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すずらんと宵の明星に憧れるアラフォーが赤毛のアンについて大いに語る、その2

前回の続きです。

『アンの愛情』 Anne of the Island

大好きすぎて取っておいた第3作。

『グリーン・ゲイブルスのアン』はさらに活躍の場を広げ、『”骨のずいまで”プリンスエドワード島のアン』となる。

島を出て、本土のキングスポートにあるレドモンド大学に通うことにしたアン。アヴォンリーでの教職を辞してグリーン・ゲイブルスを離れる決意が出来たのは、2年前と状況が変わったからである。

グリーン・ゲイブルスの変化

ここは第2作の復習になるが、マシュウ亡き後、グリーン・ゲイブルスはむしろ住人が増えている。

まずは夫を看取った隣人のレイチェル・リンド
ギルバートに石盤を叩きつける前に、まずアンはこの親切も口出しもやや過剰なおばちゃんにブチ切れたのだが、その後はそこそこ良好な関係を築いている。

この出会いがしらの諍い、リンド夫人の言いぐさもあけすけならアンのキレっぷりもすさまじく、豪速球とリターンエースといった風情で思い出すとちょっと笑える。(容姿に言及してはいかんという教訓は胸に置きつつ。)

そんなリンド夫人は、マリラにとっては性質の違いを超えた唯一の友人。古い女たちは「一軒の家で女同士がうまくいかない原因は台所」と言って簡易キッチンを新設、個々の生活に口を出さない条件で同居を始める。けだし名言。

余談だが、リンド夫人の「まったくのところ」という口癖は、マシュウの「そうさな」に次ぐ名訳だと思う。

リンド夫人に加えて、マリラの遠縁の娘が遺した6歳の双子・デイビーとドーラも引き取られて同居を始めた。おすましで申し分ない、でもちょっと面白みには欠けるドーラと、悪ガキの見本市のような厄介者、でも愛さずにはいられないデイビーによって、グリーン・ゲイブルスは次元の違う賑わいを見せるようになっていた。

教え子たち、そしてデイビーの登場によって、アンが振り回される側にシフトしているのも面白い。

いまさら第2作のことをまた語っていて申し訳ない。

ついでに、キレたアンが理想の教育に負けた話を書き忘れたことを思い出してしまった。大変。

この理想の教育論議で、ジェーンとアンに挟まれて中庸を狙い見事失敗するギルバートが情けなくてレアで良いんだが。あとでその1にひっそり追記しておく。

さて、ようやく本題の第3作。

だめだこれ、この記事3作目語るだけで終わる。(予言)

アンと恋愛

第3作の主軸のひとつがアンの恋愛なわけだが、ギルバートくん、のっけから手なんか重ねちゃって、いよいよ本気を出してきた。

この2人、第2作では、端から見たら出来上がっているどころか末を期待するほど息の合った仲の良さを見せつけているにも関わらず、ほぼ進展なし。

というのも、アンは色恋の目覚めが遅い。

レドモンド入学時、アンは18歳(ギルバートは3つ年上らしいので21歳)。同い年のダイアナが前作で婚約していることを思えば、当時の状況的に不自然ではない年齢なのだろうが、どうもピンときていない様子。

ギルバートとの友情を愛するアンは、その振る舞いに憤慨する。

ああ、男の子というものはどうして穏当にしていられないのかしら!

ギル、ステイ。まだ早い。

アン自身、不愉快ではないと自覚しているので、築き上げた関係が変わることへの恐怖や不安が大きいのだろう。ときめきの勘違い、吊り橋効果の逆バージョンとでもいうか。

また、色恋…言ってしまえば性愛の対象とされるかどうかというのはやはり大きくて、そのカテゴリーに入れられまいと必死になるアンのこともよくわかる。そうなったが最後、欲から期待が生まれ、なにがしかを求められて警戒し続けなければならないからだ。

望まぬ圧は負担だよね。ギルはかなり頑張って堪えてるんだけど。

フィル、現る

アンの最初の下宿先は、笑ってはいけないばりに「踏んではいけないお手製クッション」が仕掛けられた「セント・ジョン街38番地」の双子の老婦人の家。クイーン学院でともに過ごしたプリシラ・グラントと一緒である。

この下宿先の呼び名もね!「グリーン・ゲイブルス(緑の切妻屋根)」だの「オーチャード・スロープ(果樹園の丘=ダイアナの家)」だの、小さな家々に愛称が付けられている中の「セント・ジョン街38番地」。これだけでアンの愛着のほどが知れるというもの。上手いよなぁ。

そのプリシラとともに、入学間もなくフィリパ・ゴードンと出会い、熱烈な友情を得たことで、田舎出の女子学生の運命は変わる。

フィルことフィリパは間違いなく第3作のキーマンで、家柄経済力容姿人柄頭脳全てに恵まれていて、なおかつそれを自覚しているという設定盛りすぎくらいの人。だが、度を越した優柔不断さと恋愛脳と快楽主義が愛嬌となって、愛すべき困ったちゃんポジションを獲得している。

社交も大好きで、至るところでモッテモテなフィルだが、そのフィルと一緒に居ることでアンの魅力に気づく人も増えてくる。3作目ともなると、アンの容貌も変化していて、何よりその輝く内面と理知的な様子から美しいと評されるようになっている。

2作目でも、シャーロッタ4世(ポール継母となったミス・ラベンダーの使用人)なんかは、アンの見た目にひどく憧れているし。

崇拝者と望まぬ求婚者

小さなアヴォンリーでさえ、ギルバートとチャーリー・スローンという崇拝者を得ていたアンだ、成長した上に知り合いの母数が増えては無理もない。

この「崇拝者」も独特の世界観で好きなところ。女性に対して、愛の前に尊敬がくる感じがとても正しいというか健全でホッとする。逆に、愛の後にくる崇拝は狂信的で怖いけれど。

ギルバートは、エンジンをかけつつもアンを刺激しないよう慎重にアンの傍をキープする。なんせアンが疎いので物語上多くは語られないけれど、男性側でもかなり熾烈な駆け引きがあったことだろう。

大学でのほとんどあらゆる催しに、ギルバートはアンに付添い、レドモンドでは二人の名前を結びつけて噂にしていることをアンは知っていた。このことにアンはひどく憤慨したが、しかし、どうしようもなかった。(中略)このすんなりした、宵の明星のように魅惑的な、灰色の目をした赤毛の女子学生のかたわらに、よろこんで彼に代わって付き添おうとするレドモンドの若者を一人ならずひかえている危険な状態なので、ギルバートは必然的にそうなったのであった。

件のチャーリー・スローンは、アヴォンリーからクイーンにもレドモンドにも進学できるくらいには優秀で、幼少期から表立ってギルバートの恋敵(というより露骨な当て馬)として登場しているのだが、「とどのつまりはスローンだから」で片付けられる不運なキャラクターだ。そして必ずフルネームで呼んでしまう。他にも、ルビー・ギリスとかジョシー・パイとか、一族十把一絡げにされるキャラがそうかな。

ところが、アンに最初に求婚するのは、幼馴染みのジェーン・アンドリュウスである。いや、アンと結婚したいのはジェーンではなく兄のビリーなのだが、自分で言えないと妹に依頼するのだ。率直に言って気持ち悪いよね。少しでもアンを知っていれば、そんな求婚もそんな相手も受け入れるはずがないのはわかるだろうに。

アンをよく知るジェーン、兄に見込みがないことはわかっていたが、それでも孤児のくせにアンドリュウス家を断るのかとアンを蔑む描写があり、読んでる方はほの暗い気持ちにさせられる。

これは、続いて求婚してきたチャーリー・スローンも同じで、長い間まぁまぁな近くで崇拝してきたのに、見込みのないことにまったく気付かず、むしろ自信満々に求婚してきた上、アンが断ると逆ギレして暴言。

ギルバートは、裕福ではないが頭脳明晰かつリーダーシップのあるイケメンとハイスペ男子として登場しているので分かりづらいけど、アンの性質をこよなく愛しているという意味では素晴らしいんだよなぁ。

ギル、動く

3月生まれのアンが10代を終えた感傷に浸ってから間もない4月の夕暮れ、ギルバートがついに動く。言わないでと懇願するアンを押さえて決定的な言葉を口にするが、これまたフライングであった。

アンは、友人としては大好きだ、世界中のだれよりもあなたがいちばん、でも愛情はこれっぽっちもない、いままでも、これからも、とバッサリ。

恋愛は難しいね。アンは「そんなふうには」好きではない、と連呼する。アンは、物に対しても人に対しても深く愛することを知っていて、とっくにギルのことも愛してるんだけど、恋ではないから気づかない。

先の誕生日の夜、アンは敬愛するステイシー先生から言われた言葉を思い出している。

ずっと前、ステイシー先生があたしがはたちになることにはよかれあしかれ性格が出来上がるとおっしゃったけど、あたしの性格はあるべき状態にないという気がするんです。欠点だらけなんですもの。

ステイシー先生さすがだな…おっしゃる通り、ある意味出来上がってしまったアンの頑固さと恋への憧れがこれ以上ないくらいに発現してしまい、さすがのギルも傷ついて去っていく。

そしてこの後。

突然、王子様が現れる。

美しの王子

風雨の激しい日、傘を壊したアンに手を差し伸べてくれたロイ・ガードナー。フィルの男性版かというほど設定盛りすぎマンは、しかも出会って即アンに惹かれ、アンの理想通りに詩的に情熱的にアプローチしてくる。

少女漫画か!

無論嫌いじゃないけど!

一方のギルも、クリスチン・スチュワートという決まった相手ができたともっぱらの評判。彼女のルックスが「名前がコーデリア・フィッツジェラルドでないのが不思議なくらい」と、また別の意味でアンの理想という皮肉。

結果、それぞれがそれぞれの相手と結婚秒読みらしいという噂を耳にしながら、アンとギルバートはめちゃくちゃ拗らせていくのである。今度は2年間。だから長いってば。

夢から醒めても

その同じ2年間、アンとロイは仲睦まじく過ごす。アンはたびたび頬を染めていたし、ロイの家族にも紹介された。卒業式を終えたあと満を辞してのロイのプロポーズは、誰がどう見ても成功すると思われた。もちろん当人たちも。

しかし、アンは断る。

アン自身もそれを願っているつもりで、Yesと言う準備もしていたのに、どうしても口が動かない。

まさに魔法が解けた瞬間。

このアンの残酷さが、もーーーーのすごくリアル。初読当時も「アン、ひでえな!」と思ったけど、今読んでも「アン、ひでえな!」と思う。こんな酷い主人公、なかなかいないよね。

つまるところ、ロイは限りなくハイスペックだが、実の妹曰く「退屈な人」で、のぼせ上ったアンはそこに気づかなかったか気づかないふりをしていた。

読者はうっすら気づいていたけど。アンに赤いバラや蘭は似合わないだろどこ見てんだよ、すずらん贈ったギルさすがわかってる、と。

アン的にも、本の世界に入ったような、夢の恋人たちを演じているような、ごっこ遊びのような日々だったのだろう。断じてもてあそんでいたわけではないが、アンもまたロイを分かろうとはしておらず、誠実であったとは言い難い。

あたしはあたしの生活に属している人がほしいのよ。あの人はそうでないの。最初、ロイの容貌と、ロマンチックな誉め言葉が上手なのにあたし、夢中になってしまったの。そのうち、あの人があたしの理想とする黒い瞳なもんで、自分は恋をしているにちがいないと思い込んでしまったのよ。

うん、それでも、もうちょっと早く気付こうな…

ここでのポイントは、ロイとの別離の理由がギルバートではない、ということ。読者的には「はいそれギルね。ギルじゃん。ギルでしょ。」なんだが、アンの中ではまだ、まだ!!繋がらない。

アンの黙示録

黙示録、とは、原作のサブタイトル。隠されていた事柄を明らかにしたもの、でいいのかな。

卒業後、アヴォンリーに戻ったアンは、成長した「同士」のポールたち山彦荘の面々とのんびり楽しく過ごす。それをぶち破ったのはデイビー。

ぼく、今じゃミルティ・ボールターに負けずに背が高いんだよ。ぼく、うれしいや。ミルティは自分のほうが大きいからといって、ギャーギャー喜ぶことはないよ。ねぇ、姉ちゃん、ギルバートの兄ちゃんが死にそうになってるのを知ってる?

どうでもいい話からの突然の爆弾に、アンはあのマリラが心配するほど血の気を失う。

実際、ギルバートの病状はかなり悪かった。眠れぬ夜、アンはついに自覚する。

アンはギルバートを愛していたーー今までずっと愛してきたのだ!それが今、わかった。(略)私はギルバートのものであり、ギルバートはあたしのものなのだ。

ようやくとはいえすごい自信。初読当時は、え?そこまで??急に自信持ちすぎじゃね???と結構戸惑ったのを覚えている。今でもそう思わなくもないけど、頑なに認めなかっただけで、今までのあれこれが、これが愛じゃなければなんと呼ぶのかわからない米津玄師状態だったということだろう。あれのタイトル「馬と鹿」だったなそういえば。

このままギルバートを喪ってもおかしくない状況でそこまで確信を持つのは、幼く頑なな過去の己と、その傷を負って過ごす未来の己の両方と対峙する意味でもあるわけで、それはそれは地獄のような夜だったことだろう。

その翌朝、奇跡的にギルは峠を越える。

フィルのファイン・プレーと実り

回復したギルバートは、以前のようにアンの元に足しげく通い始めるが、あまりに普通なので今度はアンが不安になる。読みながら、いやーーアンももうちょっとそれ味わった方がいいよそんだけ酷いことしてるしさーーーとちょっと溜飲を下げたのは否定できない。

しかし、ギルは今度こそ確信を持って行動していた。

僕には一つの夢がある。
何度か実現しそうもなく思われたが、僕はなおもその夢を追い続けている。僕はある家庭を夢みているのです。炉には火が燃え、猫や犬がおり、友だちの足音が聞こえ――そして君のいる
僕は二年前にあることをたずねましたね、アン。それをきょう、再びたずねたら、君は別の返事をしてくれますか?

アンが以前想像した夢の家にも、ギルバートがうろうろしていた。目覚めぬアンはそれにもやもやしていたけれど、なんのことはない、この2人は最初から惚れた腫れたを超えて、共に生きていくことを望んでいて、結婚相手としては最高の相性なわけだ。

ようやく晴れて両想いとなった2人だが、ギルが医者になる勉強をつづけるため、結婚まではあと3年を要する。結ばれてからも長いっていうね。

このギルの2度目のプロポーズを後押ししたのが、峠を越えた直後にギルに届いたフィルからの手紙。

そこには、ロイとはなんでもなかったから再度トライしろ、とあった。

フィル!いいぞ!!

いい友達よなぁ。アンの気持ちをちゃんと理解してて。
アンがロイを断った時もちゃんと責めていたし。

そういう友のいる生き方をしてきたアン自身が、ギリギリ自分を救ったとも言えるよね。

ちなみに、クリスチンは実は他に婚約者がいて、ギルは彼女の兄に頼まれて付き添っていただけ。ではあるんだが、続編でちらりと登場するんですね。それがまぁ、なんというか、思い出だけにしといた方がいいよね、という具合で。ロイもちらりと登場します。またその時のアンが酷いんだが、それは別の機会に。

というわけで、もう割り切ってここで終わります。途中だけど。

『アンの愛情』の感想、恋愛編ということで。

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