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ウナギを呼び戻す問いの力

毎年土用の丑の日が近づきて来ると、ウナギが激減しているという話題が報道されます。しかし、マスコミの取り上げ方を見ていると、どこもウナギの完全養殖技術の開発に関する話題ばかり、なんか変ですね。
完全養殖が実現したらウナギは復活するんでしょうか?
ベンヤミンは、「技術は人間と自然の関係を支配する」と言っています。
私たちの社会は、技術に依存するあまり、ウナギが投げかけている大切な問いを、忘れているのではないでしょうか。
地球の生物多様性が失われつつある現代、地球的課題に真正面から取り組むことができない人間は、ウナギなどの生き物たちが発する問いから得てきた力を、見失っているのではないでしょうか。

方法による忘却

「人間の条件」を書いたハンナ・アーレントは、「科学が追い求める問いが、あるものが『何か』という問いから、それが『どのように』生じるのかという新しい問いに移行していった」と述べています。
ウナギを巡る関心も、『どのように』という問いへと、つまり方法に集中しています。
完全養殖技術という方法が実現したところで、それがウナギの保護や復活に繋がるのでしょうか。
現代を生きる私たちは、『どのように』という問いから導き出される方法(技術)に偏った思考様式に嵌ってはいないか。
もうひとつの問い『何か』と向き合うことで、与えていた深さや重みを忘却しているのではないか。


誰も、幸福であることを選択するのではなく、

幸福であろうとする目標に向かって、金を稼いだり、危険を犯すような選択をするのである。
                  アリストテレス、ニコマコス倫理学


問いに応えることで、変わる。

『何か』という問い、例えば「ウナギとは何か」という問いは、決まった答えに行き着くことができな問い、どこまでも続く問いです。
問う側にも、あなたは何か(どのような存在なのか)という、自分の在り方への問いが、必ず返って来ます。
イノベーションは、自分の在り方を変えることができたときに起きるものです。単に方法を見つけることではありません。
絶滅の危機にあるウナギを復活させるために必要なのは、私たち一人ひとりがウナギとは何かという問いを取り戻すこと、ウナギが発する問い(私たちの在り方への問い)に応えること、つまり本当の意味でのイノベーションです。

ウナギが生きるための繋がりを取り戻すことで、社会を変える。


ウナギは、地球の壮大な繋がりを教えてくれる生き物です。
ウナギは、赤道近くの海域で産卵し、卵から孵化した稚魚は海流に乗って日本近海に移動し、それぞれの地域の川の河口から上流に向かい、湖沼や、その上流にある里山の田んぼ(谷津田)や小川や小さな池にまで遡ります。ウナギは、水系全体を生息域としています。だから、霞ヶ浦流域では、ウナギは何処でも見られる身近な魚でした。
今日、ウナギが絶滅危惧種にまで追い込まれた原因は、シラスウナギの乱獲と合わせて、ウナギの生息を支えてる壮大な繋がりを至る所で分断していることがあります。
人間が、河口堰や水門、コンクリート護岸、ダムなどを造り、ウナギの生息地を分断してきた結果、ウナギは激減してしまいました。
現代文明は、利便性や効率性、生産性を求め、至る所でゾーニングを行い、自然の繋がりを壊し続けています。
ウナギは、このような文明のあり方に、大きな問いを投げかけています。
先に述べたように、イノベーションとは、自分のあり方を変えることで、初めて起きるものです。
持続可能な社会の実現が大きな課題になっている今日、ウナギが投げかける問いに応えることを通して、私たちは本当に変わること(危機を乗り越えるイノベーションを起こすこと)ができるのではないでしょうか。

ウナギの問いを共有することで価値創造型へ発想転換する。

ウナギの生息に必要な環境の繋がりを取り戻すためには、社会を覆う縦割りの壁を越え、多様な分野を繋ぐ取り組みが求められます。
ウナギの問いは、社会には既存の枠組みの外に、まだ数多くの繋がりが潜在していることを気付かせてくれます。
ウナギの問い(何か)を共有することで、社会に潜在している繋がりを浮上させることが可能になります。
ウナギとは何かという問いは、どのようにしてという専門的な問いとは違い、分野を越えて全ての人々と共有することができるからです。

閉じた技術から、自生的な秩序によって展開する開かれた技術へ


ウナギは、方法による問題解決の限界(技術への問い)を示し、別の道があることを教えてくれています。
既存の制度や法律の枠組みの中で展開する閉じた技術(方法)に限界があることは当然です。今求められているのは、それらの枠組みの外に、人々の交流や相互作用から生まれる自生的な秩序(暗黙知の次元)によって展開される、場として開いていく技術ではないでしょうか。
そのような技術は、ふたつの問いが両輪となって進展していくのではないでしょうか。
ウナギの問いは、方法の開発(部分最適型問題解決型の発想)に固執し、硬直化した社会に対して、発想転換(全体最適型価値創造型の発想)を促してくれます。

問いの共有で行政の壁を溶かす政治

既存の枠組み、とくに行政の規則の中で社会が抱える問題を解決することには、多くの困難を伴います。だから、行政への依存体質を捨てない限り、真の問題解決は望めません。
解決が困難な問題ほど、既存の枠組みを越えた繋がりを創る問いの共有が必要になります。多様な人々や組織を結ぶ問いの共有(ネットワーク)を広げ、既存の枠組みや制度を包摂していくことで、硬直した行政の壁を溶かし、変化を起こしてくことができます。
政治が機能不全と起こしていると聞きますが、問いの共有を人々に促し、社会に変化を起こすことこそが、民主主義における政治の果たすべき機能ではないでしょうか。問いの共有が実現できたところからしか、真の政治も民主主義も始まらないからです。

ウナギの問いを共有することで政策転換を促す提案

アサザ基金では、1997年からかつて日本最大の天然ウナギ産地であった霞ヶ浦に、再びウナギをはじめとした生物多様性を取り戻すことを目的に、湖と海の繋がりを分断している常陸川水門(逆水門)の柔軟運用(塩害などが生じない形で生物の移動を可能とする水門の運用)の提案を国にしています。この提案は、これまで流域各地の市議会で採択されたり、度々国会で質疑されるなどの動きがありましたが、未だ実現には至っていません。
* 詳しい提案の内容は、アサザ基金のHP http://www.asaza.jp 逆水門の柔軟運用の提案コーナーをご覧ください。

今、この提案は新しい意味を持ち始めています。国連は、2030年までに各国に陸と海の30%を生物多様性保全の場として確保することを求め、具体的な行動を促しています。
日本では、環境省が中心となって各省庁が連携して、30by30という政策が推進されています。この動きにも、問いの共有による包摂は不可欠です。
私たちは、危惧種ニホンウナギ等の多様な生物を霞ヶ浦に呼び戻す逆水門の柔軟運用は、国が今日推進すべき政策と一致するものと考え、管轄する国土交通省へ以下のような要望をしています。

逆水門の柔軟運用の実施を求める要望書

国際的な約束(30by30)の目標達成に向けて、国内最大のニホンウナギ生息地であ る霞ヶ浦復活へ常陸川水門(逆水門)の柔軟運用実施を求める要望書

国土交通大臣 斉藤鉄夫 様            2023年7月1日  
                       NPO 法人アサザ基金

                         
生物多様性の回復と保全は、今や気候変動対策と両輪をなす世界的な課題となって います。国連は、この喫緊の課題に取り組むべく世界各国に、生物多様性の保全地 域の拡大を求め、損なわれた環境の改善など積極的な取り組みを促しています。

我が国おいても、環境省が以下のような取り組みを推進しています。

「30by30(サーティ・バイ・サーティ)とは、2030 年までに生物多様性の損失を食い止 め、回復させる(ネイチャーポジティブ)というゴールに向け、2030 年までに陸と海の 30%以上を健全な生態系として効果的に保全しようとする目標です。」「ポスト 2020 生物多様性枠組」案の主要な目標として検討されており、2021 年6月に英国で開催さ れた G7 サミットにおいて、コミュニケの付属文書として合意された「G7 2030 年 自然 協約(G7 2030 Nature Compact)」では、2030 年までに生物多様性の損失を食い止 め、反転させるという目標達成に向け、G7 各国が自国の少なくとも同じ割合を保全・ 保護することについて約束しています。」

このような時代の潮流を受けて、私たちはあらためて霞ヶ浦の逆水門の柔軟運用の 実現を求めます。

30by30では、「生態系がつながり合い、健全に機能するための質を高める取組」の 推進をうたっています。霞ヶ浦と海との生態系の繋がりを分断している逆水門の運用 を時代の要請に合わせて見直すことは、まさに「生態系のつながり合い」を取り戻し、 湖と海の質を高めることに繋がります。中でも、霞ヶ浦に数多く生息していたニホンウ ナギは、生態系のつながり合いを象徴する生物といえます。

霞ヶ浦は約220平方キロメートルもの広大な面積を有する国内2位の湖沼であり、こ のエリアの生物多様性を回復させ保全することができれば、30by30の推進への大 きな役割を、国は果たすことができます。かつて、日本最大の天然ウナギ漁獲量を誇 っていた霞ヶ浦は、生物多様性を向上させる上で大きなポテンシャルを有しているこ とは間違いありません。

私たちの提案は、これまでも逆水門の存在を否定するものではなく、時代の変化に合 わせた柔軟な運用の実現を求めるものでしたが、今こそ正に時代的な要請に応える 形で、この提案を具体化する時期に来たと確信しています。

30by30の推進に当たっては、多様な主体の協働や地域の産業等の連携の重要性 も示されています。逆水門の柔軟運用による生物多様性保全や水質改善への取り組 みは、まさに30by30趣旨に沿ったものです。柔軟運用の実施によって、漁業や佃煮 などの加工業、観光業などの活性化が見込まれ、大手シンクタンクの2004年時点 での試算によれば、漁業者利益増は年間193億円が見込まれ、同時に、漁獲による 湖からの魚体を通した窒素やリンといった富栄養化物質の取り出しによる効果的な 水質浄化も実現できます。(詳しくは、アサザ基金のHP http://www.asaza.jp 政策提言 2013年9月5日  国家戦略特区への提案を参照ください)

30by30では、以下のように企業など民間への積極的な参加協力を求めています。

●生物多様性保全の取組 強化連携 ●インセンティブを高める仕組みの検討

逆水門の柔軟運用については、霞ヶ浦周辺の市議会等では全会一致で採択される など、幅広い支持と共感を得てきました。 国の機関が霞ヶ浦に関わる民間を含む多様な主体と協働によって、国民の関心の高 いウナギの復活などを通して、広大な湖全体の生物多様性の回復と保全に向けて一 歩を踏み出すことは、国の内外に向けて大きなインセンティブを与えることにもなり、 我が国の国際的な評価の向上にも繋がります。

以上の理由から、国土交通大臣には、常陸川水門(逆水門)の柔軟運用を、霞ヶ浦の 30by30登録の一環として取り組むよう求めます。

〒300−1222 牛久市南3−4−21
E-mail asaza@www.asaza.jp TEL 029-871-7166


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