星色Tickets(ACT2)_SCENE22
※共通(シナリオ分岐あり)
//背景:恭司の家_朝
勝負の日まで残すは二週間弱。
瑠奈の奮闘のおかげで脚本は完成したけど、問題はこれからだ。
大幅に改変した物語。それによって当然、台詞も大幅に変わり、となれば必然的に役者に負担がかかる。台詞を暗記しなくてはならないからだ。
さて、どうしたものか。
小波「やっぱり体調悪いの?」
恭司「いいや、ちょっと考えごと。ほら小波、そんな顔してないで笑顔笑顔」
小波「ならいいけど……いってらっしゃいお兄ちゃん」
恭司「いってきます」
//SE:扉の開く音
//背景:住宅街_朝
こうしていつものように小波の笑顔をカンフル剤に家の外に出て……
すもも「相変わらずのシスコンっぷり。いやぁ~感激ですなぁ」
そして、いつものように隣の家のインターホンを……とはならず、世にも珍しいことに、すももが俺を待っていた。三か月に一度あるかないかの奇蹟である。
恭司「すももがカチューシャをしていない……だと?」
すもも「え、驚くのまずそこなの?」
肩に掛けてるでっかい旅行バッグも気になるけど、それよりも下ろされた前髪のほうが俺の中では気になり度合いが高い。
すもも「あのカチューシャねぇ。ソフトボール部のホームランが激突して壊れました……」
恭司「え、大丈夫? カチューシャが盾になったとはいえ脳震盪とかあったんじゃない?」
すもも「それよりも、宝ものを失った精神的ダメージが大きくてモモさんはつらいです。トホホ」
平常運転なすももを見るに、後遺症みたいなものはないみたいだ。
恭司「カチューシャさまさまだな」
すもも「ひぐっ、わたしの命の次に大切なものだったのにぃ~」
恭司「けどいい機会じゃないか。すももは前髪下ろした方が可愛いし」
すもも「それはわたしにはカチューシャが似合わないと言ってると解釈してよろしくって?」
恭司「そうは言ってないよ。すももは素が可愛いから、どんな髪型でも可愛いよ」
すもも「おふ……っ! ど、どうしたきーくん、病院で性格矯正手術でも受けたんか?」
恭司「はじめて聞いたよそんな手術……」
//演出:すももルート選択時のみ再生
恭司「……演劇大会翌日まではその新鮮な前髪下ろしスタイルでいてほしいんだけど、すももは嫌か?」
すもも「いや全然。むしろすーすーしてて気持ちいいくらいだし」
恭司「じゃあなんでカチューシャつけてたんだよ……」
と、さり気なくすももがカチューシャを自分で買う可能性を潰したところで。
//共通
恭司「その旅行バッグはなに? 友だちにマンガ全巻貸すの?」
すもも「そんなん持ったら脱臼するわい」
すもも「これはね、合宿道具一式だよ」
恭司「合宿とな」
唐突な授業変更はあるあるだけど、唐突に修学旅行に行くなんて話は聞いたことがない。
すもも「寝食を共にし、絆を育み、そして地区大会優秀賞獲得を目指すのだよワトソンくん」
恭司「マジで?」
すもも「うん。アリス先生に欠席申請して、モモさんたちはみんなより二週間早く夏休みを迎えることになったのです」
すもも「ハコも既にとってあるから、大会前日まで練習し放題ですぞ部長」
恭司「……はは」
それってつまり、面倒な授業を受けなくていい……じゃなくて。
今後なによりネックになるのは時間だった。
すもも「まぁ、ハコといっても長年放置された空き家だし、宿泊施設といってもおばあちゃんの家だし……」
すもも「あ、でもきーくんも知っての通り、おばあちゃんの家ってなかなか豪邸だから……」
時間だけは、どう足掻いても生み出せない。
だからどうしたものかって悩んでたけど……
恭司「すもも……お前ってやつは」
すもも「さてはきーくん、モモさんの話全然聞いていないな?」
まさかこんな形でその不安が解消されるなんて……こんな展開、誰が予期できるんだ?
//演出:すももルート選択時のみ再生
すもも「感無量ってやつかな。ふふ、抱き締めてもいいんだぜあんちゃん?」
恭司「ありがとう!」
すもも「あわわっ、ほ、ほんとにきたぁっ!?」
ここまでやってほしいと、俺はすももに頼んじゃいない。
レ・ミゼラブルを履修しろとも、演劇用語を覚えろとも、俺は強要しちゃいない。
すももは自分から進んで、俺の理想に沿おうとしてくれた。
俺と同じ夢を見て、本気で夢を叶えようとしてくれている。
恭司「いつもありがとう。すももには救われてばかりだよ」
ここは自宅前。道行く人が怪訝な眼差しを向けてくるけど、そんなことはお構いなしに、俺はぽろぽろ涙を流しながらこれまでの感謝を告げる。
恭司「きーくん……」
すもも「すももがいなきゃ、あいつがいなくなったときに挫けたまま、俺は立ちあがれなかった。演劇サークルだって、すももが相談に乗ってくれたから立ちあげることができたんだ。今の俺があるのは、全部すもものおかげなんだよ。だから……」
と、危ない。どさくさに紛れてやらかしてしまうところだった。いつかの雛鳥のものとは違って、笑って誤魔化せるサプライズじゃないからな、俺のは。
すもも「……それはちょっと過大評価しすぎなんじゃないかなぁ」
恭司「むしろ過少だろ。すももが幼なじみでほんとによかった」
すもも「あ、あはは。改めてそう言われると照れるなぁ~」
背中に回された腕に力が込められる。
すもも「泣くのはまだ早いよ恭司。夢はこれから。涙はいちばん嬉しい瞬間まで取っておこう?」
恭司「あぁ、そうだな。……落ち着くまでこのままでいいかな?」
すもも「うん、いいよ。恭司の泣き顔を見られるのは、わたしの専売特許だもん」
恭司「はは、なんだよそれ」
こうやって温もりに包まれていると、あの日のことを思い出す。
夢がはじまった四年前。
あの頃は漠然としていた夢の輪郭が、今ははっきりと見える。すぐ手の届く場所にある。
そう実感すると胸が高鳴って。同時に、もし小波が涙を流さなかったどうしようっていう不安も募って。
色々な感情が綯い交ぜになって、頬を撫でる微熱は一向に収まらない。
すもも「涙は努力の証だよ。がんばったね恭司」
恭司「追い打ちかけるなって……」
そんな風に優しくされたら、いつまで経っても涙が止まらないだろ……
………。
……。
//共通
//背景:恭司の家_朝
小波「そんな……お兄ちゃん、わたしのためにそこまで……」
突然の二週間の外泊をどう説明したものかと思い、迷いに迷った挙句、俺はこれまで小波に隠れてやってきたことを打ち明けてしまうことにした。
四年間、演劇にすべてを費やしたこと。
それは他でもない、小波を普通の女の子だって証明するためだということ。
小波「そう申し訳なさそうな顔するなって。俺にとって、小波はなににも代えがたい大切な宝物なんだ。大切な妹のコンプレックスを払いたいって思うのは、兄として当然だろ?」
小波「……ぅぅ、ううぅぅ……」
涙を零すことなく、小波は泣きはじめる。
前までなら〝でも〟とか〝わたしなんて〟とか、自分の価値を否定する言葉が続いてたんだろうけど、今の小波は、俺が小波を大切に想う気持ちを真摯に受け止めてくれている。
恭司「成長したな小波」
俯いて肩を小刻みに震わせる妹をそっと抱き寄せる。
恭司「お兄ちゃんが小波は普通の女の子だって証明してやる。そのための最高の演劇を、この二週間で仕上げてくる。だから、二週間お留守番しててくれるか?」
小波「……ひとつ、わがまま言ってもいい?」
恭司「何個でも言ってくれ」
小波「お兄ちゃんの演劇、最前列で観たい」
どうだろ。最前列ってだいたい、評価担当のお偉いさん方を筆頭に、来賓なり部の関係者なりが席捲してるような気がするけど……
恭司「わかった。約束する」
まぁなんとかなるだろ。こういうのは大抵、覚悟と情熱と気魄でなんとかなる。
//演出:あげはルート選択時のみ再生
ですよね先輩?
//共通
小波「約束だからね?」
恭司「おう」
小波「わたし、お兄ちゃんの演劇で泣けるようにがんばるねっ」
小波「いや、がんばられてもなぁ……」
がんばって泣くなんておかしな表現だけど、きっとそれは的確な表現で。
恭司「大丈夫。小波が自然と泣ける演劇をするよ」
けど、小波ががんばる必要はない。
だって俺たちの作品は、小波のために瑠奈が脚本を書き、小波のために雛鳥とすももが演技をし、小波のために俺が演出として立ち回ってできるものだから。
だから、その想いが届かないはずがないんだ。
恭司「じゃ、行ってくるな」
小波「うん。いってらっしゃいお兄ちゃん」
//SE:扉の開く音
//背景:住宅街_朝
こうして俺は小波に事情を汲んでもらい、思えばはじめて、二週間もの長期間、妹と離れ離れになることになった。
すもも「……それできーくん、なんでまた泣いてるの?」
恭司「だってさぁ! 小波、大丈夫かな? ひとりで寂しくないかな? 母さん、いつも帰り超遅くて出勤超早いんだよ。せめて今日くらい、小波を学校に送って……」
すもも「妹を学校に送ろうとする兄って実在したんだ……」
すもも「そんなことよりきーくん、雛ちゃんと藤ちゃんが駅で待ってるから急ぐよ。既に待ち合わせ時間に二十分遅れてるし」
恭司「うわっ、絶対瑠奈怒ってるじゃん……」
あいつ、時間にうるさいからなぁ。病院で作業してたときも、あらかじめ立てた予定通りに行動してたし。
俺、人間にはある程度の柔軟性とゆとりってものが必要だと思うんだ。
すもも「……瑠奈?」
恭司「ん。藤沢の名前だけど、知らなかった?」
すもも「ううん、それは知ってるけど……」
恭司「?」
//演出:すももルート選択時のみ再生
すもも「……そっか、そうなんだ」
なにが〝そうか〟なんだ?
//共通
気心の知れた幼なじみ。
けど、全部が全部、言葉なしに伝わるわけではないみたいだ。
………。
……。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?