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星色Tickets(ACT2)_SCENE9

※共通

桜の花びらがひらひらと地上に降り注いでいる。

恭司「うぅ、アリシアぁ……」

一枚、また一枚と。命の燃えゆくさまを示唆するように、中庭の大木についた桃色の花弁が徐々に地上に散り落ちていく。

瑠奈「ふぅ。ようやくゴーサインの出せる企画書ができたみたいね」

春の薫りをふんだんに孕んだあたたかな風が、大木に背を預けて寝付くひとりの少女に吹きつける。

アリシアは、春の精だった。

春の精である彼女は春の間しか活動することができず、もし、桜が完全に散ったその日に活動していたならば、彼女は天命に背いたバツとして、その命を地上に捧げなければならない。つまり死んでしまうのだ。

アリシアは、子供の頃からひとりの男に想いを寄せていた。

名はシュピレシア。かつては春の精として活動していた彼だが、ある年を境に夏の精となった。

以降、アリシアがシュピレシアと逢うことはなく、それから何十年という時が流れて……

やがてアリシアは、掟を破って彼と逢う決意をする。

彼女は、シュピレシアのいない世界で生きる意味を見出せなかったのだ。

桜の花びらが余すことなく散ったその日、アリシアはひとり静かに息を引き取る。彼女の手には、シュピレシアを想い認められた手紙が握られていた。

そして夏がやってくる。

目を覚ましたシュピレシアは、眼前の大木に寄りかかったアリシアが事切れていることに驚き、それから彼女が握りしめていた手紙を読み、はじめて彼女が好意を寄せていたことに気づく。

叶わない恋。決して届くことのない想い。

アリシアの葛藤を、燃えるような愛を、生きることを諦めてしまうほどに憔悴してしまった彼女を憂い、シュピレシアは幾日も悲嘆に暮れる。

そして何度も、彼は嘆きつづける。

恭司「どうして四季は共存できないんだ。ずっと春で、夏で、秋で、冬で。されば、君の想いに僕は気づき、幸せな一時を築けたろうに……あぁ神よ! どうして歳月は巡るんだ!」
すもも「ほんとだよきーくん。もう六月も折り返し地点間際だよ」

と、呆れたような声が聞こえてきたが、はて、この声は誰のものか。

それに誰だきーくんって? 俺はシュピレシア、夏の精だぞ?

星「でも、中間テストや課外授業が終わって、あとは夏休みを待つだけなので、ちょうどいい時期なんじゃないですか?」

と、今度は柔らかい声。

テスト? 課外授業? なんだそれ?

いや、そんなことより……

恭司「夏、だと? ……嫌だ。俺は、春に飛び立つんだ!」

そうだ、俺も掟を破れば彼女の元にいける。愛しきアリシアの元へ。

しかし、夏の次にやってくるのは秋だ。秋は春に近しい季節だが、春ではない。

恭司「ああ、なんてことだ! 俺はアリシアの元にいけないっ!」
瑠奈「いい加減、現実に戻れ」

バチンと強く頭頂を叩かれて俺はアリシアの待つ地へ……と、そこでようやく俺は正体を取り戻す。

恭司「悪い藤沢。お前の作品がすごすぎて魂持ってかれてたよ」
瑠奈「創作者としてこの上なく嬉しい誉め言葉だけれど、暴走した忸怩くんがウザすぎて喜ぶ気になれないわね」
恭司「ほんっとうにすいませんでしたぁ!」

語調こそ柔らかいものの目が笑ってないから、いつ決壊の瞬間が訪れてもおかしくない。

聞けば藤沢は、この企画書を用意するために今日は徹夜したんだとか。

徹夜明けで今のテンションは……そりゃウザいな。俺ならぶん殴ってそう。

瑠奈「土下座なんて求めてない。そんなことよりコーヒー買ってきて」
恭司「御意」

猛ダッシュで一階まで降りてコーヒーを購入。

その勢いを保ったまま部室へ。

恭司「お待たせしました。アイスコーヒーでございます」
瑠奈「ありがと」
瑠奈「……ふぅ、じゃあ脚本制作に取りかかるわね」
恭司「いやいや、一旦休もうよ?」

さも当然であるように白紙の文書を立ち上げた藤沢に待ったをかける。

瑠奈「なに言ってるの。これ以上、雛鳥さんを待たせたら申しわけないじゃない」
恭司「たしかにそうだけど、それでお前が壊れたら元も子も……今なんて?」
星「藤沢せんぱい……」

睡眠不足の影響か、普段の傍若無人っぷりからは想像もつかないような言葉が漏れ出たことに、雛鳥は目を剥いて驚いている。

瑠奈「それに、私と青海さんも確実になにかしらの役を演じなきゃいけなくなる。創作者の私はともかく、経験も特筆した記憶力もない青海さんが最高の状態で本番を迎えるためには、少なくとも一か月は時間が必要でしょ?」
すもも「藤ちゃん……わたしたちのためにそこまで……」

蓄積された疲労の影響か、普段の淡白な態度は一体……と思ってしまうほど仲間思いな藤沢の言葉に、すももはじわっと目を潤ませる。

恭司「藤沢……」

そして俺も、ふたりと同様に驚きと感動を覚えていた。

はじめて俺に企画書が出されてから一か月と半月くらい。

ボツを出して作品を潰してきたのは例外なく藤沢だ。俺は一度だって、ボツって言葉を口にしていない。

俺はてっきり、藤沢の矜持がそうさせているんだって思ってたけど……

瑠奈「みんなしてなにを驚いているの。だって私、約束したもの。忸怩くんの夢を叶えるって」

矜持じゃない。

瑠奈「それに私もこの四人で夢を叶えたいの。だから、私が足を引っ張るわけにはいかない」

藤沢は俺の所望した〝泣ける〟作品を本気で作ろうとしてたんだ。

瑠奈「ここで私ががんばらなきゃ、全部ダメになっちゃう」

俺が、企画書を読んで涙を流すその日まで、藤沢は何度でも挑戦するつもりだったんだ。

瑠奈「だから今は無理してでもがんばらなきゃ」

俺たちが思っている以上に憔悴しているだろうに、無理に微笑んで気丈に振る舞おうとする藤沢は、優しさに溢れていて、向こう見ずな姿勢が心配にもなって……

恭司「まったくお前ってやつは……」

鬼才。文才。俊才――

そう彼女を評価する奴らは、藤沢瑠奈という人間をまるでわかっちゃいない。

恭司「なにぼうっとしてるの忸怩くん。早く企画書を刷って、雛鳥さんと青海さんと衣装担当の家庭部の子に渡して、軽く概要を説明してきなさい。脚本が上がってない今の段階からでも、できることはたくさんあるでしょ」

努力の天才なんだ藤沢は。

自分に厳しく、妥協を許さず。

藤沢瑠奈は、どこにでもいる普通の女の子でありながら今の地位を築き上げたんだ。

………。

……。

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