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星色Tickets(ACT3)_小波1〆

//背景:廊下_昼

??「ここであってるよね?」

旧校舎二階。空き教室を三つ隔てた先に吹奏楽部の部室。

改めて場所を確認したところで、コンコンと扉をノックする。

??「すいません~。入部希望の者なんですけど~」

返事は返ってこない。

??「外で勧誘してるのかな」

今日は始業式。お昼前の学校では、そこかしこで新入生の部活勧誘が行われている。

??「あっ」

背後から聞こえた声に振り返ると、探していた顔見知りの先輩がいた。

??「入学おめでとう小波ちゃん」
小波「ありがとうございます雛鳥先輩」

星型の髪留めが似合うふたつ上の先輩。お兄ちゃんが演劇サークルを立ち上げる際に勧誘した生徒のひとり、雛鳥星先輩だ。

星「先輩……そっか、これからはわたしが先輩になるんだ」

雛鳥先輩は寂しそうに微笑んだ。

星「ここに来てくれたってことはそういうことなのかな?」
小波「はい。高校生になったら演劇をやるって決めていたので」
星「はは、先輩も入学したての頃はそんなこと言ってたのかなぁ」

//SE:鍵のまわる音

鍵を挿し込み、雛鳥先輩は演劇サークル部の扉を開ける。

星「ようこそ演劇サークル部へ。歓迎するよ、小波ちゃん」
小波「……入っていいんですか?」
星「もちろん。これからこの場所が小波ちゃんの居場所になるんだから」

ずっとずっと行きたいと思っていた場所だった。

けれど、いざその瞬間が訪れると、喜び以上にわたしなんかがこの場所に足を踏み入れていいのだろうかという不安がわたしの足を竦ませてしまう。

恭司『わたしなんか、なんて言うなよ』

不意に、まだわたしが弱かった頃にお兄ちゃんから言われた言葉が脳裏に蘇った。

……そうだ。わたしはもう悲観的にならないって決めたんだ。

小波「し、失礼します……」

//背景:演劇サークル部室_昼

部室とは思えないくらいに生活感に満ちた部屋だった。冷蔵庫に、食器棚に、テレビに、観葉植物に……

小波「あ」

しかし部屋の上部にずらっと並んだものを見て、やっぱりここは演劇サークル部の部室なのだと認識を改める。

星「圧巻でしょ?」
星「賞状は基本的に職員室の前に飾られるんだけどね、先輩がこの賞状はこの部屋に飾るんだって頑なに譲らなくて。だから風宮高校演劇サークルがこれまでに獲った賞は全部、ここに飾ってあるんだよ」

地区大会優秀賞。県大会演劇協会賞。全国大会最優秀賞。

それが、お兄ちゃんたちが高校二年生の頃に獲った賞。

そしてその翌年も、お兄ちゃんたちは全国大会最優秀を獲得している。

星「二年連続での全国最優秀賞受賞は高校演劇史上二度目の快挙らしくてね、おかげで今年も各所から期待されてるよ。史上初、三年連続全国最優秀賞受賞が拝めるんじゃないかって」
小波「すごいなぁお兄ちゃん……」

お兄ちゃんの演劇は、わたしが幼い頃から患っていたシェーグレン症候群を完治させるという奇蹟を起こしただけでなく、多くの人に感動を届けた。

わたしは、写真の中で満足そうに微笑んでいるお兄ちゃんが裏でどれだけ努力していたのか知っている。

この部室も、この賞状も、すべてがお兄ちゃんの努力の結晶体だと、知っている。

星「まぁ、今は出場できるかも危ういんだけどね。総部員ふたりしかいないし」
小波「それはわたしを含めてですか?」
星「うん。去年からもっと新入部員勧誘に力を入れてればよかったんだけど、藤沢先輩が今のメンバーだけで充分って話を聞き入れてくれなくて」
星「……藤沢先輩は四人で過ごす時間を気に入ってたんだろうね。だから、一時はいなくなったけどすぐ戻ってきたんだと思う」
小波「え、いなくなった時期があるんですか?」
星「気分屋っていうのもあるし、先輩が藤沢先輩の告白を華麗にスルーしちゃったからね」
星「一か月くらい部から離れてたんだけど、毎日毎日謝ってくる先輩のしつこさに折れたのか、最終的には部に戻ってきたんだ」
小波「お兄ちゃんの諦めの悪さは筋金入りだからなぁ」
星「引っかかるのそこなんだ……で、次は先輩のバイト先の女の子が押しかけてきてね」
小波「どうしてそんな状況に……」

わたしは雛鳥先輩お手製のスフォリアテッラを食べながら、雛鳥先輩が語るここ二年で演劇サークルに訪れたという激動の日々に耳を傾けた。

星「それで、那須先輩はようやく気分を良くしてくれたんだ」
恭司「なるほど。……ここまでの話を聞いた感じだと、みんなお兄ちゃんが好きだけど、結局気づかれなかったって感じですかね」
星「そうそう、まさにその通り!」
星「でねでね、先輩ったらひどいんだ! わたしが勇気を振り絞って告白したのに、友情の告白と勘違いしてさ!」
小波「あ、雛鳥先輩も被害者だったんだ」

やっぱりお兄ちゃんはすごいなぁ。

自分はこんなにもたくさんの人に好かれた兄の妹なんだと思うと、べつになにかしたわけでもないのに、なんだか誇らしい気分になってしまう。

星「と、戯曲傾倒系シスコン野郎の誑かし伝説第一章はこの辺にして」
小波「はは、相当お兄ちゃんにフラれたこと根に持ってますね」
星「べっつに。もうなんとも思ってないし。あんな鈍感な先輩、わたしの知らない人と勝手に幸せになっちゃえばいいんだよ」

なんだかんだ言いつつ、お兄ちゃんの幸せを願うのだから、雛鳥先輩はいい人だと思う。

??「失礼しまーす!」

部室に元気な声が響いた。驚いて雛鳥先輩が振り返る。

未色「演劇サークル入部希望の那須未色です! ……あ、小波ちゃん!」
小波「ひさしぶり未色ちゃん」

未色ちゃんとは何度か演劇会場で顔を合わせているので顔見知りだ。

未色「聞いてよ小波ちゃん! 未色ね未色ねっ、普通科落ちたけど理数科補欠合格したの!」
小波「危機一髪じゃん……」
星「……って那須? ということは未色ちゃん、あげは先輩の妹?」
未色「如何にも! わたしはあげはお姉ちゃんに演劇のノウハウを詰め込まれた超新星だよ!」
小波「自分で言っちゃうんだ……」

口調からおおよそ察しがつくように、未色ちゃんはちょっと頭が弱い。

星「これは予想外の大物かもしれないなぁ」
星「脚本は小波ちゃんで、役者は未色ちゃん。もしも部員が確保できなくても最低限は既に集まってるし……」
小波「え、わたし脚本なんですか?」
星「書かないの?」

まるで決定実行のように雛鳥先輩は言っていたけど、わたしは一言も脚本を書きたいとは言っていない。

いや、書きたいという思いはある。ある、けど……

小波「……ハードルが高すぎます」

藤沢先輩の後釜というのは、あまりに荷が重すぎる。

藤沢先輩は、去年脚本賞を受賞してプロの作家になった。今はドラマの脚本を書いているみたいで、そのドラマは今年の秋頃に全国放送されるらしい。

そんな藤沢先輩が去年まで二年続けて脚本を書いていたとなれば、三年目である今年も相応の作品を世間から期待されるだろうし、比較されることにもなるだろう。

わたしにはわかる。わたしが脚本を書いても、藤沢先輩の足元にも及ばないって。

星「あぁ、そういうことね」

雛鳥先輩は微笑んだ。

星「大丈夫だよ。わたしたちが協力するし、なによりわたしの演劇で最高峰の作品に引っ張りあげられる自信があるから問題ないよ」

けど、それは慰めの微笑みではなくて。

星「わたし、大御所の歌劇団から推薦もらってるんだ。だからどうしたって思うかもしれないけど、わたしにはそれくらいの実力があるし、先輩たちと共に演劇に打ち込んできた経験がある」

自らが持つ圧倒的な矜持から生まれる自信の微笑みで。

星「だから安心して小波ちゃん。わたしが役を演じる限り、小波ちゃんの脚本が悪く評価されることは絶対にないよ」
小波「……カッコいい」

眩しいなって思った。

高校三年生になったとき、わたしは雛鳥先輩みたいに輝くことができるだろうか。

お星さまみたいに、不安な後輩を照らすことができるだろうか。

星「えへへ、ありがと」
未色「負けません!」
星「え?」
未色「未色は先輩だからって手加減しません! 雛森先輩は今日から私のライバルです!」
星「……あー、このタイプは今までにいなかったなぁ。あと未色ちゃん、わたしは雛鳥だよ」
未色「大差ないです!」
星「そう言う問題なのかなぁ」

けらけらと笑う雛鳥先輩は、未色ちゃんの不躾な態度を気にしていないようだった。

寛容だなぁ。やっぱり先輩、カッコいい。

星「とまぁ、脚本とか役とかは一旦置いといて」

雛鳥先輩はびしっと廊下を指差す。

星「目下の課題は部員の確保! 最低でも四人は欲しいところだね!」
未色「あ、なら未色のおにぃ呼びましょう。入る部活決めてないって言ってましたし」
星「お、おにぃ?」
小波「未色ちゃん、双子なんです。茂留もるくんって子がいて……ダンス習ってるんだっけ?」
未色「はい。中学二年までやってました。面倒だからって理由で辞めましたけど」
星「この学校は才能あふれる子が集まるパワースポットなのかな……」

雛鳥先輩の笑顔が少し引き攣って見えた。

星「仮に茂留くんが入部したとして四人」
星「……欲張ってもっと大人数狙っちゃおうかな。ま、最悪土下座すれば同情で入部してくれるだろうし」
小波「土下座って、お兄ちゃんみたいなこと言いますね先輩」
星「うん。自然とその発想に至っちゃうあたり先輩に毒されてるなって思ったよ」

お兄ちゃんは、土下座して藤沢先輩を勧誘したと言っていた。

必死になれるのは素敵なことだけど、躊躇わず土下座できるのはちょっとどうなのかなって思う。

星「じゃあふたりとも、いっしょに勧誘に行こうか。未色ちゃん、茂留くんへの連絡はお願いしてもいい?」
未色「まかされました! ……あ、今サッカー部に絡まれてウザいみたいです」
星「サッカー部というと、新校舎の脇あたりで勧誘してたかな」
星「よし、じゃあまずは茂留くんを捕まえにいこう」

さすが部長。めまぐるしく事態が移り変わってるのに決断が早い。

未色「あ、このお菓子なんです? 食べていいです?」
星「勧誘が終わったらね。小波ちゃん、冷蔵庫に入れておいてくれる?」
小波「はい。わかりました」
星「じゃあ行こうか」

//SE:扉の開く音
//背景:廊下

雛鳥先輩に促されて、わたしたちは部室を後にする。

星「どうしたの小波ちゃん?」

部屋を出る直前、わたしは写真の中で笑顔を浮かべるお兄ちゃんに向けてつぶやいた。

小波「わたし、お兄ちゃんみたいにすごい演劇ができるように頑張るね」

そう口にした途端、不思議とやる気が沸々と湧き出てきた。

さっきは言えなかったことが、今では言えそうな気がする。

小波「雛鳥先輩」
星「ん?」
小波「わたし、藤沢先輩に負けない脚本を書きます!」

雛鳥先輩は大きく目を見開いた。

小波「お兄ちゃんたちがいた頃に負けない演劇をわたしたちで作りあげましょうね!」
星「……はは、やっぱり先輩の妹なんだなぁ」
星「うん。いっしょに一番星を目指そう」
小波「一番星?」
星「そ。星色の空に瞬く一番星になるの。素敵だと思わない?」

想像してみる。……うん、すごく素敵だ。

小波「見ててねお兄ちゃん。わたし、絶対一番星になってみせるからね」

お兄ちゃんのおかげで、わたしは普通の女の子になることができた。普通の青春を送ることができるようになった。

ありがとう、お兄ちゃん。全部全部、お兄ちゃんのおかげだよ。

けどこれは、お兄ちゃんへの恩返しじゃない。

二年前にお兄ちゃんがわたしに演劇で希望を見せてくれたあの日から、わたしは堪らなく演劇がしたかったのだ。

待っててね、お兄ちゃん。

次は私たちの演劇で、お兄ちゃんを感動させてみせるからね。

お兄ちゃんを感動させて、全国最優秀賞も勝ち獲ってみせるんだ。

未色「お空に手伸ばしてなにしてるの?」
小波「星空に散らばるチケットを掴み取ろうとしてるの」
未色「はは、なにそれ~」
小波「なんだろうね」

あっはっはと笑う未色ちゃんに、わたしもはははと笑い声を返す。

笑いすぎて、目から涙がこぼれてしまった。

―ACT3 小波END(ノーマルEND)―

〈各ルートの内容〉
〇すももルート
→恭司と父親の遺恨を根絶する。
〇星ルート
→演者になりたいという夢を、理想と現実のギャップに苦しみつつも実現する。(劇団からスカウトが来て、正式に演者になる資格を得る)
〇瑠奈ルート
→戦略結婚に利用されそうになるも、忸怩ちゃんを克服して恭司を選ぶ。
〇あげはルート
→才能あふれる双子の兄妹に劣等感を覚えながらも、夢を諦めないことを選ぶ。(最後の最後まで、劇団から声がかかることはない)
〇アリスルート
→受験勉強の手助けをするも、アリスがフランスに行き遠恋を強いられる。
〇志那ルート
→隣に誰かがいるあたたかさを知る。
〇小波ルート
→恭司の軌跡を追う。


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