て気づいたが、そういえば雛鳥が冗談とか嘘をついている場面ってほとんど見たことがない気がする。というより、一度もないかもしれない。
 
やっぱり正直でまっすぐな子なんだな、雛鳥星って子は。

星「だって、せっかくのチャンスだし……」
恭司「チャンス?」
星「あ……」

まぁ、正直すぎて心境が露骨に表出しちゃうのも考えものだけど。

ところで、チャンスと赤面にどんな因果関係があるんだ?

//共通

恭司「ま、なんにせよ帰り道に気をつけて。すもも、雛鳥のことよろしくな」
すもも「まかせんさい。じゃ、雛ちゃんいこっか」
星「あ、はい。……えと、おやすみせんぱい」
恭司「うん、おやすみ。すもももおやすみ」
すもも「おやすみ~。可及的速やかな回復に努めるのですぞ~」
恭司「言われなくともそうするさ」

何しろ大会当日までもう一か月を切ってるんだ。

すももと雛鳥がいなくなると、途端に部屋はしんと静まり返る。

頬を撫でる夜風と仄かに差し込んだ月明りが、安らかな一時をもたらす。

ほんの三時間ちょっと寝ただけだけど、熱は完全に引いていた。

俺は、突発的な発熱で緊急搬送されたらしい。原因は過労。俺が寝ついている間に、小波が医師からそう告げられたそうだ。

過労か。……いつかはこんな日がくるかもと思ってたけど、まさかほんとにくるとは。

これから演劇に本腰を入れるにあたって、バイトの数は少し減らさなくちゃな。

//演出:志那ルート選択時のみ再生

……と、忘れてた。志那ちゃんにお礼のメールを送らないと。

恭司「送信完了っと。って既読はっや!?」

今の速さはやばいだろ。既読世界選手権優勝間違いなしだよ。

しーな【ご無事でなによりです】
恭司【明日スイーツ店に行くって約束、ちょっと無理そうかも】
しーな【今はまず回復に努めてください。万全の状態じゃなきゃ楽しくないです】
恭司【ごめん。埋め合わせはまた今度するから】
しーな【(ウサギがぴょんぴょん飛び跳ねるスタンプ)】

恭司「……ふう」

これでやり残したことはないな。

あとは早く復帰して、まずは藤沢に謝りにいかないと……

??「体調はどう?」

その声は、無人であるはずの隣のベッドから。

パーテーションで仕切られた隣のベッド。そこにぼんやりと見慣れたシルエットが浮かび上がっている。

恭司「……なんだ。お前も来てくれてたのか」
瑠奈「部長が倒れたとなれば当然お見舞いにくるものでしょ」

パーテーションが開き、隣のベッドに隠れていた人物が姿を見せる。

瑠奈「こんばんは、忸怩くん」

月明りを吸い込んだ濡羽色の髪が、夜風に靡いてそよと揺れる。

そこには俺の予期した通り、仲たがいしたはずの脚本家がいた。

恭司「いつからいたんだ?」
瑠奈「『お兄ちゃん?』『小波か?』のあたりからかしら?」
恭司「冒頭からじゃん」

ずっと隣のベッドに隠れてた……わけないよな。

瑠奈「部屋の外でひとり寂しく、想い人にこれっぽっちも相手にされないエポニーヌのように聞き耳立てながら、部屋にこっそり忍び込む機会を窺っていたわけだけどそれはともかく」
恭司「なんかごめんな?」

エポニーヌ……最後まで悲惨なんだよなぁ。

瑠奈「別にいいわよ。輪に加わる勇気を出せなかった私が全面的に悪いもの」
瑠奈「それで本題だけど、恭司くんが退院するまで私もこの部屋に泊まるから」
恭司「え?」

その驚きは、藤沢が当然のように紡いだ呼称に対して漏れ出たもので。

瑠奈「ようやくターゲットがわかったから、これであなたの求める作品が完成するはずよ。隣でかちゃかちゃ作業するけど、恭司くんは構わず寝てくれていいからね」

恭司くん。

それは藤沢が脱稿直後に、一度だけなにかの弾みで口にした呼称。

瑠奈「月明りって便利よね。眩しすぎず暗すぎず、適度な明るさで。まさに深夜の執筆にお誂え向きって感じ。恭司くんもそう思わない?」

やっぱり藤沢は、その違和感しかない呼称を当然のように口にしていて。

そして、当然のように俺に微笑みかけていて……

恭司「……あのさ藤沢」
瑠奈「……え、えっと、やっぱりちょっといろいろと強引すぎ――」
恭司「怒ってないのか?」

藤沢が狼狽する場面は珍しいから、ここで冗談めかしてからかえば彼女のもっと面白い一面が見られたのかもしれない。

けど、それよりも今、俺にはすべきことがある。

恭司「三日前に俺が言ったこと。怒ってないのか?」

藤沢は平然と接してくれているけれど、俺は一度彼女を傷つけた。

それも、彼女がもっとも忌むやり方で。

瑠奈「……ほんっと、恭司は超がつくくらいにお人好しなのね」
瑠奈「ひとは誰だって、感情的になったら誰かを傷つけるようにできてる。だから、恭司がしたことは生物学的本能に基づけば至極当然のことよ」
恭司「でも……」
瑠奈「そうね、妹さんのことを隠していた件は非難すべきよ。だってそのせいで、大勢のひとに迷惑をかけてしまうんだもの」
瑠奈「知ったところでみんな否定なんてするはずがないのに。そこだけは恭司の誤算よ」

弾むような口調で言い切ると、藤沢は鞄からノートパソコンを取り出し膝の上に置いた。

恭司「藤沢……」

その姿を見れば嫌でもわかる。

藤沢はまだ、やる気なんだって。

恭司「……ありがとう。ほんとうにありがとう……」
瑠奈「なに泣いてるの。約束したじゃない、恭司の夢を叶えるって」
恭司「……それでいつから俺は忸怩くんから恭司に昇格したの?」

いつの間にか〝くん〟付けの余所余所しさまでなくなっている。

瑠奈「知らないの? クリエイターの世界では少しでも会話の時間を減らすために、呼称を極限まで削るものなのよ」
瑠奈「まぁ聞きかじりの雑学だし、そもそも私クリエイターじゃないけど」
恭司「なるほど。瑠奈はなんでも知ってるんだな」
瑠奈「っ!?」

その雑学に倣えば、俺もこれからは藤沢を瑠奈と呼ばなくちゃいけない。ちょっと緊張するけどさ。

瑠奈「……ずるいって、不意打ちは」
恭司「どうした瑠奈?」

//演出:瑠奈ルート選択時のみ再生

……ちょっとじゃないな。心臓の音、瑠奈には聞こえてないよな?

瑠奈「……べつに。恭司が思ったより矜持に溢れてることに驚いただけ」
恭司「?」

つまり、どういうことだ?

ま、なんにせよ藤沢……じゃなかった。瑠奈が上機嫌なのはいいことだ。

恭司「作業する前にひとつ、瑠奈に渡したいものがあるんだ」
瑠奈「ん?」

お泊りバッグと入れ替わりで俺の通学鞄は自宅に運ばれてしまったけど、ひとつだけ、俺のお守り代わりのノートだけは置いていってもらっている。

恭司「前に言ってたよな。俺がアイデアノートを持ってるんじゃないかって」
瑠奈「これは……」

瑠奈が目を落とすのは『ようせいさんのおはなし』と書かれた一冊のノート。

恭司「小さい頃に小波が書いた小説だ。実はアリシアはその物語の主人公なんだ」
瑠奈「なんでもっと早く出さなかったのよ」
恭司「だって、このノートを出したらその流れで小波の話をしなきゃいけなくなるだろ」
瑠奈「……まぁいっか。出してくれただけ良しとしましょう」

足を組み、瑠奈は真剣な表情で小波のノートに目を通しはじめる。

瑠奈「……恭司さ、妹ちゃんに国語教わった方がいいんじゃないの?」
恭司「やっぱ俺の妹天才だよな。それ、中一のときに書いた処女作なんだぜ? すごくない?」
瑠奈「うるさい黙って」
恭司「あ、はい。すいません」

妹が褒められると嬉しくなるのが兄の性なもんでして。

瑠奈「……なるほど。うん、これはすごく参考になる。ちょっと借りていい?」
恭司「もちろん。瑠奈の創作に役立つなら願ったり叶ったりだよ」

そこからの瑠奈の集中力は凄まじいものだった。

キーボードを打ち、顎に手を添え、ノートを開き、またキーボードを打ち……

その繰り返し。俺に話しかけることも、一瞥することすらない。

瑠奈「……あのさ恭司」

と、ようやく瑠奈が声を発したのは三十分後のこと。

瑠奈「その、じっと見られてるとやりづらいんだけど」
恭司「あぁ、ごめん。つい見惚れちゃって」
瑠奈「……そ。ならいいわよ、見てても」
恭司「瑠奈って、思いのほか押しに弱いよな。恋愛とかころっと落ちそう」
瑠奈「それはないわよ。だって、既に落ちてるもの」
恭司「……へ、へぇ~そうなんだ~……」

え? 恋愛感情向けるような相手いたの?

でも……そっか。瑠奈も人並みに恋して、普通の女子高生してるんだなぁ。

//演出:瑠奈ルート選択時のみ再生

……にしても誰だ? 

瑠奈が好意を向けるくらいだから、きっとそいつも努力家ですごいやつなんだろうなぁ。

………。

……。


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