彼が実家に挨拶に来た話

それは、突然決まった。

彼の車に乗っている時に、
「近々、両親に挨拶に行きたいんだけど」と、
彼がなんの脈略もなく発言した。

普段そういった話を全く自分からしない人なので、とても驚いた。

色々考えてくれているのだなとこっそり助手席で喜びながら、それと同時に、母親が喜ぶだろうなと母が張り切って準備する姿が頭に浮かんできた。


日程はすぐに決まり、翌週来ることになった。


一般的に、親への挨拶というのは、
プロポーズ前に自己紹介と懇親を兼ねて行く場合と、プロポーズ後に結婚報告をしに行く場合の2パターンがあることを知った。

大抵の場合は、嫁に入る側である女性の親側から挨拶に行くらしい。

私は全くそんなルールも知らなかったので、彼が一人で調べたのだろうと思い、なんだか頭をヨシヨシしたい気持ちになった。

家庭訪問の前々日までは、楽しみな気持ちが多かった。

交際相手を親に紹介するのは初めてのことだったし、私たち2人が結婚に向かって階段を上っているような気がした。

しかしながら、「未知の体験」というのは、楽しみな感情と不安な感情を両方必ず持つものなのだろう。

家庭訪問の前日には、楽しみよりも不安な気持ちがまさっていた。

うちはごく一般的な家庭だ。父はサラリーマン、母はパート勤務で元専業主婦、両親健在のよくある家庭だと思う。

唯一の特徴といえば、異常なほど「かかあ天下」の家であることぐらいだろうか。

母はものすごく気分屋で、昔も今も変わらず家族とよく口喧嘩をする。子どもの頃から母は厳しく、友だちから教育ママと呼ばれていた。

母は予想だにしない行動をすることが日常的にあり、常識というものが通用しない「おっかない」人なのだ。

家庭訪問の前日、機嫌の悪かった母は、彼氏に連絡が遅い理由を問いただしてやるとか、どういうつもりで来たのか、結婚するつもりがないなら他の人を探すと言ってやるなどと脅してきた。明日を乗り越えられるか不安で不安で仕方がなくて布団の中でメソメソ泣いた。

母がおかしなことを言い出さないだろうか

父と母が喧嘩をはじめないだろうか


母が姑の悪口を言い始めないだろうか

家庭訪問当日がやってきた。

家に入ってきた彼は自己紹介をして、とても多くの手土産を用意してくれていた。なんだか母は機嫌を良くしたみたいだった。

父は、まるで会社に来たお客さんをもてなすように、家を案内したり会社の話をしたりする一方で、母は内弁慶な様子でほぼ何も話さなかった。

彼の仕事の話をしたり、父の仕事の話をしたり、
私の子どもの頃の話をしたり、彼の家族の話をしたり。

5回ほどシーーーンという雰囲気が訪れたが、何事も起こらず、2時間弱で実家を立ち去った。

実家を離れてから、
「お母さんにもっと質問攻めされるかと思った」
と彼は言っていた。

こういう時、家の中での立場というのは逆転するものなのだろうか。

とりあえずホッと安堵をつきながら私は一人で反省していた。

ほとんど話を繰り出すことなく、笑ったり頷いたりしかしなかったことを。

「親の子ども」として参加して3対1のような構図が出来上がっているように見えたことを。

もっと色々な質問や話のネタを考えてから臨むべきだった。「親の子ども」としてではなくて、「彼女」として自ら色々と話した方が良かったのではないか。そんなことを考えた。

でも、こういう会は、案外こんな感じなのだろう、
別に特別に楽しいわけでも、盛り上がるわけでもない。

こんな見た目の人なのか、

こんな話し方の人なのか、

まあ悪い人ではなさそうだ、

そんな風に、親も彼も思ってくれていたら十分なのかもしれない。

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