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塾の帰りに電車で倒れた話。

高校生の時、塾の帰りに電車の中で倒れた。

もともと塾を出たあたりからお腹が痛かった。
ホームで電車を待つ間にお腹はどんどん痛くなってきた。

しかし夜も遅くなりつつある。
ベンチで休んでいたところで、酔っ払い客の割合が増えていくだけだ。
少しでも早く帰りたい。
そう思って来た電車に乗った。

電車に空席はなく、ドアのそばに寄り掛かるようにして立った。
腹痛はどんどん激しさを増し、ついにはお腹を「く」の字に曲げるほどになった。

そして次に気がついたときには、若い男性会社員が「とりあえず座りなさい」と言いながら、椅子に座らせてくれているところだった。

まわり中の視線が私に向けられている。
倒れたんだ。
顔はたぶん真っ青だったと思う。
気分が悪すぎて、周りの目を気にする余裕などない。

ありがたく座らせてもらったまま、しばらく目を閉じていた。
しかし幸か不幸か、私が降りる駅はもうすぐだった。

気力をふりしぼって立ち上がり、助けてくれた会社員らしき人にぼそぼそとお礼を言った。
正直、どの人が助けてくれた人なのか、判然としなかったけれど、無言で降りるわけにもいかない。

ホームに降りて、迷った。
ベンチに座って、もう少し休憩したい。
しかし夜のこの時間、この駅では、ベンチどころかホームにも誰もいない。

このさみしい駅で女子高生がひとりでいつまでも座っていたら、よくない事件に巻き込まれかねない。
仕方ないから、人並みにもまれて改札のほうまで歩いた。

駅員さんに事情を話して、少し休ませてもらうことも考えないではなかったが、すぐに考えを変えた。

親切な駅員さんが自宅に連絡してしまえば、母親が電話を取る。
そして優しい母親のふりをしながら現れ、帰り道では「また私に恥をかかせた!」と怒るのだ。
この、具合の悪い時にそれは勘弁ねがいたい。
よって却下。

仕方なく、改札脇の公衆電話から自宅に電話をかけた。
父親はまだ会社で残業中で、予想どおり母親が出た。

母親には、電車で倒れたことやまだ具合が悪いことを話し、駅まで迎えに来て欲しいと話した。
断られた。

私が高校生だった当時、中学生であった兄弟を「夜遅くなのにひとりで留守番させるわけにいかない」というのが理由だ。

中学生。
それも自宅から駅まで徒歩5分。往復しても10分。
出来ないか、留守番が!

ふらふらの女子高生が駅前の繁華街を通過することの防犯上の危険性など、考えもしないのか。

以前、酔っ払いのおっちゃんに「2万円でどお?」などとからまれたこともあるのだ。
ぼーっと歩くのは大変危険だと、私は思った。

電話で、母親に何度頼んでもラチがあかず、ついに電話は切れた。

ところで、改札の階段の下には交番がある。
いっそのこと、交番の椅子で休ませてもらおうか…本気でそこまで考えた。
警官に守られていれば安全だもの。

しかし余計面倒なことになるのは、目に見えている。
親切な警官に自宅に連絡され「ひとりで帰ってこいって言ったでしょ!また私に恥をかかせて!!」と怒られるのだ。

あぁ、面倒くさい。
他人に頼ってはダメだ。

しかしふらふら駅前を歩くのはキケンだ。
残るは・・・。

走った。
全速力で。

さっき電車で意識を失ったばかりだというのに、駅前の繁華街付近をダッシュで走り抜けた。

しょうがないじゃないか。

ふらふらなのに変な人につかまったら、それこそ逃げ切れる気がしない。
だったら誰にもつかまっていないうちに、自由に走ってしまおう。

さいわい自宅までは徒歩でも5分。
運動部で鍛えた私にはたいした距離ではなかった。

そして自宅についた。

意識を失い、具合が悪いのに、全速力で走って、今家についたとこ。
当然、めちゃめちゃ具合が悪い。

私は母の顔も見ずに「寝る」と言った。

母「何言ってんの?さっさと手を洗いなさい。汚い!」
私「具合悪いの」
母「電車で倒れたんでしょ?汚いから早く服脱いで風呂に入りなさい。ご飯もさっさと食べて。」
私「具合悪くて無理」
母「とにかく手を洗いなさい!服脱いで!!」

具合が悪いのにいつまでも押し問答していたくない。
そろそろもう一度倒れそうな具合の悪さだ。

私は最低限、手を洗って靴下をぬいだ。
そして、そのままベッドに倒れこもうとした。

しかしさらに長い押し問答が続いた。
風呂と食事は省略する許可が出た。
服は必ずパジャマに着替えるようにというお達しがあった。

がんばってパジャマに着替えたあと、部屋のドアも閉めずに、私は気絶するように眠った。


★文中に「大丈夫?」とか「どうしたの?」とか「どこが悪いの?」などという言葉が一度も出てきませんが、事実です。

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