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赤いピンヒール

計画通り慶子は死んだ。
舞台のラストシーン、中央に作られた階段を駆け上った時、慶子の赤いピンヒールが折れ、彼女はそのまま落ちた。
ヒールに切り込みを入れ、折れるように仕組んだのだ。
 
その日の夜、舞台の主宰者から三日間の休演と代役女優が発表された。当然代役は私だ。主役オーディションで二番手に甘んじ、脇役程度でこの舞台を終えるつもりは毛頭なかった。
あの役は私にふさわしい。
稽古中から私がやるべき役だと思っていたからセリフは完璧に覚えていた。休演なんかいらない。翌日からでも私は充分に慶子以上の主役になれる自信があった。
 
翌日の新聞に「新進女優、舞台から転落死」の文字が躍った。
私は一晩寝ないでセリフを覚えた体を装い、演出家や共演者を驚かせた。これなら今夜からでもいけるんじゃないか、主催者にそう言わしめた。
 
スタッフから衣装一式を受け取ったが、その中にピンヒールが入っていなかった。事故の件があり危険だからという理由だった。
「この物語のラストは主役の女が階段を登りきってピンヒールを投げ捨てるからこそ意味があるんじゃないですか。こんな踵の低いパンプスじゃ絵になりませんよ」
私は演出家に食い下がった。
慶子ができなかったピンヒールを履いてのラストシーン、それをしなければ本当に役を奪い取った意味にはならない。
私の意見は通った。
怖くないのか?という共演者の心配に、私は笑みで返した。
 
本番の幕が開いた。
私はすべてを完璧にこなした。
観客は慶子のことなどみんな忘れている。私をあの女の二番手にしたことを演出家はきっと後悔しているだろう。
そう、この役は初めから私のものだったのだ。
 
ついにラストシーンになった。
舞台セットが両脇に分かれ真ん中から大きな階段が現れる。この舞台最大の見せ場だ。
そして私はこの階段を上り、振り向いて最後のセリフを言うのだ。
 
この目の前の階段は、人生の階段。
私はこの舞台をきっかけに大女優としての階段を駆け上るのだ。
私は一気に駆け上った。舞台袖からスタッフの心配そうな顔が見える。
大丈夫。ヒールはちゃんとチェックしてある。折れる心配なんかない。
 
その時、私の右足が動かなくなった。
足元見ると、階段の段差の部分から女の手が私のヒールを握っていた。その手はさらに力を込めると、ヒールを根本からポキリと折った。
 
私はバランスを崩して階段から落ちた。
落ちながら最後に見たのは、階段の隙間から見えた慶子の笑みだった…

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